公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

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フィリアの鋭い指摘は、ルカの心を乱した。彼はテオリアの隠れ家に戻ると、夜通しで自問自答を繰り返した。


（私はフィリアの成長を願っているのか？ それとも、ただ私の傍に、安全に、脆弱なままでいてほしいだけなのか？）


ルカの答えは、常に後者だった。公爵としての責任、王国の重圧から、ルカはフィリアの存在に唯一の安らぎを求めていた。彼女が自立し、力を持ち、ルカの傍を離れていってしまうことを、ルカは心の底から恐れていたのだ。


翌朝。ギルドで依頼の相談をしていたフィリアに、ルカ（クロ）が近づいてきた。彼は、昨夜の自問自答で疲弊しきった顔をしていた。


「フィリア、昨日は悪かった。君の活躍の場を奪ったことは、反省している。だが、君の才能は……」ルカは、フィリアの才能が開花し、自分から離れる可能性を、どうしても口に出すことができなかった。


フィリアは、ルカの顔の隈を見て、彼がどれほど自分を追いかけて疲れているのかを悟った。


「旦那様」フィリアは穏やかに言った。「教えてください。あなたは公爵として、王国にとって、なくてはならない人です。なぜ、そんなに忙しいあなたが、国政を放り出してまで、私の元にいるのですか？」


ルカは言葉に詰まった。本当の理由——君に離婚されたくない、君の傍を離れるのが怖い——は、あまりにも情けなくて言えなかった。


「それは、君が……私の妻だからだ」


フィリアはルカの答えに満足しなかった。彼女は、目を閉じ、そして、ついに自分自身の心の内を、ルカに打ち明けた。


「旦那様、私が冒険者になった本当の理由を話します」


フィリアは、五年間公爵夫人としてルカの傍にいたが、常に感じていた無力感を語り始めた。


「あなたはいつも、私の手から遠い場所で、一人で戦っていました。政敵や、公爵家の重圧、そして極度の過労と。私があなたにできることは、ただお茶を入れること、そして静かに待つことだけでした。でも、私は、もっとあなたの戦いの力になりたかった」


フィリアは目を開け、ルカの瞳をまっすぐに見つめた。


「公爵夫人の務めは、社交や内助の功だと言われます。でも、私は、もしあなたが倒れた時、私の治癒魔法で、あなたの傷を癒し、あなたを助けたかった。公爵夫人としてではなく、対等な力を持った、一人の人間として、あなたを守りたかったのです」


「自由に生きていい」というルカの言葉は、フィリアにとって、公爵夫人の役割から解放され、夫を助ける力を得る自由を意味していたのだ。


フィリアの**純粋で、ひたむきな「愛」**に基づく本音を聞いたルカは、大きな衝撃を受けた。


『フィリアは、私から逃げたのではない。私を助けるために、自ら危険に飛び込んだというのか……！』


ルカは、自分の溺愛と束縛が、フィリアの愛と献身の行為を、**「離婚」**という最悪の形で誤解していたことに気づき、激しく後悔した。


ルカは、フィリアの手を強く握りしめた。彼の心に渦巻いていた、嫉妬と独占欲、そして自己嫌悪が、一瞬にして消え去った。


「フィリア……そうだったのか。私は……私の愛が、君の真意を捻じ曲げていた。君に、そんな辛い思いをさせていたなんて……」


ルカは、フィリアの成長を妨害するのではなく、彼女の夢を全力で支援することこそが、真の愛であると悟った。


しかし、長年の習慣は簡単には治らない。ルカの過保護な本質は、そう簡単には消えないのだ。


「わかった、フィリア。君の決意を尊重する。私も、君がEランクになるまでと言わず、君が満足するまで、ずっと冒険者クロとして君の傍にいよう。だが、一つだけ約束してほしい」


「なんでしょうか？」


「私の傍を離れるな。君の夢を、私たち夫婦で一緒に追いかけよう。君の治癒と私の魔法が揃えば、どんな難関も突破できる」


フィリアは、ルカの言葉に微笑んだ。ルカの過保護は健在だが、彼の言葉には、以前のような「連れ戻し」の強引さは消え、**「協力」**の意思が生まれていた。


「はい、旦那様。約束します。私の治癒魔法で、あなたの戦いをサポートさせてください」


ここに、ルカ公爵とフィリア公爵夫人の、すれ違い溺愛追跡劇は、二人三脚の夫婦冒険へと形を変えることになった。


その日の午後、フィリアとルカは、バルカスたちの前で、改めて「夫婦」であることを隠しつつ、「最強治癒士コンビ」として活動を続けることを宣言した。


バルカスたちは、公爵夫妻の協力体制に安堵しつつも、ルカ（クロ）の規格外な魔法の力に、戦々恐々とするのだった。