公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

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王都で最も壮麗な建造物の一つ、ライゼ公爵邸。その奥まった書斎の革張りソファで、フィリア・ライゼ公爵夫人は、夫ルカの言葉を反芻していた。


「フィリア、君は自由に生きていい。公爵家の妻として、社交や政務に縛られる必要はない。君の望むように、心穏やかに過ごしてくれれば、それでいいんだ」


それは三日前の夜、激務で疲労困憊のルカが、フィリアの膝を枕にしながら、微睡みの中で呟いた言葉だった。ルカは王国の宰相を兼任する公爵であり、その多忙さは王都随一。結婚して五年、フィリアは公爵夫人として完璧な内助の功を尽くしてきたが、社交界への出席は最小限に留め、ほとんどの時間を公爵邸で過ごしていた。それは、フィリア自身が元々目立つことを好まない元子爵令嬢であったことに加え、ルカが彼女を外の煩わしさから徹底的に遠ざけていたためでもある。


フィリアは、ルカの言葉を文字通り受け取った。


『そうだ、私は自由なのだ。』


ルカが望む心穏やかな日々とは、彼が守り整えた公爵邸の中で、彼が定めた秩序の元で過ごすこと。それは決して不自由ではない。豪華で快適で、愛情に満ちていた。だが、フィリアが本当に求めていたのは、もっと自力で何かを成し遂げる自由だった。


元々、ルカのような傑出した才能を持つ夫に比べて、自分は公爵夫人の役目しか果たせないことに、フィリアは密かに引け目を感じていた。ルカは「君の存在自体が私の救いだ」と言ってくれるが、本当にそれだけで良いのだろうか。彼が誇れるような何かを、自分自身で得たい。


「自由に生きていい……」


フィリアは決心した。公爵邸の秩序の中で生きるのではなく、世界の中で自立して生きる自由を選ぼう。そして、もしルカがいつか困難に直面した時、ただ傍で励ますだけでなく、冒険者として得た力で、彼を助けられるようになりたい。それがフィリアの純粋で、少し飛躍しすぎた決意だった。


その日の夜、フィリアは公爵邸を出る準備を始めた。


手持ちの宝石や貴金属は一切持たない。公爵家の財産に頼るつもりはなかった。持っていくのは、着古した質素なワンピース数着、少額の貯蓄、そして、ルカの書斎で見つけた古い治癒魔法の入門書一冊だけ。


夜明け前、彼女は書き置きをルカの寝室の枕元に置いた。


ルカ様へ。


あなたの「自由に生きていい」という言葉を真に受けました。


私は公爵家での安穏な生活を卒業し、自由に生きてみたいと思います。


行き先は隣国の国境に近い、商業都市テオリアです。


冒険者になって、自分の力で世界を見てきます。


私の自由を尊重してくださり、本当にありがとうございます。


フィリアより


書き置きを置いて、フィリアは公爵邸の裏口から人知れず、馬車を借りて王都を後にした。彼女の顔には、初めての遠足に出かける子供のような、期待と緊張が入り混じった笑顔が浮かんでいた。


彼女が目指すテオリアは、王国の最西端に位置し、商業が盛んなだけでなく、多くの冒険者ギルドが軒を連ねる「冒険の入り口」として知られていた。