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フィリアは、背負った布袋と一本の竹筒だけを持って、テオリア郊外の森へ向かった。
レベル1の治癒士である彼女には、戦闘に必要な武器や防具は一切ない。そもそも、治癒士は後方支援が役割であり、戦闘を想定していない。しかし、ルカの公爵邸で常に最高級の食事と管理された生活を送っていたフィリアにとって、森の中の悪路を歩くこと、足元の毒虫を避けることすら、一つの冒険だった。
「入門書によれば、ホーリーリーフは湿地の近くに生えるはず……」
フィリアは慎重に歩を進めた。慣れない森の環境と、太陽が差し込まない薄暗さに、少し不安を感じ始める。
数時間後。フィリアはついに、水気の多い場所に群生する目的の薬草を発見した。
「あったわ! これがホーリーリーフ……」
フィリアは喜び勇んで薬草を採取しようとしたが、その瞬間、草陰からゴブリンが一体、彼女の前に飛び出してきた。ゴブリンはフィリアの持つ竹筒(水を汲むためのもの)を武器だと勘違いしたのか、唸り声を上げて威嚇する。
フィリアはパニックに陥った。ルカが常に完璧に整備された環境しか許さなかったため、彼女はゴブリンどころか、野犬にさえ遭遇したことがなかった。
(どうしよう、治癒魔法は回復魔法だから、攻撃には使えないわ!)
フィリアはとっさに、入門書に載っていた一番簡単な治癒魔法を唱えた。
「清らかな光よ、我が手に集え――『ヒール・ミニマ』!」
フィリアの手から淡い光が放出されたが、それはゴブリンの方向ではなく、フィリア自身の手のひらに集中した。しかし、その時、フィリアの膨大な魔力と公爵夫人としての生活で養われた「浄化」の感覚が、無意識のうちに魔法に作用した。
放たれた光は、純粋な光の魔力そのもの。
ゴブリンは、治癒の光を浴びた瞬間、まるで熱湯をかけられたかのように**「キィィッ!」**と耳をつんざく悲鳴を上げ、皮膚から微かに煙を上げながら後退した。
ゴブリンは森の瘴気を帯びた魔物であり、純粋な光の魔力は、治癒ではなく浄化・攻撃として作用したのだ。
フィリアは驚いた。彼女がただのレベル1の治癒士では終わらない、**「浄化の治癒士」**としての特殊な才能を開花させた瞬間だった。ゴブリンは恐れをなして逃げ去り、フィリアは震える手で無事にホーリーリーフを採取し終えた。
その夜、テオリア。
ルカの私設情報部隊『影』の隊長が、ルカへ宛てた報告書を、伝令の魔法で王都へ送っていた。
公爵閣下へ
夫人の居場所を特定。商業都市テオリアの冒険者ギルドに登録。
登録名: シエル。職業: 治癒士。ランク: F(最低)。
本日、郊外にて薬草採取依頼を達成。ゴブリンとの遭遇あり。
ただし、夫人は無傷。ゴブリンは撃退。
安否を確認。直ちに帰還させますか?
