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4◆美猫のサンゴ
◆2
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サンゴは、やっと目が見えて歩けるようになった頃、母猫とはぐれてしまったのだそうだ。
兄弟が多くて、母猫は一匹ずつ咥えて運ぶのにくたくたになって、最後の一匹だったサンゴのことをすっかり忘れてしまったんだろうって。
もしかすると、あとになって子猫が一匹足りないことに気づいて、母猫は一生懸命探してくれたのかもしれない。
でも、母猫とはそれ以来会う機会はなかったのだそうだ。
母猫がサンゴたちを産んだのは、人間の家の下だったって。ただ、人間はたまにしか来なかった。誰も住んではいない様子だったから、ここなら安全だと思ったみたいだ。
で、子供たちがある程度大きくなったから、母猫は場所を移そうとしたんだって。それなのに、サンゴのことだけ忘れていってしまったから、サンゴは自力でその暗い場所から抜け出したそうだ。
みゅぅみゅぅ。
お母さん、どこ? お腹空いたよ。
声をからして鳴いたけれど、母猫には届かなかった。
サンゴはウロウロと歩き回った。目はようやく見え始めたところだったから、ぼんやりとしていて、どこにどう進めばいいのかわからなかった。それでも、じっとしていても母猫が戻ってきてくれるかわからないから、サンゴの方から探したんだそうだ。
風の匂いを頼りに歩いたって。
今ならどうってこともない道のりが、あの時はとてもとても遠く感じられたそうだ。
みゅぅみゅぅ。
お母さん……疲れたよう。
途中でへたり込んでしまった。どれくらいウロウロしていたかというと、明るかった空が暗くなり始めたくらいだったって。
その時、へたり込んだサンゴを優しく抱き上げた手があった。サンゴはこの時、初めて人間と触れ合ったんだそうだ。
「道のど真ん中にいたら踏まれちゃうよ? あなた、どこの子?」
柔らかな声だった。
猫と違って毛のないツルツルの手。サンゴを顔の正面に持ってきたのは、茶色の長い髪の毛をした人間の女だった。
母猫が口を酸っぱくして、人間は怖いんだよ、決して見つかっちゃいけないからねって言っていた。人間は怖いんだから、逃げなくちゃと思いながらも、疲れと空腹でいろんなことがどうでもよくなってしまったそうだ。
サンゴはその手の中でぐったりいていた。
すると、その人間の女――彼女の名前は『ハルナ』だって? うん、そのハルナさんはサンゴを連れてその近辺の家を訪ねて回ったらしい。
「この子、近くの道にいたんですけど、どこの子か知りませんか?」
「さあねぇ。うちじゃあないけど」
そんなやり取りを何度か繰り返す。
サンゴは野良猫の子供だ。人間がそれを知っているはずがない。ハルナさんは誰からも知らないと言われたサンゴを抱き、うぅん、と唸った。
「ええと、これは迷子ね。リアルに迷子の子猫ちゃんね」
そのまま立って考えていたハルナさんは、ひとつ息をついた。
「とりあえず、うちに帰ろ。あなたのことは明日考えるわ」
そんなことをつぶやいて、サンゴを抱いたまま歩いていったそうだ。
それが、サンゴとハルナさんの出会いだったって。
ハルナさんは、独りで暮らしていた。何やら仕事なるところに行って、日中はほとんど家にいなかったらしい。
――そうか。社会人なんだね。
その日、ハルナは家に着くなりサンゴを、タオルを敷いた深いカゴに入れた。
「あなたのご飯、急いで買ってくるから、ちょっとだけ待ってて!」
みゅぅ。
買ってくるってなんだろう?
サンゴは疲れていたので、その柔らかい寝床でさらにウトウトしていたそうだ。
すると、ハルナさんは本当に急いで戻ってきてくれたらしい。ガサガサと何かを取り出し、それを小皿に入れて持ってきた。
それからサンゴをカゴから出す。
「はい、ミルク!」
みるく。何それ。
この時は知らないことだらけだった。でも、フンフンと匂いを嗅いでみたら飲んでみたくなって、ぺろりと舐めた。そう悪くない味がした。
怖い人間のくせに、怖くない。
ハルナさんはサンゴがミルクを舐めたら、何故か嬉しそうだった。
「普通の牛乳だと合わないかもしれないから、ペットショップで猫用のヤツ買ってきたの」
――うんうん、なんて気の利く女性だろうか。人間でもそうだけど、お腹壊す猫もいるしね。
そこに気づくってことは、猫を飼っていたことがあるのかもしれないね。
え? ジッカってところで飼ってたことがあるって? やっぱり。
ハルナさんはピチャピチャと音を立ててミルクを舐めているサンゴを見守りながら、柔らかく言った。
「あなたは迷子だから、この先のことを考えてあげなくちゃね。いい人が飼ってくれるといいんだけど」
飼うって、人間の家の子になれってことでしょ? 嫌よ。
みゅぅ、と鳴いて伝えたけれど、ハルナさんにはよく伝わらない。よしよし、と頭を撫でられた。
