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奏輔の秘密
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「で? 姫ちゃんとはヤったの?」
ランチを注文した後、開口一番、佑はニヤニヤと聞いてきた。
今日は佑と二人だ。友人歴としては博己の方が長いが、佑とは会社が近いので、会う頻度は佑の方が多かった。
「ヤるわけないじゃん」
「えー、据え膳食わぬは、って言うでしょ?」
「ネカフェも博己も危ないからってうちに泊めたのに、俺がヤってどうすんだよ」
答えながら、「どの口が」と思う。別に嘘は言っていないが、セックスなんかよりよほどディープなことをしでかしたのだが、そこは口が裂けても言えない。
「まあなぁ、姫ちゃんMらしいし、ソウには無理か」
内心でドキリとしながらも、平然を装う。
「僕が縛ったりできるわけないだろ?」
「うん、無理そう。超絶優しそうだもん。逆ならわかるけど」
「いやいや、逆もないから」
佑は納得してくれたようで、ニヤニヤを収めてくれた。
「でもさ、姫ちゃんかわいかったよね」
「だいぶブサイクを想定してたもんな」
オフ会以前の話だ。期待するとショックが大きいだろうという予防の意味もあって、僕達三人は、姫がどれだけブサイクかを想像していた。ネトゲで出会った女の子なわけだから、きっとちょいデブのオタクなんだろうとか、地味な目立たない感じじゃないかとか、そりゃもう失礼極まりない話で盛り上がっていた。多分に偏見も入っていることは重々承知だが、期待したくなかったのだ。期待値がマイナスであれば、ちょっとくらい残念な外見だったとしても気にしなくて済むと考えてのことだと理解してほしい。
そう言い訳をしてみたところで、「女を外見で判断するな」とか冷たい目で見られることはわかっているが、女性だってイケメンの方が概ね好きだろう。外見で選ぶのは、鳥やライオンなんかも一緒なんだから、動物の性だと思う。いや、怒られるから女性の前では絶対に言わないけれども。
「佑こそ、嫁さんと娘さんはどうよ?」
あまり姫の話を突っ込まれても困るので、話を逸らしてみる。
「娘はかわいいよ」
「奥さんも美人じゃん」
「いやまあ、美人ではあるんだけどさ、子どもできるといろいろ、ねぇ?」
「何? 喧嘩すんの?」
「喧嘩っていうか、一方的に怒られてる感じ? なんかさ、今まで普通にしてたことで怒るんだよ。すんげぇ細かいことで。食器を下げてないとか、食事中にテレビを見るなとか、休みだからって昼まで寝てるなんてとか……」
「あー、そっか、子育ては年中無休だし、子どもの教育に悪いことはするなってことか」
「まあ、そういうこと。そのくせ、自分はしんどいって言って朝起きてこなくてさ、朝ごはんはセルフだし、昼はこうして外食ばっか」
姉からの理不尽の中で育った身としては、そんなもんじゃないかとも思うが、しかし結婚して嫁が実姉みたいになったらと思うと、たしかにゾッとしなくもない。
「そりゃさ、子育ては俺だってちゃんと参加しようと思うよ? 家事だって手伝う気がないわけじゃないし、実際手伝ってると思うし。でもさ、ぶっちゃけ結婚決めたのって、婚前の手料理だったり、頼んでもないのにやっておいてくれる家事だったり、身体の相性だったりするわけじゃん?」
「ん? てことは、夜の方もご無沙汰なわけ?」
「疲れてるし、娘に聞かれたくないから嫌だって」
「あー」
そういう問題はあるかもしれない。欧米ではわりと小さいうちから子どもを子ども部屋で寝かせるが、日本は長く親と寝室を共にすることが多い。部屋をわけたところで、狭い家でやってれば、そのうち子どもは遭遇するだろう。三歳の娘がいる家なら無理もない。
「女は子どもを産むと別の生き物になるって言うしな」
「マジでそれな」
「ま、それでも娘かわいいんなら、耐えるしかないんじゃね? 離婚したところで、娘引き取って育てるとかできないだろ?」
「無理だね。そんな暇ではない」
「んじゃ耐えろ」
「ソウが冷たい……」
「相手が佑だしな」
「ソウも結婚すればわかるって」
はは、と曖昧に笑って返しながら、結婚できるのかなと思う。モテないとか、女性経験がないとか、そういうんじゃなくて……
ふるふると、頭を振って、思考を飛ばす。
考えても仕方ないことを考えるのは、僕の悪い癖だとセルフカウンセリングでも出ていたじゃないか。
「あー、午後の仕事だるいな」
「あはは。学生時代みたいにサボるわけにもいかないしな」
「僕は学生時代だってサボってはないですよ? だるいなー、って思いながらちゃんと行きました」
「うっわ、真面目」
「で、ノートしっかり取って、佑みたいなヤツに売りつけるわけだよ」
「そこは親切で貸せよ」
「そこは相手を見て」
「ひでぇ」
うはは、と笑い合う。
社会人になってもこうして日常的に話せる友達がいるというのは、ありがたいなと思う。僕の会社にも、毎日家と会社の往復で、ただただ生活のためにほとんど同じ毎日を繰り返しているような人がたくさんいる。それはもう、なんのために働き、なんのために生きているのかわからないだろう。
(とはいえ……)
