公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

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ダンジョンの探索は順調に進んだ。フィリアは、ルカの過剰なサポートに文句を言いながらも、彼が傍にいることで、以前よりも遥かにリラックスして治癒魔法を使えるようになっていた。


しかし、ルカの**「治癒士クロ」**としての行動は、フィリアの活躍の場を徐々に奪い始めていた。


ダンジョンの深い階層で、彼らは中型の魔物、オーガと遭遇した。オーガは体躯が大きく、バルカスたちだけでは苦戦が予想される。


「シエル！ オーガに攻撃が当たってしまったら、すぐに治癒を！」バルカスが叫ぶ。


その時、ルカ（クロ）が一歩前に出た。


「待て。フィリア、君の治癒の魔力は、この場で消耗すべきではない」ルカは低い声で言った。


フィリアが怪訝な顔をする。「ですが、オーガの攻撃を受けたら……」


ルカは、フィリアの治癒魔法を温存するため、自ら戦闘に参加することを決めた。


「心配ない。私の『治癒魔法』で事足りる」


ルカはそう言って、杖をオーガに向けた。そして、無詠唱で魔法を放った。


「清らかな光よ、集え――『ヒール・グランド』」


ルカが唱えたのは、最高位の治癒魔法。だが、彼の真の魔力は、治癒の枠を超えていた。ルカの杖から放たれたのは、治癒の光ではなく、高密度の光のエネルギー。それは、周囲の環境、すなわちオーガの肉体を構成する魔力そのものを、**強制的に「治癒」（＝分解・浄化）**する力だった。


治癒光を浴びたオーガは、悲鳴を上げる間もなく、その巨体を支えていた魔力構造が崩壊し、一瞬で砂のように崩れ去った。


バルカスたちは、その光景に言葉を失った。


「な、なんだ今の治癒魔法は……？ オーガが、治癒されて消滅した……！？」


フィリアも驚愕した。


「旦那様！ 今のは治癒魔法ではありません！ 完全に攻撃魔法でした！」


ルカは冷静に杖を下げた。「何を言っているんだ、フィリア。私の治癒は、傷だけでなく、存在そのものに癒しを与える。オーガの存在が、このダンジョンに不必要な傷だったというだけのことだ」


ルカは、自分の超強力な攻撃魔法を、**「特殊な治癒魔法」**だと強弁し、フィリアの目の前で、次々と魔物を一掃していった。彼は、フィリアに危険が迫る前に、全ての敵を殲滅し、彼女の出番を完全に奪っていた。


フィリアは、自分の治癒士としての役割が完全に失われていることに気づき、不満を募らせた。


「クロさん、ずるいです！ 私は、自分の力で皆さんの役に立ちたいのに、あなたが全てやってしまうじゃないですか！」


ルカは冷たく答えた。「君の能力は、本当に必要とされる緊急時にこそ使うべきだ。このような下級魔物で消耗する必要はない」


それは、フィリアを「守る」というルカの溺愛が、フィリアの成長を妨害している瞬間だった。


ダンジョン探索は、ルカの「治癒魔法」（実質的な殲滅魔法）のおかげで、驚異的な速さでクリアされた。


ギルドに戻った「疾風の爪」は、その依頼達成速度により、あっという間にEランクへの昇格を果たした。しかし、フィリアはちっとも嬉しくなかった。


彼女の昇格は、夫の異常なまでの保護と圧倒的な力によるもので、彼女自身の努力の結果ではないからだ。


ルカは満足げだった。「見たか、フィリア。私の『治癒』があれば、君は安全に、そして確実に昇格できる。これで、君が危険な目に遭う確率は、大幅に下がった」


フィリアはルカの顔をじっと見つめた。


「旦那様は、本当に私のことを考えてくれていますか？ それとも、ただ自分の独占欲を満たしたいだけなのですか？」


フィリアの問いかけは、ルカの心に深く突き刺さった。ルカは、言葉を失った。