19 / 50
19
しおりを挟む
塔の崩壊を間一髪で免れ、集落に戻った夜。 シオンは魔力の使いすぎで、エルナの膝の上で力なく横たわっていた。 冷たい月の光が、彼の端正な横顔を照らす。
「……エルナ。お前は、いつか私の前からいなくなるのか?」 普段の尊大さが消え、子供のような、か細い声。
「……。殿下が、私をそんなに縛り付けるからですわ。私は、自分の足で歩きたいんです」 「わかっている。……だが、怖いのだ。一度目の人生でお前を失った時、私は、自分の体から心臓を抉り出されたような気がした。……二度目のお前が、私を嫌っているとしても、生きているだけでいいと思っていた。……だが、欲が出た。お前に、私のことだけを見てほしいと」
シオンはエルナの手を、自分の心臓の上に置いた。 ドクンドクンと、異常に早い鼓動が伝わってくる。
「これが、お前への『愛』だというなら、私は一生、この苦しみを抱えて生きていく。……逃げてもいい。だが、最後には必ず、私の腕の中に戻ってこい。……約束だ、エルナ」
エルナは何も答えられなかった。 彼の愛が、純粋すぎて、あまりにも鋭い刃物のように自分を突き刺してくるから。 嫌いになれたらどれほど楽だっただろう。だが、自分のために世界を敵に回し、命を削り続けるこの男を、突き放すことはもうできなかった。
「……とりあえず、明日の朝食は殿下の好きなベリーのタルトを作って差し上げますわ。……だから、そんな死にそうな顔をしないでくださいまし」
「……タルトか。……結婚式のケーキの練習だと思ってもいいか?」 「よくありませんわ! 寝てなさい!」
逃亡令嬢と執着王子。 二人の旅は、一筋縄ではいかない絆を育みながら、新たな章へと続く――。
竜人族の集落に迎え入れられてから数週間。エルナは持ち前のバイタリティを発揮し、新大陸の未知の植物を活用した「商会」の基盤を作り上げていた。特に、森の奥で見つけた黄金色に輝く果実「太陽の雫」は、一口食べれば魔力が回復し、肌が若返るという劇的な効果を持っていた。
「これをジャムにして、竜人族の鱗を磨く研磨剤と交換……。うん、これならこの大陸での通貨基盤が作れるわ!」
エルナが集落の広場で、竜人族の女性たちに囲まれながら「美肌効果」について熱弁を振るっていると、背後に冷え冷えとした空気の塊が立ち込めた。振り返るまでもない。この、心臓の鼓動を狂わせるほどの魔圧の主は一人しかいない。
「……エルナ。もう三十分も、あのごついトカゲのような女たちと笑い合っているな」
シオンが、不機嫌を隠そうともせずにエルナの腰を引き寄せた。彼の腕は鉄の枷(かせ)のように強く、エルナを自分の胸板に押し付ける。
「殿下、トカゲとは失礼ですわ! 彼女たちは大切なお客様なんです。それに、少しは離れてくださいまし。暑苦しいですわ」 「暑い? ならば冷やしてやろう」
シオンが指を鳴らすと、エルナの周囲だけが完璧な「適温」まで冷却された。魔力の無駄遣いも甚だしい。シオンの瞳は、エルナが自分以外の存在に笑顔を向けるたびに、底なしの暗い色を帯びる。
「お前の笑顔を、あんな連中に安売りするな。お前が笑うべき相手は私だけでいい。……それとも何か? あのトカゲどもを全員氷像にして、お前の視界から排除した方が、お前は私だけに集中してくれるのか?」
「極論はやめてください! 以前よりヤンデレが悪化していませんか!?」
エルナは溜息をつきながらも、彼の胸に手を置いた。鎧越しに伝わる鼓動は、狂おしいほどに激しい。シオンにとって、この世界で確かなものはエルナの体温だけなのだ。 二人が押し問答をしていると、集落の外から見慣れぬ「魔力信号」が接近してきた。それは、竜人族のものでも、この大陸の精霊のものでもない。
「……あのアステリアの紋章。まさか、追っ手!?」
水平線の彼方、空を飛ぶ魔導艦が、新大陸の空を穢すように現れた。エルナの自由を懸けた「第100章まで続く逃走劇」は、休む間もなく次の局面へと引きずり込まれる。
「……エルナ。お前は、いつか私の前からいなくなるのか?」 普段の尊大さが消え、子供のような、か細い声。
