公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人

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ルカが離脱した(とフィリアは思っている)後、フィリアは「疾風の爪」のメンバーたちと、再び冒険を始めた。バルカスたちは、公爵からの資金援助と、命懸けの護衛義務を背負っているため、以前よりも遥かに真剣に、フィリアをサポートし始めた。


フィリアは、ルカの強力な魔法に頼る必要がなくなり、自分の治癒魔法を駆使する機会が増えた。少しずつだが、彼女の治癒魔法の技術は向上し、魔力操作も洗練され始めていた。


そんなある日、フィリアはギルドの掲示板で、通常とは違う依頼を見つけた。


『依頼: 街の貧困地区にある孤児院の修理と物資提供。報酬: 僅かな銅貨。』


これは、冒険者として金銭的な利益は少ないが、フィリアがテオリアに来た目的の一つ、社会貢献に直結する依頼だった。


フィリアはすぐにこの依頼を受注した。


「バルカス、次の依頼はこれにしましょう!」


バルカスは依頼内容を見て眉をひそめた。「シエル、これは金にならないぞ。修繕作業なんて、俺たちの仕事じゃない」


「お金にならなくてもいいのです。私は、この街で自分の力で何かを成し遂げたい。この依頼は、公爵夫人フィリアではなく、冒険者シエルとして、私が最もやりたかったことです」


フィリアの強い意志に、バルカスたちはルカ公爵からの厳命を思い出し、反論できなかった。「わかった。我々も手伝おう」


フィリアたちは、その日の午後から、貧困地区にある古びた孤児院へ向かった。


孤児院は老朽化が進んでおり、食事も十分ではないようだった。フィリアは、早速、自分の治癒魔法で怪我をしている子供たちの手当をし、修繕作業を手伝い始めた。彼女の優しさと、屈託のない笑顔は、すぐに孤児院の子供たちに慕われた。


「シエルお姉ちゃん、ありがとう! 痛くなくなったよ!」


フィリアは、公爵邸で得られなかった純粋な感謝を受け取り、心から満たされていた。自分の治癒魔法が、冒険者としてだけでなく、人々の生活にも役立っていると実感したのだ。


一方、ルカ(黒い旅人)は、孤児院から少し離れた酒場の二階で、監視用の魔道具を使ってフィリアの活動を全て見ていた。


(孤児院の支援……。やはり、フィリアは自分の優しさを、社会に還元することを望んでいたのか)


ルカは、フィリアが子供たちに囲まれて輝いている姿を見て、胸が締め付けられる思いだった。彼女が自分から離れて、他人に優しさを与えていることに嫉妬する一方で、彼女の優しさという才能が、公爵邸という狭い場所ではなく、世界で花開いていることに、喜びを感じていた。


しかし、ルカの過保護な本能は、すぐに頭をもたげた。


(孤児院の環境が劣悪すぎる。フィリアの身体に悪い。何よりも、彼女の資金だけでは、この孤児院を完全に支援することはできないだろう)


ルカはすぐに、「影」の部隊長に密命を下した。


「テオリアにある全ての孤児院に、匿名で、公爵家の資金を投入しろ。食料、衣料、修繕費、全てだ。特にフィリアがいる孤児院は、明日中に最新の暖房設備と、栄養士を派遣できるように手配しろ」


ルカは、フィリアの善意を尊重しつつも、その善意が完璧に達成されるよう、公爵の莫大な権力と富を、影から惜しみなく注ぎ込んだ。


フィリアが孤児院での仕事を終え、公爵家の支援による豪華な物資が孤児院に届けられた時、フィリアは驚愕した。


「え!? こんな最新の暖房器具まで! 誰が寄付してくれたんですか?」


孤児院の院長は困惑した顔で答えた。「それが……『黒い旅人』と名乗る、匿名の方からです。貴族の方のようですが……」


フィリアは、すぐにその「黒い旅人」の正体に思い当たった。公爵夫人を溺愛する、黒いローブの夫だ。


フィリアは思わず笑ってしまった。


(旦那様は、私が離脱したパーティーの護衛を最強にし、私が助けたいと思った孤児院を、影から完璧に支援している……)


ルカの過保護な溺愛は、フィリアの目標達成を間接的に助け、フィリアを公爵邸に連れ戻すための**「安全な世界」**を着々と作り上げていた。フィリアは、ルカのその執着に、呆れつつも、やはり深い愛情を感じていた。


「仕方ないわね、旦那様。今度は、正面からあなたに感謝を伝えに行きますよ」


フィリアは、ルカが潜伏している酒場へと、足取りも軽く向かうのだった。
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