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教会の騒動が一段落した夜。エルサの自室の窓に、パタパタと小さな羽音が響いた。 シロが鋭く反応し、窓際に立つ。 『主、また妙な客だ。今度は……海からの迷子か』 エルサが窓を開けると、そこには全身が青く透き通った、小さな「タツノオトシゴ」のような生き物が、空中に浮かぶ水球の中に漂っていた。
「あら、可愛い……。あなたはどこから来たの?」 「きゅきゅっ!」 それは、遥か東の果ての聖海に住まうとされる神獣「リヴァイアサン」の幼体だった。なぜかエルサの放つ、宇宙の真理に近い魔力波動に惹かれ、大陸を横断してやってきたらしい。
「この子、水が足りていないみたい。シロ、私の魔力水を分けてあげて」 『……我が主は、本当に珍獣コレクターだな。シルフ、フェンリル、フェニックス、次は海竜か。この部屋がいずれ世界樹の森のようになるぞ』 文句を言いつつも、シロはエルサの差し出した桶を鼻先で支える。エルサが指先から「高濃度圧縮魔力」を溶かした水を注ぐと、リヴァイアサンの幼体――名前は「アオ」に決まった――は、感激したようにエルサの頬に擦り寄った。
翌朝、エルサの部屋は大変なことになっていた。 アオが喜びのあまり「浄化の雨」を部屋中に降らせた結果、エルサの着ていた古びた制服は、一晩で伝説の「水竜の鱗織」に進化し、部屋のカーペットは踏むたびに癒やしを与える「世界樹の苔」へと変貌していた。 そこへ朝食を届けに来たメイドが、あまりの清浄な空気と美しさに、部屋に入った瞬間に悟りを開いて気絶した。
「ピー! ピピィ!」 「きゅきゅっ!」 ルビィとアオがエルサの肩を取り合って喧嘩を始め、シロがそれを呆れたように見守る。 公爵令嬢の部屋は、もはやこの世で最も魔力の濃い、神々の楽園へと成り果てていた。
学園の休みの日、エルサは久しぶりに公爵邸へと帰宅した。 待っていたのは、父ヴィルフリート、兄シグルド、レナード、そしてなぜか学園を休んでついてきたバルカスという、重度の「エルサ過激派」たちによる緊急家族会議だった。
「いいか、エルサ。今回の教会の件で、お前の力は世界中の野心家に知れ渡った。これから、お前を政治利用しようとする羽虫が群がってくるだろう」 父ヴィルフリートが、テーブルに帝国の地図を広げた。そこには「ここからここまでエルサの別荘にする」という謎の線が引かれている。 「そこでだ。お前の安全を確保するため、公爵家の騎士団とは別に、お前専属の『エルサ親衛隊』を結成することにした。隊員は全員、お前に忠誠を誓い、お前のために死ぬことを喜びとする精鋭のみだ」
「お父様、そんなの必要ありません。私にはシロたちもいますし……」 「ダメだ! シロ殿たちは神獣。人間側の嫌がらせを排除するには、人間の盾が必要だ!」 レナードが、エルサのために特注で作らせた「エルサの似顔絵入りのお守り(物理的な防御力は城壁並み)」を山積みにして持ってくる。 「これ、学園の全員に配るから。お前のことを悪く言う奴がいたら、これでお前の素晴らしさを叩き込んでやる」
「……レナード、それは布教というのでは?」 バルカスが横から口を出す。 「ふむ、私の研究では、エルサ様の魔力はもはや『呼吸』だけで周辺の土地を肥沃にし、人を不老長寿にする域に達している。いっそ、アデレイド公爵領を独立国家『エルサ帝国』として宣言すべきではないか?」
「お、おじい様まで……!」 エルサは頭を抱えた。前世、一千年の孤独の中で彼女が最も欲しかったのは「温かい家族」だった。確かに温かい。温かすぎて、もはや周囲が焦げ付いている。
ふと、エルサは窓の外を見た。庭ではシロ、ルビィ、アオの三匹の神獣が、公爵家の精鋭騎士たちを相手に「訓練(という名の虐殺に近い遊び)」を行っている。 家族が自分を守ろうとする。そして自分が、その家族を守るために魔法を極める。 その循環が少し歪んでいる気もしたが、エルサは「まあ、幸せならいいかしら」と、神獣たちの大好物である「魔力クッキー」を焼きにキッチンへと向かうのだった。
