僕は頭からっぽのバカだから

たらこ

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1.人食い

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 ちょうど月を雲が隠していたから、灯りのない神社の中は暗くて、最初はそれがなんなのかわからなかった。
 おまいりをする建物を囲むたくさんの木の奥のほう。地面の上に不思議な形の大きな影があった。

……どうしてだろう。なんだか見たらいけないものな気がする。 
 だけど胸のところが凄くドキドキして、僕は口を両手で押さえて、影のほうにそーっと近づいていった。

 手でおさえているのに息の音が凄く大きい。
 ツバと一緒に息を飲み込んで、息の音をなんとか止めようとしてみた。

 足音がしませんように。
 胸のドキドキする音がもれちゃいませんように。
 神さまにお願いするのに、足を前に出すたびに足元で草がカサカサと音を立てた。
 だけど影が近づけば近づくほど、ピチャピチャ、くちゃくちゃという変な音が大きくなって、僕の足音なんてどこかに消えてしまった。

 その不思議な影が地面に座っている人だとわかるくらい近くなったとき、月にかぶった雲が流れて、急にあたりが明るくなった。

……見えた。

 やっぱり人だった。肩まで届く長い黒髪の男の人が一人、ぐったりした女の人を抱きしめて座っている。
 女の人は短いスカートを履いているけど上は裸で、首からお腹のあたりまでぱっくり穴があいていて、ところどころ白い骨とか真っ赤な内側が見えている。そしてその穴のまわりのところに男の人が顔を近づけ、口を大きくあけた。

 ガブっと噛み付いた。鳥のステーキでも食べるみたいに、女の人の体を食いちぎる。
 2、3回噛むとゴクっと飲み込んでしまって、また食いちぎる。

 ポタポタと血が垂れていた。
 男の人の口のまわりも、女の人の体も、みんな血だらけだった。地面にも血の水溜まりができていた。ぬるい風が吹くとなんだか生臭い嫌な感じの臭いが流れてきて、たぶん血の臭いなんだろうなと思った。

 人が人を食べるなんて怖いことだと思う。だって僕はだれかに食べられたくなんてないから。
 それに、日曜日の夜七時からやっているアニメでも、人とおんなじ見た目をした『鬼』に食べられそうになるとみんな悲鳴をあげて逃げていく。だから怖いことだと思うのに、お腹に穴のあいた女の人もステーキみたいに人を食べる男の人もなんだか作りものみたいで、すこしも怖くなかった。だから、男の人がこっちに気づいたらどうしようなんて考えもしなかったんだ。

 急にくちゃくちゃという音がやんで、男の人が動きを止めた。
 女の人のお腹から、男の人がゆっくりと顔をあげる。そして真っ赤な血がテカテカ光った顔でこっちを見た。


 目があった。


 知っていると思った。


 テレビで見た肉食の動物みたいな、見られただけで息もできなくなってしまいそうな尖った目。
 長い髪で、顎にだけちょっと髭が生えている――怖いお兄さん。この前の冬から見かけるようになった、ときどき僕の家のアパートの前を歩いている人だ。
 いつもは髪を縛っているから同じ人だとわからなかったけど、あの怖い目は絶対にあのお兄さんだ。

 お兄さんは僕のことを睨むように見たまま女の人を地面に置いて、口元の血を腕で拭った。立ち上がり、そしてこっちにむかって歩いてくる。

 靴の底に血がついているからなのかな。ぐちゃ、ぐちゃっと足音がする。足音と一緒に生臭いにおいが近づいてきて、気づいたらお兄さんが僕の前に立っていた。

「おい、坊主」

 僕よりもずっと大きな場所から僕を見下ろしながら、お兄さんは見た目通りに低くて冷たい声で言った。

「ガキが出歩く時間じゃねえだろ。こんなとこで何してんだ? あ?」

 殺される。
 その瞬間、はじめて僕はそう思った。
 もしお兄さんに捕まったら、僕もきっとあの女の人みたいに殺されて食べられちゃうんだ。そう思ったら、急に今の状況がとても怖くなった。


 逃げなくちゃ。


 お兄さんとは反対の方向に。
 体を向けて走ろうとしたけど、前に出そうとした足がうまく動かなくて僕は転んでしまった。

 すぐ後ろから大きな笑い声が聞こえてきた。
 慌てて起き上がって、笑い声から逃げるように、また走り出した。
 林を抜けてお賽銭箱のある建物の前を通り、手すりにつかまりながら長い石の階段を下りる。全部おりきったところでようやくお兄さんの笑い声が聞こえなくなっていたことに気付いて後ろを見た。そこには暗い神社が不気味に建っているだけで、もう誰もいなかった。
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