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『この想いを綴ります…』《後編》
しおりを挟む保護区内の医療施設で、僕は難産の末に男の子を産みました。満月の夜、暗闇を優しく照らす月明かりが眩しくて、我が子を胸に抱きながら涙が零れました。息子には『優月(ゆづき)』と名付けました。望んで授かった子ではないけれど、一生懸命に生きようとする小さな生命が愛しく、この子の為に人生を捧げようと決意しました。たとえ生涯『愛』を知る事が無くても…。出産から半月後、優月のバース性がΩである事が判りましたー。
保護施設が用意してくれたワンルームの部屋で、僕と優月は生活を始めました。周りには似た様な境遇のΩ母子が多く、育児に必要な物を譲ってくれ、衣食住は施設側が面倒を見てくれるので、生活には困りませんでした。慣れない育児は大変だったけれど、優月との生活は幸せで、それまで生きてきた中で一番幸せで…。こんな幸せがずっと続く事を願っていたのに…。
ある日、突然意識を失い倒れた僕に告げられた『残酷な現実』ー。僕の内臓の半分近くが正常に機能しておらず、長くは生きられないだろうとの余命宣告にも似た診断ー。好意も同意も伴わない性行為を強いられ続けたΩは、少しずつ心身共に疲弊していき、短命になるそうです。僕の場合は元々が体が丈夫ではない事に加え長期に渡り薬を使われていた事、そんな体で出産した事が更に寿命を縮める原因になったようです。でも僕が優月を産んだ事を後悔する事はありません。あるとしたら、優月を遺して逝かなければならない事と、彼の成長を見られない事ー。
産後半年、本当は残された余生を優月の傍で過ごしたかったけれど、僕は施設に優月を預けて保護区の外へ出稼ぎに行く事に決めました。体力の乏しいΩの僕に出来る仕事があるかは判らなかったけれど、少しでもお金が欲しかったから。優月の為に少しでも…。寿命を縮めるのかと施設の職員には止められたけれど、僕の決意は変わりません。二度と優月に会えなくなる可能性も考えながら、例えそうなったとしても、愛する優月の為に僕なりに出来る事をしたかった。暫しの別れの朝、腕に抱いた優月の顔中にキスをしてから職員の腕に託し、僕は保護区を後にしました。そして降り立った駅で、ユアン、貴方に出逢ったのですー。
貴方を見た瞬間、僕は確信しました。僕の『運命』だと。貴方も同じだったのでしょう。言葉もなく僕達は手を取り合いー。惹かれ合うままに『番』になりました。けれど、既に行為に耐えられるだけの体力が無かった僕は、意識が朦朧としたまま病院に運ばれ…。そして貴方は知った。僕の命が長くない事を。知った筈なのに、毎日病院に会いに来てくれる貴方から妻子の存在を打ち明けられた時、僕には絶望しかなかった。独占欲からじゃない。奥さんと子供から貴方を奪ってしまう事に。自分が身を引いたとしても、出逢い、番になってしまった今、自分が死ねば結局はユアンも…。出逢わなければよかった。先生に言われた様に、大人しく余生を保護区内で優月と過ごしていれば…。後悔と罪悪感に、病室で一人になる度に声を殺して泣きました。そんな資格、僕にはないのに…。退院したら彼の前から姿を消そう。保護区に戻って静かに余生を送ろう。一日でも長く生きなければ…。それが僕に出来る唯一の償いー。密かに決意した僕だったけれど、入院から四日目に貴方が連れて来た沙希さんが「家に来なさい」と僕を抱き締めながら言ってくれて…。言い方は悪いけれど、彼女からすれば僕は夫を寝取った張本人なのに…。「貴方だけのせいではないのよ」、と。そう言ってくれた彼女の真意は判らないけれど、結局僕は優月の事を言えないまま、ユアン家族の元に身を寄せました。優月の事を忘れた訳じゃないけれど、ユアンと離れたくない思いが強かったのです。ユアンと沙希さんのお子さんのシオン君も僕を受け入れてくれました。『家族』の中で過ごす時間は、それまでの人生で一番安らぎを覚えた時間だったかも知れません。だから身勝手な事を考えてしまった。落ち着いたら優月の事を話して少しでも援助を…という、あまりにも図々しい…。でも、僕が思うよりも事態はより複雑で深刻なものになっていた。気付かなかった僕は、なんて愚かなのでしょう。
僕がユアンと番になって僅か十日、退院してからは五日足らず…。ユアンと沙希さんは離婚しました。「円満離婚だよ」「貴方のせいではないの」だと口々に言ってくれたけれど、僕の存在が幸せな家庭を壊したのは明らかでした。僕が保護区から出さえしなければユアンに出逢う事もなく、三人はずっと一緒に幸せに暮らしていけた。僕が壊した。ユアンを愛していた。沙希さんとシオン君も大切な存在だった…のに…。自分が辛い思いをしたからといって、誰かを不幸にしてまで幸せになりたかった訳じゃない。どうやって償えばいいのか判らず、ただ混乱している間に、沙希さんはシオン君を連れて出て行ってしまった。そうして二人暮らしが始まり…。僕はユアンに保護区に置いてきた優月の事を話しました。引き取りたいと思ったからではありません。父親の『判らない』子供を産んだのだと、番のユアンには話しておくべきだと思ったから…。ユアンは何も言いませんでした。ただ一言「引き取ろう」とだけ…。正直僕は、このまま施設に預けるつもりでした。手元に置いていたところで、僕が死んだら結局は一人にさせてしまうのだから。でもユアンは、僕と優月を自分の籍に入れてくれました。「これで僕達は家族だ」、と。ただ、この国の人間ではなく、パスポートもない僕達が、本当に籍に入れたのかは分かりません。それはユアンの『優しさ』だったのかもしれません。確かめるすべもありません。それでも僕は、あの瞬間の事は忘れないでしょう。先の事を考えると怖かったけれど、幸せを感じた瞬間でした。
一生『愛』を知る事はないと思っていました。けれど貴方と出逢い『愛』を知った。運命の存在だからだとしても構わない。幸せでした。本当に…本当に…幸せでしたー。
ユアン、貴方が仕事で留守にしている今、この手紙を書いています。僕が旅立った後、この手紙を読んだ貴方の事を思うと、胸が痛みます。貴方は傷付くでしょうか。それとも怒るでしょうか。決して良い感情を抱かないだろう事を解っていながら、僕はこの手紙を綴り、遺します。
僕の人生…僕が生きた証にー。
人生の終わりを感じながら、今はただ、一日でも長く生きたい、と。魂で縛り付けてしまった貴方を連れて逝く日が一日でも遠くなる事を望みます。
最後にー。
沙希さん、シオン君、ごめんなさい。僕は貴方達から夫を…パパを奪いました。そんな僕に幸せになる権利なんてないと思います。けれど僕は今、幸せなのです。ユアンがいて、優月がいる今の時間が。貴方達を犠牲にして成り立つ幸せは儚く、脆いものでしょう。黙って身を退いてくれた貴方達に償う事も…何も返す事も出来ないまま旅立つ事を赦して下さい。
追伸、ユアンへー。
優月の事、お願いします。育ててほしいとは言いません。僕の子です。僕が『一人で』産んだ子です。手放してくれて構いません。罪悪感など感じる必要はないのです。
けれど、願わくはΩとして生まれた優月が幸せになれる場所へ。難しいかも知れませんが、差別を受ける事のない場所で、逞しく生きてくれる事を願いますー。
ユアン、永久に変わらぬ愛を貴方にー。 雪哉
《 fin 》
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☆お付き合い下さり、ありがとうございました😔
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