王都でその報告書を受け取ったルカは、政務を徹夜で片付けたばかりで、その顔には深い隈ができていた。
「無傷だと? ゴブリンを撃退? 治癒士のフィリアが、レベル1でか!」
安堵よりも、ルカの独占欲と不安が再び爆発した。
「安否を確認しただと? 私は『連れ戻せ』と言ったはずだ! 下級魔物ごときに傷一つ負わないだと? フィリアに才能があるなど認めん! 彼女が危険な冒険者として自立するなど、断じて許容できない!」
ルカはすぐに返信を打った。
却下。貴様らは無能だ。
夫人を帰還させようとするな。貴様らの手で刺激され、逃げられるのがオチだ。
私がテオリアへ行く。
これ以上の報告は不要。妻の安全確保と、街中の情報収集に専念せよ。
ルカは、妻が安全に、そして楽しそうに冒険を始めているという事実に、自分の存在意義が失われる恐怖を感じていた。彼は国政を放り出し、自らテオリアへ向かうため、深夜にも関わらず馬車の手配を始めた。
フィリアの「自由な冒険」と、ルカの「溺愛に満ちた回収」の物語は、今まさに幕を開けたのだった。
レベル1の治癒士である彼女には、戦闘に必要な武器や防具は一切ない。そもそも、治癒士は後方支援が役割であり、戦闘を想定していない。しかし、ルカの公爵邸で常に最高級の食事と管理された生活を送っていたフィリアにとって、森の中の悪路を歩くこと、足元の毒虫を避けることすら、一つの冒険だった。
「入門書によれば、ホーリーリーフは湿地の近くに生えるはず……」
フィリアは慎重に歩を進めた。慣れない森の環境と、太陽が差し込まない薄暗さに、少し不安を感じ始める。
数時間後。フィリアはついに、水気の多い場所に群生する目的の薬草を発見した。
「あったわ! これがホーリーリーフ……」
フィリアは喜び勇んで薬草を採取しようとしたが、その瞬間、草陰からゴブリンが一体、彼女の前に飛び出してきた。ゴブリンはフィリアの持つ竹筒(水を汲むためのもの)を武器だと勘違いしたのか、唸り声を上げて威嚇する。
フィリアはパニックに陥った。ルカが常に完璧に整備された環境しか許さなかったため、彼女はゴブリンどころか、野犬にさえ遭遇したことがなかった。
(どうしよう、治癒魔法は回復魔法だから、攻撃には使えないわ!)
フィリアはとっさに、入門書に載っていた一番簡単な治癒魔法を唱えた。
「清らかな光よ、我が手に集え――『ヒール・ミニマ』!」
フィリアの手から淡い光が放出されたが、それはゴブリンの方向ではなく、フィリア自身の手のひらに集中した。しかし、その時、フィリアの膨大な魔力と公爵夫人としての生活で養われた「浄化」の感覚が、無意識のうちに魔法に作用した。
放たれた光は、純粋な光の魔力そのもの。
ゴブリンは、治癒の光を浴びた瞬間、まるで熱湯をかけられたかのように**「キィィッ!」**と耳をつんざく悲鳴を上げ、皮膚から微かに煙を上げながら後退した。
ゴブリンは森の瘴気を帯びた魔物であり、純粋な光の魔力は、治癒ではなく浄化・攻撃として作用したのだ。
フィリアは驚いた。彼女がただのレベル1の治癒士では終わらない、**「浄化の治癒士」**としての特殊な才能を開花させた瞬間だった。ゴブリンは恐れをなして逃げ去り、フィリアは震える手で無事にホーリーリーフを採取し終えた。
その夜、テオリア。
ルカの私設情報部隊『影』の隊長が、ルカへ宛てた報告書を、伝令の魔法で王都へ送っていた。
公爵閣下へ
夫人の居場所を特定。商業都市テオリアの冒険者ギルドに登録。
登録名: シエル。職業: 治癒士。ランク: F(最低)。
本日、郊外にて薬草採取依頼を達成。ゴブリンとの遭遇あり。
ただし、夫人は無傷。ゴブリンは撃退。
安否を確認。直ちに帰還させますか?
王都でその報告書を受け取ったルカは、政務を徹夜で片付けたばかりで、その顔には深い隈ができていた。
「無傷だと? ゴブリンを撃退? 治癒士のフィリアが、レベル1でか!」
安堵よりも、ルカの独占欲と不安が再び爆発した。
「安否を確認しただと? 私は『連れ戻せ』と言ったはずだ! 下級魔物ごときに傷一つ負わないだと? フィリアに才能があるなど認めん! 彼女が危険な冒険者として自立するなど、断じて許容できない!」
ルカはすぐに返信を打った。
却下。貴様らは無能だ。
夫人を帰還させようとするな。貴様らの手で刺激され、逃げられるのがオチだ。
私がテオリアへ行く。
これ以上の報告は不要。妻の安全確保と、街中の情報収集に専念せよ。
ルカは、妻が安全に、そして楽しそうに冒険を始めているという事実に、自分の存在意義が失われる恐怖を感じていた。彼は国政を放り出し、自らテオリアへ向かうため、深夜にも関わらず馬車の手配を始めた。
フィリアの「自由な冒険」と、ルカの「溺愛に満ちた回収」の物語は、今まさに幕を開けたのだった。
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