その手を振り払ってやろうとしたけど、ハルナさんの手はとっても気持ちよくて、母猫に毛づくろいをしてもらっているような気分になって、その日、そのままサンゴは寝ちゃったそうだ。
兄弟が多くて、母猫は一匹ずつ咥えて運ぶのにくたくたになって、最後の一匹だったサンゴのことをすっかり忘れてしまったんだろうって。
もしかすると、あとになって子猫が一匹足りないことに気づいて、母猫は一生懸命探してくれたのかもしれない。
でも、母猫とはそれ以来会う機会はなかったのだそうだ。
母猫がサンゴたちを産んだのは、人間の家の下だったって。ただ、人間はたまにしか来なかった。誰も住んではいない様子だったから、ここなら安全だと思ったみたいだ。
で、子供たちがある程度大きくなったから、母猫は場所を移そうとしたんだって。それなのに、サンゴのことだけ忘れていってしまったから、サンゴは自力でその暗い場所から抜け出したそうだ。
みゅぅみゅぅ。
お母さん、どこ? お腹空いたよ。
声をからして鳴いたけれど、母猫には届かなかった。
サンゴはウロウロと歩き回った。目はようやく見え始めたところだったから、ぼんやりとしていて、どこにどう進めばいいのかわからなかった。それでも、じっとしていても母猫が戻ってきてくれるかわからないから、サンゴの方から探したんだそうだ。
風の匂いを頼りに歩いたって。
今ならどうってこともない道のりが、あの時はとてもとても遠く感じられたそうだ。
みゅぅみゅぅ。
お母さん……疲れたよう。
途中でへたり込んでしまった。どれくらいウロウロしていたかというと、明るかった空が暗くなり始めたくらいだったって。
その時、へたり込んだサンゴを優しく抱き上げた手があった。サンゴはこの時、初めて人間と触れ合ったんだそうだ。
「道のど真ん中にいたら踏まれちゃうよ? あなた、どこの子?」
柔らかな声だった。
猫と違って毛のないツルツルの手。サンゴを顔の正面に持ってきたのは、茶色の長い髪の毛をした人間の女だった。
母猫が口を酸っぱくして、人間は怖いんだよ、決して見つかっちゃいけないからねって言っていた。人間は怖いんだから、逃げなくちゃと思いながらも、疲れと空腹でいろんなことがどうでもよくなってしまったそうだ。
サンゴはその手の中でぐったりいていた。
すると、その人間の女――彼女の名前は『ハルナ』だって? うん、そのハルナさんはサンゴを連れてその近辺の家を訪ねて回ったらしい。
「この子、近くの道にいたんですけど、どこの子か知りませんか?」
「さあねぇ。うちじゃあないけど」
そんなやり取りを何度か繰り返す。
サンゴは野良猫の子供だ。人間がそれを知っているはずがない。ハルナさんは誰からも知らないと言われたサンゴを抱き、うぅん、と唸った。
「ええと、これは迷子ね。リアルに迷子の子猫ちゃんね」
そのまま立って考えていたハルナさんは、ひとつ息をついた。
「とりあえず、うちに帰ろ。あなたのことは明日考えるわ」
そんなことをつぶやいて、サンゴを抱いたまま歩いていったそうだ。
それが、サンゴとハルナさんの出会いだったって。
ハルナさんは、独りで暮らしていた。何やら仕事なるところに行って、日中はほとんど家にいなかったらしい。
――そうか。社会人なんだね。
その日、ハルナは家に着くなりサンゴを、タオルを敷いた深いカゴに入れた。
「あなたのご飯、急いで買ってくるから、ちょっとだけ待ってて!」
みゅぅ。
買ってくるってなんだろう?
サンゴは疲れていたので、その柔らかい寝床でさらにウトウトしていたそうだ。
すると、ハルナさんは本当に急いで戻ってきてくれたらしい。ガサガサと何かを取り出し、それを小皿に入れて持ってきた。
それからサンゴをカゴから出す。
「はい、ミルク!」
みるく。何それ。
この時は知らないことだらけだった。でも、フンフンと匂いを嗅いでみたら飲んでみたくなって、ぺろりと舐めた。そう悪くない味がした。
怖い人間のくせに、怖くない。
ハルナさんはサンゴがミルクを舐めたら、何故か嬉しそうだった。
「普通の牛乳だと合わないかもしれないから、ペットショップで猫用のヤツ買ってきたの」
――うんうん、なんて気の利く女性だろうか。人間でもそうだけど、お腹壊す猫もいるしね。
そこに気づくってことは、猫を飼っていたことがあるのかもしれないね。
え? ジッカってところで飼ってたことがあるって? やっぱり。
ハルナさんはピチャピチャと音を立ててミルクを舐めているサンゴを見守りながら、柔らかく言った。
「あなたは迷子だから、この先のことを考えてあげなくちゃね。いい人が飼ってくれるといいんだけど」
飼うって、人間の家の子になれってことでしょ? 嫌よ。
みゅぅ、と鳴いて伝えたけれど、ハルナさんにはよく伝わらない。よしよし、と頭を撫でられた。
その手を振り払ってやろうとしたけど、ハルナさんの手はとっても気持ちよくて、母猫に毛づくろいをしてもらっているような気分になって、その日、そのままサンゴは寝ちゃったそうだ。
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