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6◆さすらいのマサオ
◆4
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お腹もいっぱいになったことだから、今度は寝床を探さないと。
マサオはそう思って、くつろげそうな場所を探したんだそうだ。野良猫は珍しいと言われたように、本当にあんまり出くわさなかった。だからその辺の人間の手の届かない狭いところや高いところを選べばなんの問題もなく眠れた。
で、次の日もまたあのサラダチキンをくれた男のところに行ってみた。扉の前でじっとすることしばし。ふあぁ、とあくびをしながら待った。
ここはいつも美味しそうな匂いがするから、長くいても嫌にならなかった。どれくらいかして、また扉が開く。男はやっぱり口に白い棒を咥えていた。あれは一体なんなのだろう。咥えているだけで食べる気配はない。
――それ、煙草っていうんだよ。先に火をつけて煙を吸うんだ。その人、煙草休憩に外へ出るとマサオに遭遇してたんだろうね。
煙で腹は膨れない。それなら煙は好きなだけ吸ってくれていいから、サラダチキンはオレが食べて丁度よかったって?
――マサオ、君ってちゃっかりしてるというか、結構いい性格してるよね。
「うおっ! また味をしめて来やがったな!」
白い服の男はそんなことを言って騒ぐ。クソッと小さく毒づくと中に消えた。
そうして、また両手が塞がっていて、足で扉を開けて出てくる。
「今日でおしまいだからな! 明日は来んなよ!」
ひとつは牛乳。もうひとつのパックは――猫まんまだった。
これは知っている。昔食べたことがある。米に鰹節がたっぷりと混ざったものだ。確か美味しいものだった気がする。でも、目新しさには欠けた。なんだ、猫まんまか。サラダチキンの感動を越えることはないかなぁって思ったそうだ。
――この贅沢者。
でも、マサオはその猫まんまを侮っていた自分をすぐに恥じることになったそうだ。これがまた、びっくりするくらい美味しかったらしい。
鰹節は香り高く、ほんのりと利いた塩味が後を引く。白っぽい小魚が混ぜられていて、申し訳ないけれど、以前食べた猫まんまとは雲泥の差だった。
ガツガツガツガツ。
言葉をなくしてガッつくマサオに、男はまたしゃがみ込んでから誇らしげに言った。
「俺は一流の料理人だからな。猫まんまひとつ取ってみても手抜きはしねぇのさ。高級たまり醤油で味を調え、釜揚げシラスをアクセントに混ぜ込んである。鰹節だっていいの使ってるからな。美味ぇだろ?」
にゃあ!
最高! マサオは男に賛辞を送った。
で、また足元に体を擦りつけて礼を言って帰った。
次の日。
「いや、だから、もう来るなって言ってんだろ?」
そんなことを言いながら、男はマサオの前に牛乳ともうひとつのパックを置いた。
来るなって言っているわりには準備がやたらと速かった。どう考えても用意してあったって?
にゃあ。
悪いなって口先だけで言っておいた。用意してくれた以上、食べるのが礼儀だろう。
今日は何かな。
「……カルパッチョにすんのに切り落とした端っこだ。ほんとは俺の賄いにするつもりだったんだぜ? なあ、おい、聞いてんのかよ」
なんて苦笑しながら言われた。
聞いてる、聞いてる。
でも、赤や白の魚はなかなか美味かった。魚なんて食べ飽きるくらい食べたはずだけど、この魚は珍しかった。変わった身の色をしている。綺麗なオレンジ色だ。
にゃ~。
今日も美味かった。ありがとな!
マサオが礼を言うと、男の骨ばった手がマサオの頭を撫でた。ぎこちない動きだ。
「まったくよぅ。飲食店に猫は駄目なんだぞ。わかってやがるのか、コラ」
乱暴な口を利くくせに、目元にクシャッと皺を寄せて笑う。
オヤッサンみたいに美味いものをくれる人間。白い猫はよくシロって名づけられるから、このヒトもシロと呼ぼう。いつも白い服しか着ないんだから。
マサオは度々シロさんのもとに通ったそうだ。
なんせ、美味いものをくれる。シロさんは最初こそ適当なパックにご飯を入れていたのに、そのうちにちゃんとした猫用の食器でご飯を出してくれるようになった。なんでだろう?
「すっかり居ついちまったなぁ、お前」
シロさんはしゃがみながらそんなことを言う。怒ったふうでもない。穏やかに言った。
そういえば、この辺で過ごすようになってどれくらい経ったんだろうってマサオは考えた。
皆といた場所から離れてここへ来て、シロさんに美味しいものをたくさん食べさせてもらった。新鮮な発見がたくさんあって、ここへ来てよかったなって思っている。
ということは、まだまだ新しい土地に行けば新しい発見があって、楽しく過ごせるのか。
そうかもしれない、とマサオは考えたって。
マサオは、そろそろかなって、旅をする決意をしたそうだ。シロさんのご飯は美味しくて離れがたいけれど、またいつかここへ戻ったらまた食べさせてもらえばいいし。
にゃ~。
シロさん、オレ、ちょっと旅に出てくる。今までありがと! 伝えてみたけれど、伝わらない。
「まったくお前はのん気だな」
なんてことを言われた。
ご飯を食べた後、少しだけ寝て、それから歩いた。
にゃ、にゃ~。
風の吹くまま気の向くまま、マサオは歩いた。
――ちょっと訊いていい? そのシロさんとはまさかそれっきり?
