僕は頭からっぽのバカだから

たらこ

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8.おてつだい

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 ユウくんのお手伝いは、今日みたいに昼間にすることもあるし、夜のときもある。

 お手伝いをするときはいつも、車で二十分くらいのところにあるマサルくんのところに行く。
 マサルくんは大きくて綺麗なマンションのお部屋に一人で住んでいて、マサルくんのお部屋にはご飯を食べる部屋の他に二つも部屋がある。パソコンがたくさん置いてあるほうの部屋がマサルくんの仕事部屋で、いつもそこで、僕はユウくんのお手伝いをする。

「タカに聞いたけど子供できたんだって? お前ついにパパじゃん。うける」
「ちげーって。アイツ客にもナマでヤらせてんだよ。誰のガキかわかんねーっての。ぎりぎりまで絞ったらバックレ予定」
「ひっでー。いつか刺されるぞ」

 ユウくんとマサルくんは楽しそうに笑っていた。ユウくんには仲良しの友達がいていいなと僕は思った。
 僕はいつも通り部屋のすみにあるマットの上にいて、二人の邪魔にならないように、マサルくんが貸してくれたタブレットでアニメを見ていた。見逃しちゃってたアニメだったのに、お話がぜんぜん頭の中に入ってこなかった。

「ってかバックレってことはヒロトくんの動画も終了よな? ファンのおっさん達泣いちゃうよ~」
「あー……思ったんだけどさ、どうせ最後なんだしファンイベント的なの開催しねえ? 金払いいい客を何人か呼んでコイツマワさせて配信すんの」
「いやーリスク高すぎ」
「でも絶対稼げるって。そーいやこの前変なヤツに絡まれてアイツ売ってくれって言われたわ。変態に需要あんのかね」
「それなー。変態ってマジですげーと思うわ。俺、女の子でも小学生とか無理だもん。ぜってー勃たんて」
「稼げるからこっちとしてはありがてーけどな」

 僕とは関係ない話。でも、いつユウくんとマサルくんから呼ばれるか分からなくて、ずっと怖くて不安だった。

 それからも二人で煙草を吸いながら何か話していて、ついに、マサルくんが僕に声をかけてきた。

「ヒロトくーん、そろそろ始めるから服脱ぎなー」

 嫌だなと思った。だけど僕がマサルくんの言うことを聞かないとユウくんが怒っちゃうから、僕は服を全部脱いだ。靴下も脱いだ。

「最近マンネリとか本番くれってコメントもあるんだけどさ」

 マサルくんがケースからカメラを出しながらユウくんに言った。ユウくんは煙草の火を消してから服をいつものパジャマみたいな服に着替えながら、「死んでも無理」と答えた。

「ってかそれこそコイツのファンのおっさんにヤらせりゃいいじゃん。俺勃たねーし」
「リアルはなー。ヤバいやつとかいて警察沙汰になったらこっちまで危ないじゃん。俺会社バレしたら人生終了だよ」
「つまんねーな社会人。俺を見習え。毎日女の金で食っちゃ寝生活サイコーだぞ」

 楽しそうに笑いながら、怖い顔をした馬のマスクをかぶって、ユウくんは「準備オッケー」と言った。
 お手伝いのとき、ユウくんはいつもこのマスクをかぶる。それで変な棒とかを僕のお尻に入れて、マサルくんがユウくんと僕のことをカメラで撮るんだ。

 そんなのをどうするのかはわからないけど、ユウくんが言うには「アホほど稼げる」らしい。
 お手伝いをするとユウくんとマサルくんはすごく喜んでくれて、ユウくんの機嫌がよくなるとお母さんも喜んでくれて、僕はユウくんからチョコがついたドーナツを買ってもらえる。

 みんなが、幸せになれる。

 今日は犬の真似をする日だった。 
 ユウくんが僕に首輪をつけて、僕は犬みたいにハイハイで部屋の中をお散歩した。ユウくんがたまに乱暴に紐を引っ張るから、首がしまって、僕は苦しかった。
 お散歩が終わると、僕は犬のかっこをしたまま洗面器におしっこをした。おしっこをする僕を、ユウくんは退屈そうな顔で見ていた。マサルくんはいっしょうけんめい僕にカメラを向けていた。

 僕は楽しいことを考えていた。

 お母さんとユウくんと赤ちゃんと僕の四人で遊園地で遊ぶんだ。

 おっきい観覧車が見えるベンチに、ユウくん、お母さん、僕の順番で座って、赤ちゃんはまだちっちゃいからお母さんに抱っこしてもらっていて、みんなでアイスを食べる。
 僕は一個食べるとお腹が痛くなっちゃうから赤ちゃんと半分こ。
 お母さんは僕と赤ちゃんをみて、楽しいねってニコニコしてる。

 楽しいな。

 ずーっとこうやってお母さんが笑ってくれていたらいいな。

 
 楽しいことを考えていると、僕の頭や体は空っぽになって、僕はおばけみたいにフワフワ飛んで、楽しいことの世界に行ける。嫌なことがなんにもない世界だ。
 
 それなのに、今日は違った。

 ユウくんが僕のお尻の中にヌルヌルの変なのをつけて、僕のお尻にいつもの棒みたいなのを入れた。
 それで棒を奥に入れたり出したりされていたら、急にお母さんの笑っている顔が見えなくなった。
 赤ちゃんも遊園地もアイスも見えなくなった。
 お兄さんの、いつもの怒ってるみたいな顔だけが見えた。

 ……そうしたら、急に嫌になった。

 いつもなら、僕はこの時間、お兄さんのお部屋にいる。
 お兄さんがお料理する横にいたり、お兄さんに見られながらご飯を食べたり、お兄さんのお膝に座ってぎゅっとしてもらったり、裸になってお兄さんにおちんちんを入れてもらっている。

