僕は頭からっぽのバカだから

たらこ

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7.家族がふえるよ

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 その日はいつも通り、夕方の五時になったらお兄さんにバイバイして家に帰った。
 玄関のドアを開けてお部屋に入ると、テレビの前で上だけ裸のユウくんがお母さんのことを後ろからぎゅっとしていた。

「ただいま」

 僕が言うと、ユウくんはいつも通り僕に挨拶してくれた。

「おう、おかえり」

 でも今日はユウくんだけじゃない。お母さんもすごくニコニコしながら、僕に言ってくれた。

「桜次ぃ~! おかえり~!」

 お母さんが僕のほうに手をいっぱい広げてくれる。
 わあってすごくすごく嬉しくなって、僕はお母さんのほうに走って行った。

「お母さん! ただいま!!」

 ドキドキしながらお母さんの前に座ると、お母さんは僕のことをぎゅっとしてくれ。だけどすぐ、「くさっ!」と僕を突き飛ばした。

「ねーちょっと汚いんだけど! 汗かきすぎ! すぐ風呂入ってよ!?」
「わっ……ごめんなさい」

 嫌そうな顔をするお母さんの後ろで、ユウくんは楽しそうに笑ってた。

「桜次も男の子だもんな~。汗臭くもなるって。――今日も公園?」
「うん」
「よかったな、たくさん遊べて」

 ユウくんが話しかけてくれている間、もうお母さんは僕を見ていなかった。携帯のカメラを鏡の代わりにしながら、ふにゃふにゃの髪を直していた。

 そういえば、今日はもうお母さんの茶色くて長い髪の先っぽがふにゃふにゃになっている。服もパジャマじゃなくてちっちゃなお花がたくさんの短いワンピースだったから、ユウくんとお出かけしてたのかもしれない。

「お母さんお母さん。すっごくかわいいね」

 僕がかわいいと言っても、最近のお母さんは「あーそう」とか「お前に言われても嬉しくねーんだよ」って言うことが多かった。それなのに、今日のお母さんは僕にすごくすごくかわいい顔で笑ってくれた。

「でしょ~?」

 お母さんは髪の毛の先を摘まんで僕のお鼻をくすぐってくれた。なんだか昔のお母さんに戻ったみたいで、僕は飛び上がりそうになるくらい嬉しくなった。
 もしかしたら、今日は世界で一番嬉しい日かもしれない。

「お母さん。爪のキラキラも変わってるね。ピンクとキラキラですっごくかわいいよ」
「ちょっとユウくん聞いたぁ!? 桜次私のネイル気づいたし! ね~マジでコイツのこと見習ってよ~?」
「バカ、俺だって気づいてたって。あえて言わなかっただけだし。なー桜次! お前の母ちゃん今日もめちゃくちゃ可愛いよな~?」

 僕は今まで一番ってくらい強く「うん!」って頷いた。でもお母さんはもう僕を見ていなかった。

「もー……口ばっか」

 すねたようにユウくんを見るお母さんのほっぺを撫でて、ユウくんはお母さんにキスをした。お母さんもユウくんの首に抱き着いて、お母さんとユウくんはたくさんをキスを始めた。
 僕はお母さんたちに背中を向けてテレビを見た。
 今日は木曜日――五時十五分から歯抜けカバのジョーンがやってる日だ。チャンネルを変えるとまだジョーンはやっていなくて、粘土のイモムシのやつがやってた。
 イモムシはそんなにおもしろくないけどしばらく見てて、ようやくジョーンがテレビに映った。最初の歌が終わったところで、「ねー桜次」とお母さんが僕を呼んだから、僕は振り返った。お母さんはユウくんにぎゅっとされながら笑っていた。

「お母さんねー、ユウくんと結婚するんだ」

 結婚!!

 僕はビックリしすぎて転んじゃいそうになった。

 お母さんとユウくんが結婚!
 ってことは、ユウくんは僕のお父さんだ!

「――お父さん?」

 僕がユウくんを見ると、ユウくんは大きく口をあけて笑い出した。

「まてまてまて! 早い早い! まだ結婚はしてなくて、今度のサユの誕生日な?」
「そうそう。十一月に籍入れんの。そしたらアンタもお父さんできるからね~。ってかそれだけじゃなくてぇ~」

 エヘヘ、とお母さんはかわいい顔で笑いながら、お腹を優しく撫でた。

「アンタお兄ちゃんになるよ」

 僕はどういうことかわからなくて首をかしげた。そうしたらユウくんもお母さんのお腹を撫でて、「お前の弟か妹」と言った。

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 四秒。

 五秒。

 僕はわっとなった!
 ようやくお母さんとユウくんの言っていることが分かったんだ!

「僕お兄ちゃんになるの!?」
「そうだっつってんだろ」

 ユウくんが笑った。お母さんも笑っていた。

 嬉しい!
 嬉しい嬉しい嬉しい!!
 だって僕お兄ちゃんになるんだ!!
 嬉しい!!

 すっごく嬉しくて、僕はジョーンのことも忘れてお母さんのほうに戻った。

「お腹にこんにちはしてもいい!?」

 聞くと、お母さんが「いいよ」って言ったから、触らないように気をつけながら、僕はお母さんのお腹にぎりぎりまで顔を近づけた。

「こんにちは。僕お兄ちゃんだよ」

 そーっと話しかけると、ユウくんが「そんなんじゃ聞こえないだろ」と笑った。
 僕はお母さんのお腹から顔を離して、えへへと笑った。

「だって赤ちゃん寝てるかもしれないでしょ?」
「あーなるほどねー。優しいお兄ちゃんでよかったな~マメスケ」

 ユウくんもお母さんのお腹を撫でながら小さい声で赤ちゃんに話しかけた。赤ちゃんはまだずっとずっと小さいのか、お母さんのお腹はぺちゃんこだった。

「お腹はいつおっきくなるの?」
「さあ? アンタんときは最後までそんなに目立たなかった気がするけど」
「赤ちゃん男の子? 女の子?」
「知らない」
「赤ちゃんにはいつ会えるの?」
「二月」

 じゃあずっと先だ。
 楽しみだな。
 明日お兄さんにも教えてあげよう。
 お兄さんもびっくりするだろうな。
 僕がお兄さんのびっくりした顔を想像して嬉しくなっていたら、ユウくんが急に僕の肩を掴んでくっついてきた。それで、くっつきながら言った。

「サユもこれから仕事セーブしなくちゃいけなくなるんだし、お前もお兄ちゃんとしてこれまで以上にがんばんねーとな」

 ユウくんの顔を見ると笑っていた。
 お母さんのほうを見ると、お母さんは携帯をいじっていて僕のほうを見てくれなかった。

「明日、また『お手伝い』な」

 耳のすぐ近くのところでユウくんが小さな声で言った。

 体の全部が冷たくなっていく。
 嬉しかった気持ちも幸せな気持ちも、一瞬で全部空っぽになる。

「わかったか? 昼前に出るから勝手に遊びに行くなよ」

 ユウくんが言ったから、僕は「うん」と頷くことしかできなかった。
 ユウくんは僕から離れて、またお母さんをぎゅっとしてお母さんの髪を撫で始めた。お母さんは携帯をいじるのをやめて楽しそうに笑っていた。
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