孤独な千年魔女の二度目の人生は、想像以上に騒がしく、そして優しさに満ち溢れていた。
「あら、可愛い……。あなたはどこから来たの?」 「きゅきゅっ!」 それは、遥か東の果ての聖海に住まうとされる神獣「リヴァイアサン」の幼体だった。なぜかエルサの放つ、宇宙の真理に近い魔力波動に惹かれ、大陸を横断してやってきたらしい。
「この子、水が足りていないみたい。シロ、私の魔力水を分けてあげて」 『……我が主は、本当に珍獣コレクターだな。シルフ、フェンリル、フェニックス、次は海竜か。この部屋がいずれ世界樹の森のようになるぞ』 文句を言いつつも、シロはエルサの差し出した桶を鼻先で支える。エルサが指先から「高濃度圧縮魔力」を溶かした水を注ぐと、リヴァイアサンの幼体――名前は「アオ」に決まった――は、感激したようにエルサの頬に擦り寄った。
翌朝、エルサの部屋は大変なことになっていた。 アオが喜びのあまり「浄化の雨」を部屋中に降らせた結果、エルサの着ていた古びた制服は、一晩で伝説の「水竜の鱗織」に進化し、部屋のカーペットは踏むたびに癒やしを与える「世界樹の苔」へと変貌していた。 そこへ朝食を届けに来たメイドが、あまりの清浄な空気と美しさに、部屋に入った瞬間に悟りを開いて気絶した。
「ピー! ピピィ!」 「きゅきゅっ!」 ルビィとアオがエルサの肩を取り合って喧嘩を始め、シロがそれを呆れたように見守る。 公爵令嬢の部屋は、もはやこの世で最も魔力の濃い、神々の楽園へと成り果てていた。
学園の休みの日、エルサは久しぶりに公爵邸へと帰宅した。 待っていたのは、父ヴィルフリート、兄シグルド、レナード、そしてなぜか学園を休んでついてきたバルカスという、重度の「エルサ過激派」たちによる緊急家族会議だった。
「いいか、エルサ。今回の教会の件で、お前の力は世界中の野心家に知れ渡った。これから、お前を政治利用しようとする羽虫が群がってくるだろう」 父ヴィルフリートが、テーブルに帝国の地図を広げた。そこには「ここからここまでエルサの別荘にする」という謎の線が引かれている。 「そこでだ。お前の安全を確保するため、公爵家の騎士団とは別に、お前専属の『エルサ親衛隊』を結成することにした。隊員は全員、お前に忠誠を誓い、お前のために死ぬことを喜びとする精鋭のみだ」
「お父様、そんなの必要ありません。私にはシロたちもいますし……」 「ダメだ! シロ殿たちは神獣。人間側の嫌がらせを排除するには、人間の盾が必要だ!」 レナードが、エルサのために特注で作らせた「エルサの似顔絵入りのお守り(物理的な防御力は城壁並み)」を山積みにして持ってくる。 「これ、学園の全員に配るから。お前のことを悪く言う奴がいたら、これでお前の素晴らしさを叩き込んでやる」
「……レナード、それは布教というのでは?」 バルカスが横から口を出す。 「ふむ、私の研究では、エルサ様の魔力はもはや『呼吸』だけで周辺の土地を肥沃にし、人を不老長寿にする域に達している。いっそ、アデレイド公爵領を独立国家『エルサ帝国』として宣言すべきではないか?」
「お、おじい様まで……!」 エルサは頭を抱えた。前世、一千年の孤独の中で彼女が最も欲しかったのは「温かい家族」だった。確かに温かい。温かすぎて、もはや周囲が焦げ付いている。
ふと、エルサは窓の外を見た。庭ではシロ、ルビィ、アオの三匹の神獣が、公爵家の精鋭騎士たちを相手に「訓練(という名の虐殺に近い遊び)」を行っている。 家族が自分を守ろうとする。そして自分が、その家族を守るために魔法を極める。 その循環が少し歪んでいる気もしたが、エルサは「まあ、幸せならいいかしら」と、神獣たちの大好物である「魔力クッキー」を焼きにキッチンへと向かうのだった。
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