 昨日までの楽しかった僕。

 それがいない。

 今の僕はお兄さんに内緒の僕だ。
 汚くて、恥ずかしくて、気持ち悪くて……お兄さんに知られたくない、内緒の僕だ。


 ――気持ち悪い。


「ねえ……。やだよ……」

 言ったらダメなのに、ちっちゃいけど、声が出ちゃった。怖い馬の顔が、動きを止めて僕を見ていた。
 
 ユウくんがイラっとしてる。
 そう思ったらすごく怖くなって、心臓がバクバクして、体が震えて、涙がでてきた。

「ユウくん、ごめんなさい」

 僕はつい、ユウくんの名前も呼んでしまった。

 これをしているとき、僕はユウくんのことを「お馬さん」と呼ばなくちゃいけないのに。
 なのに呼んじゃった。

 ユウくんがいきなり僕のお尻から棒を抜いた。それでその棒を床にがんって投げ捨てて、今度は僕の頭を掴んで、僕のことも床に叩きつけた。

「いたいいたいっ!!」
「おいおいおいおい! やめろやめろ!!」

 マサルくんがすぐにカメラを置いて僕からユウくんを離そうとした。だけどユウくんはマサルくんのことも腕で押して、もう一回僕を床に叩きつけた。

「おいユウジ!! マジでやめろって!! 死ぬ!!」
「っせーな! いいんだよこんなヤツ!! ほんっとうぜー!! 死ねよ!!」
「ダメだって! 金!! いるだろ、金!!」

 マサルくんが言ったら、ようやくユウくんは僕の頭を離してくれた。ぶつけたおでこがじんじんして、髪の毛が引っ張られたところもすごく痛かった。
 でもユウくんはまだイライラしてるみたいで、馬のマスクを取りながら立ち上がって僕を蹴った。
 僕は床の上で転がって、すぐにまたマサルくんが止めてくれた。

「だからやめろって! 見えるとこに傷つけんなよ」
「お前さー、何被害者面してんだよ。ジメジメジメジメほんっとナメクジみてねーなガキだな! こっちが好きでお前みたいなガキのケツ掘ってると思ってんのか? あ?」

 ユウくんが僕に怒ってるのが分かった。だから僕は転がったまま、「ごめんなさい」ってたくさん言った。だけどユウくんはチッと舌打ちして、また僕を踏みつけた。

「そーいやさー。マンネリって言われてんだろ?」
「は? 何急に?」
「こーゆーのとかも意外と需要あんじゃね?」

 ユウくんがポッケから煙草を出して口に咥えて、火をつけた。
 煙草の先っぽがチリチリ赤くなって、白い煙が出てくる。
 ユウくんは煙を吐きながら煙草を口から離して……ついさっきまですごく怒っていたユウくんの口元は笑っていた。

 僕は煙草の煙を見ながら、悲しくて、怖くて、でも仕方がない気持ちになって、口の内側のところを少しだけ噛んでいた。

 ユウくんは煙草を指でつまんだまま僕の足のところにしゃがんだ。それで、反対の手で僕の足をつかんで、僕の足の裏に煙草の先っぽを押し付けた。

「いぃっ……!!」

 我慢しようとしたけど、我慢できなくて声が出てしまった。
 でも今日のユウくんは声を出しても怒らなくて、笑いながら僕の足から煙草を離した。

「どうよ?」

 マサルくんに聞いた。
 マサルくんは嫌そうな顔をしていたけど、「ちょい待って」と言って携帯を触り始めて、ちょっとしたら、鼻の下を指でこすりながら笑って顔をあげた。

「ありかも。いってみる?」
「よっしゃ。コイツ続けてると暴れだすからどっちか押さえつける専門で。どっちかは撮りながら煙草な」
「じゃあチェンジ。俺さすがに暴力とか無理」
「なら馬かぶれよ。くっせーぞ」
「マジ?」

 二人とも楽しそうだった。
 今度はマサルくんが馬のマスクをかぶって、ユウくんがカメラを持った。

 マスクをかぶったマサルくんは、僕のことを後ろからぎゅっとしたままあぐらをかいて座って、ユウくんは僕の前に座って、僕にカメラを向けた。

 マサルくんが僕の右足をつかんでユウくんのほうに足裏をむけさせる。
 ユウくんが僕にカメラを向けながら足の裏に煙草の先を押し付ける。
 何度も、押し付ける。

 ジュッ、ジュッ。

 押し付けられた肌の表面が、裂けるみたいに痛む。

 嫌な煙のにおい。
 くさい、嫌なにおい。

 煙草の先と足の裏がくっつくたび、心臓がぎゅっと縮む感じがする。
 喉がひゅってなる。

 我慢できなくて、僕は叫んで足をバタバタ暴れさせてしまった。
 だけど良かったのは、今日のユウくんは僕が暴れて叫んでも怒らなかったことだ。
 むしろもっと叫んで暴れて嫌がっていいと言ってくれた。
 そのほうがいいってマサルくんが言ってくれた。

 僕がどれだけ暴れても、お兄さんみたいな強い力でマサルくんが僕を押さえているから、僕は煙草から逃げられなかった。
 涙と鼻水がしょっぱくて、途中でまたおしっこをしてしまった。
 だけどそれも怒られなかった。
 ユウくんはくさいとか汚いと笑いながら、僕を撮っていた。

 僕は暴れながら、足の裏の病気みたいなやつがこれ以上増えませんようにと思った。
 これ以上増えて気持ち悪くなって、いつかお兄さんにバレて嫌われませんように。
 痛いのはもうしょうがないから、せめてお兄さんに嫌われませんように。

 それだけをずっと、神様にお願いしていた。
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