異世界猫とその功罪についての仮説

中核派太郎

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ガラス天井の回廊

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 ある雨の日、私は店を開けず雨避けの皮頭巾を被って街へ出かけた。普段私は店に置く品物を取りに行く以外は客の来ない街外れの雑貨屋で引き篭もるように一日を浪費するのだが、流石に食糧や必要なものを買いに行く時は出かけなければならない。そういう時、いつも私は通りを避けるようにパンやチーズといった食べ物を売っているギャルリ・モントセーヌへ向かう。
 ギャルリというのは色々な店の集まる大きな通りのことで、近くを通るモントセーヌという河の名前を取ってギャルリ・モントセーヌというそのままの意味だ。他にも五年前に造られた新しいギャルリもあるが、そちらは新しいという意味のヌーヴォから今はギャルリ・ド・ヌーヴォと呼ばれている。因みに新しいギャルリができるずっと前の旧ギャルリはギャルリ・ド・ゴールという名前があったらしい。
 旧ギャルリへ続く公園広場。いつもは私と同い歳くらいの女の子たちが流行りの映画や社交会の話題で盛り上がるカフェテラスやパントマイムや楽器演奏を披露するアマチュアの大道芸たちで賑わう通りで、見窄みすぼらしく惨めな自分を映す鏡のようで遠回りして避けてるようにしていたが、悪天候の為に人通りは少ない。安物の皮でできた雨頭巾は上手く避けず染み込んできた雨露で私の前髪を重く垂らすが、私の足取りはいつもよりも軽かった。
 ギャルリ内に入ると天井はガラス張りのアーケードになっていて外よりも多少人通りが目立つようになる。私は濡れて重たくなった足でパン屋へ向かいバケットを手早く二本買うとチーズ屋へ向かう。店主のマリウスにチーズを切り取ってもらい六マッカを渡そうとすると五マッカでいいと返される。

「近頃は酷いもんだ。工場の量産品が出回った所為でまた安くなった。」

 マリウスは昔からの馴染みだった。祖父の代から続くチーズ屋で、当然お姉ちゃんのことも私のことも幼い頃から知っている。外出を殆どしなくなった私の数少ない知人の一人である。

「問題は職人たちさ。俺の友達も工房を畳んじまった。昔ながらのやり方じゃ量産品には勝てねえ。
それにこう安くなる一方だと、客もわざわざ値の上がらない物を買おうとしなくなっちまう。」

「私には関係ないわ。」

「そんなことはない。お前もフランの店を守りたいなら気をつけな。あまり大きな声で言えないが"賢者たち"が来てから失業者が多くなってる。近頃は食いっぱぐれた奴らが賞金稼ぎなんて柄の悪そうな仕事をしてやがる。政府に追放された犯罪者を捕まえて奴隷にするらしいぜ。」

 私はまたマリウスの長話が始まったと思った。恐らく彼なりの私への気遣いなのだろうが、何処かで私が止めなければ、5歳になる末の娘の話とか男を紹介してやろうかとか余計なことを言いかねないのだ。
 私はマリウスに「また来る。」とだけ言って逃げるように旧ギャルリをあとにした。

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花雨
2021.08.12 花雨

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