ショートショート

三十五夜目、結婚

喫茶店で彼女が倒れた。
「大丈夫か、大丈夫か」
俺は泣きながら、彼女の肩を抱きしめた。
少したって、彼女の意識が戻った。
でも、ぼぉーっとしているようだった。

「大丈夫か。意識が無くなったんだぞ」
彼女はきょとんとした顔で「そうなの？」って言った。
とりあえず、家に帰って寝かせた。

同棲10年目の彼女、籍は入れていない。
3年前に「籍を入れる？」って聞いたら
「今さら、何を言っているの？」ってバカにされた。
それから結婚の話はしていない。
はっきり言って籍を入れる気が無くなったからだ。
いつ別れるんだろう、そんなことばかり考えていた気がする。

彼女が倒れた時、救急車を呼ぼうとした。
病院に連れて行こうと思った。
でも『健康保険証』が無かった。
おれと同棲していたせいだ。

おれは、彼女に言った。
「結婚しよう、籍を入れて病院に行こう」
これが俺のプロポーズ。なんて変なプロポーズだ。
かっこ悪いの極地だ。

体調が悪いくせに、ぐずっている彼女を無理やり
口説き落として籍を入れた。

ほっとしたのもつかの間、また倒れた。
彼女が珍しく「病院に行きたい」と言った。
急いで病院に連れて行った。
緊急入院、本当に危ないところだった。

彼女は笑いながら「死に損なった」って言った。
「本当だな」って言い返した。

俺は思った『死ななくて良かった、生きてて良かった』
このことを思い出すだけで涙が出る。でも、このことは彼女に絶対の秘密だ。
バレたら、あの女は絶対バカにする。