海怪

五十鈴りく

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海怪

海怪 ―はじめに―

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 唐突ですが皆様、お江戸の動物と聞くと何を思い浮かべますでしょうか?

 まずは生類憐みの令、犬公方――犬でしょうか。
 ペットとしてよく飼われていたのが猫ですね。猫の蚤取り業者もいたくらいですから。

 なんですけどね、これがまた、江戸時代と侮ることなかれ。割と色々な動物がいたのですよ。
 享保十三年(1728年)には広南ベトナムより子象が長崎へ到着して、翌年には江戸までやってきたり。
 え? もちろん歩いてですよ。あんな重たいの運べないですからね。ぶっとい足でのっしのしです。
 
 そして、文政四年(1821年)にはヒトコブ駱駝ラクダが渡来し、人々はそのもの珍しさに熱狂しました。首は鶴、背は亀のようでめでたいと大喜び。食っちゃ寝してるばかりの駱駝を高い見物料を払い、こぞって見世物小屋に押しかけたそうです。
 今も昔も珍しい動物を見に押し寄せる群集心理は同じですね。

 動物は見ていて癒されますが、動物園の動物を見ているとふと感じることもありますよね。
 こんなふうに見せ物にされて、動物たちは何を思っているんだろう、と。

 さて、この物語に登場しますのは、『海怪』――つまり、海のばけものと呼ばれた海獣です。
 この時代、まだ庶民にはその名すら知られていなかった『海のばけもの』。

 天保四年(1833年)尾張熱田、天保九年(1838年)江ノ島沖、各地で目撃情報があり、捕らえられて見せ物になると、その愛くるしさから一躍人気者に。
 
 海怪がお江戸にやってきた天保九年のこと。
 これはお江戸にて、そんな『海のばけもの』に深く関わるハメになった少年のお話。
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