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【短編読切】お正月といえば【エロはないヨ】
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「これがないと年が越せない!」あるいは、「年始といえばこれ!」というものがあるだろうか。
僕の中では、「年越しうどん」と「ケーキ」だ。
年越しといえば普通は蕎麦なんだろうし、この時期にケーキを食べるならクリスマスなんだと思う。
でも僕にとっての年末年始といえば、うどんとケーキで、幼い頃からずっとそうだったから、何も不思議に思うことはなかった。
年越しに蕎麦ではなくうどんを食べるのは、母親が香川県の出身だからだ。
香川県といえば、「うどん県」を名乗るほどのうどん王国。
僕は香川には数えるほどしか行ったことがないのであまり実感はないけれど、家に常備されているのは蕎麦ではなく冷凍うどんだったから、そもそも蕎麦はあまり食べたことがなかった。
父親は結婚するまではちゃんと年越し蕎麦を食べていたらしいけれど、特別こだわりがなかったために今では一緒にうどんを食べて年を越す。
ではケーキはといえば、それは父親に起因する。
元旦が誕生日なんていうベタな理由ではない。
*
「五、四、三、二、一、ハッピーニューイヤー!」
新年を迎えたドームは、お祝いとライブの熱気でいっぱいだ。
ドーン、と大きな音がして、新年一曲目のイントロが流れてきた。
彼女は、キラキラした目でステージへと目をやっている。
(ああ……、タイミング逃した……)
僕も一緒にステージへと目をやりながら、ポケットに入れた手にぐっと力を入れた。
そこには、小さな箱があった。
ここは彼女の大好きなアーティストの年越しライブ会場だ。
年をまたいでのライブなんて初めてだが、彼女が行きたいというので一緒にやってきてみた。
年越しどころか生ライブ自体がほとんど初めての経験で、会場の熱気に驚くばかりだ。
彼女ほど曲に詳しくないものの、ライブは意外と楽しめる。生で音楽を楽しむというのは、テレビで見たりするのとはずいぶん違うものだと思う。
ライブは楽しいし、隣にいる彼女はものすごいテンションで、僕の十倍くらい楽しそうに見える。そういう彼女を見ているのも、幸せだ。
幸せではある、のだけれど……
「お腹でも痛いの?」
いくらかテンションの下がってしまった僕に、隣の彼女が聞いてくれる。
気づけば新年の二曲が終わっていた。
「いや、大丈夫。ライブ楽しんで」
彼女は一瞬怪訝な顔をしたが、二度とない生ライブ、MCの時間だって聞き逃したくはないのだろう。またステージへと顔を戻した。
それからたっぷり一時間。
カウントダウンライブを終えて、僕たちは近くのホテルへ向かって歩いていた。
街道はクリスマス前から続いているイルミネーションで、深夜にもかかわらずキラキラしている。
と、小さな公園が見えた。
「ね、ちょっとそこの公園に寄らない?」
「ホテルすぐそこなのに?」
言いながらも、特に反対するでもなく、足取り軽く公園へと進んでいく。
近くの自販機で温かい飲み物を買って、公園へと入った。
ベンチに腰をかけて、空を見上げた。
少し緊張する。
まるで最初のデートみたいだ。
「今日はありがとうね。そんなに興味なかったんでしょ?」
「いや、楽しかったよ。また来年も来ようか」
「本当に? 途中観てなかったでしょ?」
「それは……」
立ち上がって、大きく息を吸い込んだ。
「雪村花織さん!」
きょとん、とただでさえ大きな目が見開かれる。
「僕と、結婚してください!」
ポケットから取り出した小箱は、ちょっとだけ潰れてしまっていたが、いまさらどうしようもない。そのまま彼女に向かって両手で差し出した。
*
残念ながら、ここ数年カウントダウンライブには行けていない。
あれから四年経って、今は三歳の娘がいる。
僕の家では、大晦日にうどんを、正月にはケーキを食べる。
結婚してからもそれは変わらないけれど、ケーキの意味だけは変わった。
父のプロポーズ記念日ではなくて、僕のプロポーズ記念日。
<あとがき>
誰のお話かわかりました?