にゃっ。
シロさん、急にマサオが来なくなって多分すごくガックリしたと思うよ。あぁぁ、なんか僕まで切なくなってきた!
にゃ?
なんで? とか言うかな、君は。……口挟んでごめん、続き、聞くよ。
とりあえず歩くと、道はどこまでも続いていたって? そうだねぇ、完全な突き当りまではなかなか行けないかもね。
また車に乗っかれば早く遠くへ行けるのかもしれない。でも、のんびり歩くのもまた楽しいものだった。最近は少しずつ涼しくなって、夜には虫の声も聞こえるくらいだったから、道がチリチリに熱くなって歩けないなんてことはなかったそうだ。
にゃ、にゃ~。
マサオが歩いていると、厳つい男が通りかかった。大きいけれど、人間は大きさと中身がちぐはぐだったりする。あのオヤッサンやシロさんだって、声は低くて顔も怖かった。そのくせ、美味しいものをたくさんくれた。だからマサオは変に恐れず、男のそばを通った。
すると、厳つい男は辺りをキョロキョロと見回した。そして――
「猫ちゃ~ん、おいでおいで~」
野太い声を精一杯柔らかくして、男は目尻を下げながらマサオに呼びかける。
おいでと言うなら行ってもいい。シッシと言われない限りは去らない、それがマサオの流儀だそうだ。
マサオが近づくと、男は嬉しそうにマサオの頭を撫でた。だがしかし、その手は拳にするとマサオの頭よりもはるかにでかい。
でっかい手だね。マサオはそのことにびっくりした。腕だって太いし。
いや、いろんな人間がいるもんだなぁって興味深かったそうだ。
男はマサオを散々ナデナデというかワシャワシャし、それは名残惜しそうに去ったとのこと。
……そう、そういう人がね、猫カフェのお得意様になるのかもね。
僕が思わずつぶやくと、マサオは口の端をちょいっと持ち上げた。
人間って面白いなぁってさ。
マサオはそう思って、くつろげそうな場所を探したんだそうだ。野良猫は珍しいと言われたように、本当にあんまり出くわさなかった。だからその辺の人間の手の届かない狭いところや高いところを選べばなんの問題もなく眠れた。
で、次の日もまたあのサラダチキンをくれた男のところに行ってみた。扉の前でじっとすることしばし。ふあぁ、とあくびをしながら待った。
ここはいつも美味しそうな匂いがするから、長くいても嫌にならなかった。どれくらいかして、また扉が開く。男はやっぱり口に白い棒を咥えていた。あれは一体なんなのだろう。咥えているだけで食べる気配はない。
――それ、煙草っていうんだよ。先に火をつけて煙を吸うんだ。その人、煙草休憩に外へ出るとマサオに遭遇してたんだろうね。
煙で腹は膨れない。それなら煙は好きなだけ吸ってくれていいから、サラダチキンはオレが食べて丁度よかったって?
――マサオ、君ってちゃっかりしてるというか、結構いい性格してるよね。
「うおっ! また味をしめて来やがったな!」
白い服の男はそんなことを言って騒ぐ。クソッと小さく毒づくと中に消えた。
そうして、また両手が塞がっていて、足で扉を開けて出てくる。
「今日でおしまいだからな! 明日は来んなよ!」
ひとつは牛乳。もうひとつのパックは――猫まんまだった。
これは知っている。昔食べたことがある。米に鰹節がたっぷりと混ざったものだ。確か美味しいものだった気がする。でも、目新しさには欠けた。なんだ、猫まんまか。サラダチキンの感動を越えることはないかなぁって思ったそうだ。
――この贅沢者。
でも、マサオはその猫まんまを侮っていた自分をすぐに恥じることになったそうだ。これがまた、びっくりするくらい美味しかったらしい。
鰹節は香り高く、ほんのりと利いた塩味が後を引く。白っぽい小魚が混ぜられていて、申し訳ないけれど、以前食べた猫まんまとは雲泥の差だった。
ガツガツガツガツ。
言葉をなくしてガッつくマサオに、男はまたしゃがみ込んでから誇らしげに言った。
「俺は一流の料理人だからな。猫まんまひとつ取ってみても手抜きはしねぇのさ。高級たまり醤油で味を調え、釜揚げシラスをアクセントに混ぜ込んである。鰹節だっていいの使ってるからな。美味ぇだろ?」
にゃあ!
