公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

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王都ライゼ公爵邸、翌日の朝。


公爵ルカは、いつものように秘書官を従え、朝食もそこそこに政務室へ向かおうとしていた。しかし、侍従が彼の寝室で青ざめた顔で待っていた。


「旦那様、大変でございます！」


「騒ぐな。何かあったのか」ルカは眉間に皺を寄せた。彼は朝から頭が冴え渡っており、昨夜の政務の続きを考えていた。


侍従は震える手で、枕元の書き置きをルカに差し出した。


ルカは目を通した瞬間、凍りついた。彼の理知的な瞳が大きく見開かれ、紙を握りしめる手が、書類を扱う公爵の手とは思えないほど震え始めた。


「……冒険者？」ルカの声は低く、地を這うようだった。隣にいた秘書官でさえ、背筋が凍るのを感じた。


「行、行き先は、テオリア……ですと」ルカは激しく息を吸い込んだ。「自由を享受するため……？」


ルカの中で、事態は最悪の解釈へと急速に傾斜した。


『フィリアは私に愛想を尽かしたのだ。彼女は公爵家の暮らし、そして私という人間との生活に飽き飽きし、離婚を決意した。だが、私を傷つけないよう、「自由」という言葉で婉曲に表現したに違いない。』


ルカはフィリアを溺愛していた。多忙な中でも、常に彼女の安全と快適さを最優先し、彼女が少しでも不快な思いをしないよう、すべての障害を排除してきた。その結果、フィリアは公爵邸から一歩も出ずに済む生活を送っていた。ルカはそれが最高の愛だと信じて疑わなかった。


しかし、その愛が、フィリアにとって檻でしかなかったと知ったルカは、深い絶望と、それを上回る激しい怒りに駆られた。


「私から逃げられると思うな！」


彼の執務室の窓ガラスが、ルカの放った魔力に反応して微かに震えた。


「テオリアだと？ 国境沿いの危険な街に、あの身体一つで乗り込むつもりか！ 私の愛から逃げて、死にに行くつもりか！」


ルカは秘書官に命じた。


「直ちに、私の私設情報部隊『影』の全戦力をテオリアに集結させろ。国政などどうでもいい。妻の捜索を最優先とする」


「しかし、旦那様、本日の外交案件が……」秘書官が恐る恐る口を挟む。


「国政など、私の妻が安穏と暮らしていることが前提だ！ 彼女が危険な冒険者になろうとしているのだぞ！ 私の人生にとって、フィリアこそが最重要政務だ！」


ルカの激昂は凄まじかった。彼はそのまま公爵服を脱ぎ捨て、最も動きやすい軽装に着替えた。


「私も行く。『影』では頼りにならん。私の手で、フィリアを連れ戻す。彼女は私のものだ！ 誰にも渡さん！」


王国宰相ルカ・ライゼ公爵は、政務を完全に放り出し、激しい執着と誤解にまみれた激情を露わにしながら、愛する妻を「回収」するための追跡を開始した。王国の心臓部が、公爵夫妻のすれ違い家出騒動により、一時的に麻痺することになった。