当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

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次元の海を渡る移動要塞『星屑の薔薇』は、ついに観測者たちですら恐れて近づかない禁忌の領域、『虚空の墓場（ヴォイド・セメタリー）』へと到達しました。 そこは、打ち切られた物語、消去されたキャラクター、そして「かつて世界だったもの」の残骸が、重力のない暗闇にどこまでも漂う、冷徹な情報の死界です。


「……息苦しい場所ですわね。空気がないからではなく、ここにあるすべての記憶が、私たちに『諦めろ』と囁いているようですわ」


エルナは要塞の展望デッキに立ち、窓の外に広がる光景に眉をひそめました。そこには、半分に割れた王城や、空中に固定されたまま動かない巨大な竜の化石が、まるで静止画のように点在しています。 背後から、シオンがその細い腰を、壊れ物を扱うような、それでいて誰にも渡さないという呪縛を込めた手つきで抱き寄せました。


「案ずるな、エルナ。……ここにある死者たちの嘆きなど、お前の言葉一言よりも軽い。……お前が望む『種子』は、この墓場の最深部、すべての物語が収束する『終焉の祭壇』にある」


シオンの魔力は、この無の世界にあってもなお、凄まじい熱量を持ってエルナを包み込んでいました。彼の体の一部は、神の力を吸収した代償で常に青白く発光しており、触れるものすべてを存在ごと凍結させる「絶対停止」の領域を形成しています。


「行きましょう、殿下。……ここに眠る不幸な彼らに、教えてあげなくてはなりませんわ。……悪役令嬢が、自分たちの無念ごと、世界を上書きしてやるのだと！」


要塞は速度を上げ、文字通り「物語の死体」を蹴散らしながら、暗黒の深淵へと突き進んでいきました。


墓場の中心部、『終焉の祭壇』。そこには、顔を持たない巨大な人型の影——『終焉の司書』が、一冊の巨大な「閉ざされた本」を守るように立ちはだかっていました。


「……足を踏み入れるな、生けるバグたちよ。ここはすべての結末が眠る場所。……お前たちが手にしようとしている『始原の種子』は、存在しないはずの未来を無理やり引き寄せる毒である」


司書の言葉と共に、エルナたちの足元から無数の「黒い鎖」が伸びてきました。それは物理的な拘束ではなく、「お前は所詮、設定されたキャラクターに過ぎない」という概念的な重圧。エルナの脳裏に、前世の記憶と、今世での断罪の光景が、強烈なノイズとなって流れ込みます。


「……っ、この程度で、私の意志が挫けると思っているのですか！？」


エルナは叫び、手首の『ソウル・リンク』を介してシオンの魔力を引き出しました。彼女は、現代の「データ圧縮」と「暗号化」の理論を魔法式に変換し、司書の放つ重圧を逆利用して、自分たちの存在を「定義不能の例外」として固定しました。


「司書よ、お前の仕事は終わった。……これから始まるのは、誰にも管理されない、私たちの『続編』ですわ！」


シオンが虚空を蹴り、司書の影を真っ二つに切り裂きました。彼の剣筋は、もはや空間そのものを切断し、修復不能な亀裂を残します。シオンの瞳は狂おしいまでの執着で赤く染まり、エルナに干渉しようとするあらゆる「物語の力」を拒絶していました。


「……私のエルナに、安っぽい『結末』を押し付けるな。……彼女の終わりを決めるのは、神でも運命でもない。……この私一人で十分だ」


司書の影が霧散し、ついに祭壇の中央で、淡い光を放つ『始原の種子』がその姿を現しました。