ゲーム仲間のたすくんこと佑君のお話です。
カウントダウンと同時にプロポーズとか素敵かなと思いつつ、きっと佑君は失敗するんじゃないかなっていう(笑)
皆様にも素敵な一年が訪れますように。
僕の中では、「年越しうどん」と「ケーキ」だ。
年越しといえば普通は蕎麦なんだろうし、この時期にケーキを食べるならクリスマスなんだと思う。
でも僕にとっての年末年始といえば、うどんとケーキで、幼い頃からずっとそうだったから、何も不思議に思うことはなかった。
年越しに蕎麦ではなくうどんを食べるのは、母親が香川県の出身だからだ。
香川県といえば、「うどん県」を名乗るほどのうどん王国。
僕は香川には数えるほどしか行ったことがないのであまり実感はないけれど、家に常備されているのは蕎麦ではなく冷凍うどんだったから、そもそも蕎麦はあまり食べたことがなかった。
父親は結婚するまではちゃんと年越し蕎麦を食べていたらしいけれど、特別こだわりがなかったために今では一緒にうどんを食べて年を越す。
ではケーキはといえば、それは父親に起因する。
元旦が誕生日なんていうベタな理由ではない。
*
「五、四、三、二、一、ハッピーニューイヤー!」
新年を迎えたドームは、お祝いとライブの熱気でいっぱいだ。
ドーン、と大きな音がして、新年一曲目のイントロが流れてきた。
彼女は、キラキラした目でステージへと目をやっている。
(ああ……、タイミング逃した……)
僕も一緒にステージへと目をやりながら、ポケットに入れた手にぐっと力を入れた。
そこには、小さな箱があった。
ここは彼女の大好きなアーティストの年越しライブ会場だ。
年をまたいでのライブなんて初めてだが、彼女が行きたいというので一緒にやってきてみた。
年越しどころか生ライブ自体がほとんど初めての経験で、会場の熱気に驚くばかりだ。
彼女ほど曲に詳しくないものの、ライブは意外と楽しめる。生で音楽を楽しむというのは、テレビで見たりするのとはずいぶん違うものだと思う。
ライブは楽しいし、隣にいる彼女はものすごいテンションで、僕の十倍くらい楽しそうに見える。そういう彼女を見ているのも、幸せだ。
幸せではある、のだけれど……
「お腹でも痛いの?」
いくらかテンションの下がってしまった僕に、隣の彼女が聞いてくれる。
気づけば新年の二曲が終わっていた。
「いや、大丈夫。ライブ楽しんで」
彼女は一瞬怪訝な顔をしたが、二度とない生ライブ、MCの時間だって聞き逃したくはないのだろう。またステージへと顔を戻した。
それからたっぷり一時間。
カウントダウンライブを終えて、僕たちは近くのホテルへ向かって歩いていた。
街道はクリスマス前から続いているイルミネーションで、深夜にもかかわらずキラキラしている。
と、小さな公園が見えた。
「ね、ちょっとそこの公園に寄らない?」
「ホテルすぐそこなのに?」
言いながらも、特に反対するでもなく、足取り軽く公園へと進んでいく。
近くの自販機で温かい飲み物を買って、公園へと入った。
ベンチに腰をかけて、空を見上げた。
少し緊張する。
まるで最初のデートみたいだ。
「今日はありがとうね。そんなに興味なかったんでしょ?」
「いや、楽しかったよ。また来年も来ようか」
「本当に? 途中観てなかったでしょ?」
「それは……」
立ち上がって、大きく息を吸い込んだ。
「雪村花織さん!」
きょとん、とただでさえ大きな目が見開かれる。
「僕と、結婚してください!」
ポケットから取り出した小箱は、ちょっとだけ潰れてしまっていたが、いまさらどうしようもない。そのまま彼女に向かって両手で差し出した。
*
残念ながら、ここ数年カウントダウンライブには行けていない。
あれから四年経って、今は三歳の娘がいる。
僕の家では、大晦日にうどんを、正月にはケーキを食べる。
結婚してからもそれは変わらないけれど、ケーキの意味だけは変わった。
父のプロポーズ記念日ではなくて、僕のプロポーズ記念日。
<あとがき>
誰のお話かわかりました?
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カウントダウンと同時にプロポーズとか素敵かなと思いつつ、きっと佑君は失敗するんじゃないかなっていう(笑)
皆様にも素敵な一年が訪れますように。
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