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63. 『番』になる夜
「私と結婚して下さい」—。
ルシアンからのプロポーズに、静かに涙を流すシエル。
ずっと…ずっと待ってた…。
涙は拭わないまま、ルシアンの手に自分の手を重ねたまま、シエルは微笑む。
「僕、シエル・フォン・アールグレイスは、わが騎士ルシアン・フォン・レスティアの求婚を、謹んでお受けいたします。……僕のすべてを、生涯、貴方に預けます」
シエルの返事を聞いたルシアンは、シエルの手を乗せていた右手に顔を寄せ、シエルの左手の甲に口付けてから、再び顔を上げる。
「私、ルシアン・フォン・レスティアは、シエル・フォン・アールグレイス王弟殿下の伴侶として、永久に変わらぬ愛を誓います。そして、アーシャ王子殿下を貴方との愛の証として愛する事を誓います」
ルシアンの言葉を受け止めたシエルは、自分からルシアンに顔を寄せた。ルシアンも顔を寄せ、二人の唇が重なる。触れるだけの口づけは永久の愛を誓う口づけ。結婚式で大勢の参列者の前でする誓いの口づけとは違う、二人だけの神聖な誓いー。
短い口づけのあと、シエルはルシアンの耳に唇を寄せ、囁くように言った。
「…次の発情期に僕を『番』にして」、と。
「…っ…!」
耳元で囁いたシエルの吐息にびくりと一瞬体を震わせたルシアンだったが、
「…はい」
返事とともに、シエルの背中に腕を回して、その華奢な体をそっと抱きしめた。シエルもルシアンの首に腕を回した。
しばらく抱きしめあってから離れの屋敷に帰った二人は、結婚の約束をした事をトーマ達に報告。もう一度、お祝いのパーティーを開きそうな勢いで喜んでくれた。
翌日には、まだ離れの敷地内から出られないシエルの代わりにルシアンが一人で王宮に出向き、ソレイユに報告。次の発情期に番契約を結ぶ約束をした事も合わせて伝えた。「今はシエル様の傍にいてやりなさい」と、ルシアンの父であるレスティア公爵への報告は、次兄ウォルトがしてくれる事になった。
それから一ヶ月ほどが過ぎ、『約束』のシエルの発情期が訪れた。
初めての発情期でアーシャを身籠ったシエルは、以後、二回目の発情期が来ないまま、約2年を過ごした。二回目の発情期が来たのはアーシャが一歳を過ぎた頃。今度はちゃんとシエル用の抑制剤が用意された。その頃には、シエルはルシアンと体を重ねアーシャを授かったのだということは分かっていたけれど、近い将来の『求婚の約束』はしたけれど、今はまだ主と従者だから、その立場は守らなければならず、発情期を共に過ごす事は出来ない。シエルの体に合わせた軽めの抑制剤は、発情期にダダ漏れになるフェロモンやその症状を、緩和こそすれ完全に抑えられるものではない。シエルの発情期間は、αであるルシアンは遠ざけられた。症状が一番強く出るピーク時は、ルシアンが直前まで着ていた服が届けられ、シエルはルシアンの匂いが染み付いた服を抱きしめ、体を丸めて耐えた。
その期間、約二年――。
でももう、一人で耐える時間は終わり。
シエルとルシアンは今夜、『番』になる。
コンコン、と控えめな、けれど確かな意思のこもった音が扉を叩いた。
「……シエル様。入ってもよろしいでしょうか」
待ちわびていた、大好きな人の声。
「……うん。入って、ルシアン」
扉が開くと、そこにはいつもの騎士服ではなく、清潔な夜着を着たシエルだけの騎士が立っていた。月の光を背負った彼のシルエットはどこまでも優しく、そして今夜は、一人の男としての熱を帯びている。
これからの発情期は、ルシアンに服だけを借りる必要はない。もう、布越しに彼を感じる必要もない。だって、目の前に本物の彼がいるのだから。
「…待たせてしまい申し訳ありません、シエル様」
ルシアンがゆっくりと歩み寄り、シエルの目の前で跪く。その大きな手が、シエルの震える指先をそっと包み込んだ。
「今夜、貴方のすべてを私に預けていただけますか」
シエルはただ、溢れそうになる涙を堪え、深く、深く頷いた。
交わされるのは、羽が触れるような、淡く切ない口づけ。
運命に翻弄され続けてきたシエルの体が、ゆっくりと柔らかなベッドに沈んでいく。
枕元で揺れる灯火が、二人の重なる影を壁に長く映し出していた。
この夜、二人の魂を繋ぐ見えない鎖――番の契約が、静かに、けれど決して解けない強さで結ばれた。
「シエル様、おはようございます」
ゆっくりと目を開けて、覚醒したてのぼんやりとした視界で天井を眺めていると、至近距離から愛しい人の声が聞こえた。
隣を見れば優しい笑顔のルシアン。シエルはそっと愛しい人の胸に身を寄せた。逞しい腕が華奢な体を抱きしめる。
「おはよ、ルシアン」
挨拶を返し、布団から片手を出して、恐る恐る項に触れる。
自分では見えないけれど、そこにはデコボコした感触があった。それは間違いなく噛み跡。愛おしい番の証。
「…番に…なったんだね…」
「はい。番になりました」
「…っ…!」
シエルはルシアンの胸に顔を押し付けて涙を流す。これは嬉しい涙だ。
ずっと…ずっと…欲しかった、永久を約束する証。
涙を流すシエルの顎に手を掛け、そっと顔を上向かせたルシアンは、宝石のような綺麗な涙を流すシエルの顔に唇を寄せて、涙を吸い取るように顔中に口づけた。
「シエル様、愛しています。私の唯一…」
「僕も…。愛してる。ルシアン、ずっと傍にいてね。僕を離さないで…」
「…はい。ずっとお傍にいさせてください」
お互いを見つめ、微笑み合い、そっと唇を重ねる。唇を離して再び抱きしめ合う。
そうして、控え目なノック音とともに、朝食を運んできました、と扉の向こう…廊下からアメリに声を掛けられるまで、シエルとルシアンはお互いの温もりを感じながら微睡んでいた。
そんな二人だけの部屋の中を、カーテンの隙間から柔らかな朝日が照らしていた。
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