公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

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ルカが王都で激怒している頃、フィリアは隣国の国境にほど近い、活気あふれる商業都市テオリアに到着していた。


王都とは全く違う、雑多で自由な空気に、フィリアは胸の高鳴りを覚えた。彼女は王都で使っていた高級な馬車を乗り捨て、古着屋で目立たない薄茶のローブを購入した。


「よし、今日から私は自由な冒険者よ！」


彼女はルカに公爵夫人として与えられた名前「フィリア」ではなく、自分の新しいアイデンティティとして、母親が幼い頃に呼んでいた愛称をもじり、**「シエル」**と名乗ることにした。


テオリアの中央広場にある、巨大な石造りの建物。ここが冒険者ギルドだ。


フィリアは緊張しながら受付のカウンターへ向かった。窓口には、無精ひげを生やした強面の中年男性が座っていた。


「すみません、冒険者登録をお願いしたいのですが」フィリアは背筋を伸ばして言った。


男性はフィリアの見た目――貴族的な品の良さが抜けきらない立ち振る舞い、そしてその華奢な体躯――を見て、露骨に渋い顔をした。


「お嬢さん、ここは遊び場じゃない。冒険者は命がけだ。何の職業で、レベルはいくつかね？」


フィリアは治癒魔法の入門書を握りしめ、自信を持って答えた。


「職業は治癒士（ヒーラー）です。レベルは……、今日登録するので、もちろんレベル1です」


男性は額を押さえた。テオリアでは治癒士は不足していたが、レベル1で単身乗り込んでくる女性は稀だった。


「治癒魔法は使えるのか？ 治癒士は高レベルの魔法が必要だぞ」


「はい、入門書を一晩で全て読みました。実践経験はありませんが、魔力の回路は通っていると信じています」


フィリアの真面目すぎる回答に、男性はため息をついた。しかし、魔力の鑑定は真実を告げていた。彼女の魔力量は、生まれつき公爵家にも匹敵するほど膨大だった。ただし、その魔力が全く練られていない、未加工の状態だったが。


「魔力は合格だ。だが、くれぐれも無謀な真似はするな。登録名『シエル』、職業ヒーラー、レベル1。一番下のランク『F』からだ。まずは薬草採取からやれ」


こうして、元公爵夫人フィリア・ライゼは、冒険者シエルとして、新たな一歩を踏み出した。彼女の抱く「自由」とは、夫の愛という檻から抜け出し、自力で社会に貢献すること。その純粋すぎる熱意が、やがて王国の宰相を巻き込んだ大騒動へと発展していく。


ギルドの掲示板には、初心者向けの依頼が貼ってあった。


『依頼: 薬草「ホーリーリーフ」十枚の採取。報酬: 銅貨五枚。場所: テオリア郊外の森。』


フィリアは依頼書を手に取り、胸を躍らせた。


「私の最初の仕事だわ！」


彼女は自分の足で、自分の力で、初めてのお金を稼ぐという事実に、大きな達成感を感じていた。