最高! マサオは男に賛辞を送った。
で、また足元に体を擦りつけて礼を言って帰った。
次の日。
「いや、だから、もう来るなって言ってんだろ?」
そんなことを言いながら、男はマサオの前に牛乳ともうひとつのパックを置いた。
来るなって言っているわりには準備がやたらと速かった。どう考えても用意してあったって?
にゃあ。
悪いなって口先だけで言っておいた。用意してくれた以上、食べるのが礼儀だろう。
今日は何かな。
「……カルパッチョにすんのに切り落とした端っこだ。ほんとは俺の賄いにするつもりだったんだぜ? なあ、おい、聞いてんのかよ」
なんて苦笑しながら言われた。
聞いてる、聞いてる。
でも、赤や白の魚はなかなか美味かった。魚なんて食べ飽きるくらい食べたはずだけど、この魚は珍しかった。変わった身の色をしている。綺麗なオレンジ色だ。
にゃ~。
今日も美味かった。ありがとな!
マサオが礼を言うと、男の骨ばった手がマサオの頭を撫でた。ぎこちない動きだ。
「まったくよぅ。飲食店に猫は駄目なんだぞ。わかってやがるのか、コラ」
乱暴な口を利くくせに、目元にクシャッと皺を寄せて笑う。
オヤッサンみたいに美味いものをくれる人間。白い猫はよくシロって名づけられるから、このヒトもシロと呼ぼう。いつも白い服しか着ないんだから。
マサオは度々シロさんのもとに通ったそうだ。
なんせ、美味いものをくれる。シロさんは最初こそ適当なパックにご飯を入れていたのに、そのうちにちゃんとした猫用の食器でご飯を出してくれるようになった。なんでだろう?
「すっかり居ついちまったなぁ、お前」
シロさんはしゃがみながらそんなことを言う。怒ったふうでもない。穏やかに言った。
そういえば、この辺で過ごすようになってどれくらい経ったんだろうってマサオは考えた。
皆といた場所から離れてここへ来て、シロさんに美味しいものをたくさん食べさせてもらった。新鮮な発見がたくさんあって、ここへ来てよかったなって思っている。
ということは、まだまだ新しい土地に行けば新しい発見があって、楽しく過ごせるのか。
そうかもしれない、とマサオは考えたって。
マサオは、そろそろかなって、旅をする決意をしたそうだ。シロさんのご飯は美味しくて離れがたいけれど、またいつかここへ戻ったらまた食べさせてもらえばいいし。
にゃ~。
シロさん、オレ、ちょっと旅に出てくる。今までありがと! 伝えてみたけれど、伝わらない。
「まったくお前はのん気だな」
なんてことを言われた。
ご飯を食べた後、少しだけ寝て、それから歩いた。
にゃ、にゃ~。
風の吹くまま気の向くまま、マサオは歩いた。
――ちょっと訊いていい? そのシロさんとはまさかそれっきり?
にゃっ。
シロさん、急にマサオが来なくなって多分すごくガックリしたと思うよ。あぁぁ、なんか僕まで切なくなってきた!
にゃ?
なんで? とか言うかな、君は。……口挟んでごめん、続き、聞くよ。
とりあえず歩くと、道はどこまでも続いていたって? そうだねぇ、完全な突き当りまではなかなか行けないかもね。
また車に乗っかれば早く遠くへ行けるのかもしれない。でも、のんびり歩くのもまた楽しいものだった。最近は少しずつ涼しくなって、夜には虫の声も聞こえるくらいだったから、道がチリチリに熱くなって歩けないなんてことはなかったそうだ。
にゃ、にゃ~。
マサオが歩いていると、厳つい男が通りかかった。大きいけれど、人間は大きさと中身がちぐはぐだったりする。あのオヤッサンやシロさんだって、声は低くて顔も怖かった。そのくせ、美味しいものをたくさんくれた。だからマサオは変に恐れず、男のそばを通った。
すると、厳つい男は辺りをキョロキョロと見回した。そして――
「猫ちゃ~ん、おいでおいで~」
野太い声を精一杯柔らかくして、男は目尻を下げながらマサオに呼びかける。
おいでと言うなら行ってもいい。シッシと言われない限りは去らない、それがマサオの流儀だそうだ。
マサオが近づくと、男は嬉しそうにマサオの頭を撫でた。だがしかし、その手は拳にするとマサオの頭よりもはるかにでかい。
でっかい手だね。マサオはそのことにびっくりした。腕だって太いし。
いや、いろんな人間がいるもんだなぁって興味深かったそうだ。
男はマサオを散々ナデナデというかワシャワシャし、それは名残惜しそうに去ったとのこと。
……そう、そういう人がね、猫カフェのお得意様になるのかもね。
僕が思わずつぶやくと、マサオは口の端をちょいっと持ち上げた。
人間って面白いなぁってさ。
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