隅に追いやったはずの悩みがまた頭を掠める。
この悩みは、佑にも言えない。
ランチを注文した後、開口一番、佑はニヤニヤと聞いてきた。
今日は佑と二人だ。友人歴としては博己の方が長いが、佑とは会社が近いので、会う頻度は佑の方が多かった。
「ヤるわけないじゃん」
「えー、据え膳食わぬは、って言うでしょ?」
「ネカフェも博己も危ないからってうちに泊めたのに、俺がヤってどうすんだよ」
答えながら、「どの口が」と思う。別に嘘は言っていないが、セックスなんかよりよほどディープなことをしでかしたのだが、そこは口が裂けても言えない。
「まあなぁ、姫ちゃんMらしいし、ソウには無理か」
内心でドキリとしながらも、平然を装う。
「僕が縛ったりできるわけないだろ?」
「うん、無理そう。超絶優しそうだもん。逆ならわかるけど」
「いやいや、逆もないから」
佑は納得してくれたようで、ニヤニヤを収めてくれた。
「でもさ、姫ちゃんかわいかったよね」
「だいぶブサイクを想定してたもんな」
オフ会以前の話だ。期待するとショックが大きいだろうという予防の意味もあって、僕達三人は、姫がどれだけブサイクかを想像していた。ネトゲで出会った女の子なわけだから、きっとちょいデブのオタクなんだろうとか、地味な目立たない感じじゃないかとか、そりゃもう失礼極まりない話で盛り上がっていた。多分に偏見も入っていることは重々承知だが、期待したくなかったのだ。期待値がマイナスであれば、ちょっとくらい残念な外見だったとしても気にしなくて済むと考えてのことだと理解してほしい。
そう言い訳をしてみたところで、「女を外見で判断するな」とか冷たい目で見られることはわかっているが、女性だってイケメンの方が概ね好きだろう。外見で選ぶのは、鳥やライオンなんかも一緒なんだから、動物の性だと思う。いや、怒られるから女性の前では絶対に言わないけれども。
「佑こそ、嫁さんと娘さんはどうよ?」
あまり姫の話を突っ込まれても困るので、話を逸らしてみる。
「娘はかわいいよ」
「奥さんも美人じゃん」
「いやまあ、美人ではあるんだけどさ、子どもできるといろいろ、ねぇ?」
「何? 喧嘩すんの?」
「喧嘩っていうか、一方的に怒られてる感じ? なんかさ、今まで普通にしてたことで怒るんだよ。すんげぇ細かいことで。食器を下げてないとか、食事中にテレビを見るなとか、休みだからって昼まで寝てるなんてとか……」
「あー、そっか、子育ては年中無休だし、子どもの教育に悪いことはするなってことか」
「まあ、そういうこと。そのくせ、自分はしんどいって言って朝起きてこなくてさ、朝ごはんはセルフだし、昼はこうして外食ばっか」
姉からの理不尽の中で育った身としては、そんなもんじゃないかとも思うが、しかし結婚して嫁が実姉みたいになったらと思うと、たしかにゾッとしなくもない。
「そりゃさ、子育ては俺だってちゃんと参加しようと思うよ? 家事だって手伝う気がないわけじゃないし、実際手伝ってると思うし。でもさ、ぶっちゃけ結婚決めたのって、婚前の手料理だったり、頼んでもないのにやっておいてくれる家事だったり、身体の相性だったりするわけじゃん?」
「ん? てことは、夜の方もご無沙汰なわけ?」
「疲れてるし、娘に聞かれたくないから嫌だって」
「あー」
そういう問題はあるかもしれない。欧米ではわりと小さいうちから子どもを子ども部屋で寝かせるが、日本は長く親と寝室を共にすることが多い。部屋をわけたところで、狭い家でやってれば、そのうち子どもは遭遇するだろう。三歳の娘がいる家なら無理もない。
「女は子どもを産むと別の生き物になるって言うしな」
「マジでそれな」
「ま、それでも娘かわいいんなら、耐えるしかないんじゃね? 離婚したところで、娘引き取って育てるとかできないだろ?」
「無理だね。そんな暇ではない」
「んじゃ耐えろ」
「ソウが冷たい……」
「相手が佑だしな」
「ソウも結婚すればわかるって」
はは、と曖昧に笑って返しながら、結婚できるのかなと思う。モテないとか、女性経験がないとか、そういうんじゃなくて……
ふるふると、頭を振って、思考を飛ばす。
考えても仕方ないことを考えるのは、僕の悪い癖だとセルフカウンセリングでも出ていたじゃないか。
「あー、午後の仕事だるいな」
「あはは。学生時代みたいにサボるわけにもいかないしな」
「僕は学生時代だってサボってはないですよ? だるいなー、って思いながらちゃんと行きました」
「うっわ、真面目」
「で、ノートしっかり取って、佑みたいなヤツに売りつけるわけだよ」
「そこは親切で貸せよ」
「そこは相手を見て」
「ひでぇ」
うはは、と笑い合う。
社会人になってもこうして日常的に話せる友達がいるというのは、ありがたいなと思う。僕の会社にも、毎日家と会社の往復で、ただただ生活のためにほとんど同じ毎日を繰り返しているような人がたくさんいる。それはもう、なんのために働き、なんのために生きているのかわからないだろう。
(とはいえ……)
隅に追いやったはずの悩みがまた頭を掠める。
この悩みは、佑にも言えない。
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