「……。殿下が、私をそんなに縛り付けるからですわ。私は、自分の足で歩きたいんです」 「わかっている。……だが、怖いのだ。一度目の人生でお前を失った時、私は、自分の体から心臓を抉り出されたような気がした。……二度目のお前が、私を嫌っているとしても、生きているだけでいいと思っていた。……だが、欲が出た。お前に、私のことだけを見てほしいと」
シオンはエルナの手を、自分の心臓の上に置いた。 ドクンドクンと、異常に早い鼓動が伝わってくる。
「これが、お前への『愛』だというなら、私は一生、この苦しみを抱えて生きていく。……逃げてもいい。だが、最後には必ず、私の腕の中に戻ってこい。……約束だ、エルナ」
エルナは何も答えられなかった。 彼の愛が、純粋すぎて、あまりにも鋭い刃物のように自分を突き刺してくるから。 嫌いになれたらどれほど楽だっただろう。だが、自分のために世界を敵に回し、命を削り続けるこの男を、突き放すことはもうできなかった。
「……とりあえず、明日の朝食は殿下の好きなベリーのタルトを作って差し上げますわ。……だから、そんな死にそうな顔をしないでくださいまし」
「……タルトか。……結婚式のケーキの練習だと思ってもいいか?」 「よくありませんわ! 寝てなさい!」
逃亡令嬢と執着王子。 二人の旅は、一筋縄ではいかない絆を育みながら、新たな章へと続く――。
竜人族の集落に迎え入れられてから数週間。エルナは持ち前のバイタリティを発揮し、新大陸の未知の植物を活用した「商会」の基盤を作り上げていた。特に、森の奥で見つけた黄金色に輝く果実「太陽の雫」は、一口食べれば魔力が回復し、肌が若返るという劇的な効果を持っていた。
「これをジャムにして、竜人族の鱗を磨く研磨剤と交換……。うん、これならこの大陸での通貨基盤が作れるわ!」
エルナが集落の広場で、竜人族の女性たちに囲まれながら「美肌効果」について熱弁を振るっていると、背後に冷え冷えとした空気の塊が立ち込めた。振り返るまでもない。この、心臓の鼓動を狂わせるほどの魔圧の主は一人しかいない。
「……エルナ。もう三十分も、あのごついトカゲのような女たちと笑い合っているな」
シオンが、不機嫌を隠そうともせずにエルナの腰を引き寄せた。彼の腕は鉄の枷(かせ)のように強く、エルナを自分の胸板に押し付ける。
「殿下、トカゲとは失礼ですわ! 彼女たちは大切なお客様なんです。それに、少しは離れてくださいまし。暑苦しいですわ」 「暑い? ならば冷やしてやろう」
シオンが指を鳴らすと、エルナの周囲だけが完璧な「適温」まで冷却された。魔力の無駄遣いも甚だしい。シオンの瞳は、エルナが自分以外の存在に笑顔を向けるたびに、底なしの暗い色を帯びる。
「お前の笑顔を、あんな連中に安売りするな。お前が笑うべき相手は私だけでいい。……それとも何か? あのトカゲどもを全員氷像にして、お前の視界から排除した方が、お前は私だけに集中してくれるのか?」
「極論はやめてください! 以前よりヤンデレが悪化していませんか!?」
エルナは溜息をつきながらも、彼の胸に手を置いた。鎧越しに伝わる鼓動は、狂おしいほどに激しい。シオンにとって、この世界で確かなものはエルナの体温だけなのだ。 二人が押し問答をしていると、集落の外から見慣れぬ「魔力信号」が接近してきた。それは、竜人族のものでも、この大陸の精霊のものでもない。
「……あのアステリアの紋章。まさか、追っ手!?」
水平線の彼方、空を飛ぶ魔導艦が、新大陸の空を穢すように現れた。エルナの自由を懸けた「第100章まで続く逃走劇」は、休む間もなく次の局面へと引きずり込まれる。
0
あなたにおすすめの小説
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…
甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。
身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。
だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!?
利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。
周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる