38 / 40
7◆経験豊富なサラとルチア
◆5
しおりを挟む
そんなことがあって、二匹の様子はほんの少し変わったのかもしれない。
以前はひたすら怯えていたように見えたけど、このところはどちらかというなら戸惑いの方が強いんじゃないかって思えた。
チラチラ、チラチラと僕のことを観察している。でも、僕が顔を向けると明後日の方を見ているふりをするんだ。だるまさんが転んだ状態。
うーん、少しはマシになったのかな。
僕は夕食の後、フローリングの上に腰を据えた。そこに皆が集まってくる。その時、僕はサラとルチアに語りかけた。
「サラ、ルチア。前のお店がどんな感じだったのか、よかったら僕たちに聞かせてくれないか? 無理にとは言わないけど、何か勉強になるかもしれないし」
なるべく柔らかく言ったつもりだった。
サラとルチアは顔を見合わせた。そうして、ルチアがにゃあと言った。
改めて話すほど変わったことはないと思いますけどって。
「それでもいいんだ。なんだっていいよ」
すると、サラもにゃあと言った。
私たちの他にも猫はいて、ここよりも少し多いくらいでした。とのこと。
「そうなんだ? 人間は一人だった?」
その質問に、サラは首を横に振った。
にゃあ。
いいえ。三人くらい。
「三人かぁ。まあ、それくらいいた方がいいんだろうけど」
僕の言葉にルチアがボソリとつぶやく。
にゃあ。
一人は『オーナー』って呼ばれていて、たまにしか来なかった、とのこと。
オーナーと店長は別だったのかも。なるほど。
「オーナーはどんな人だった?」
それを聞くと、二匹は目の色を曇らせてしまったように見えた。これは、地雷だったかもしれない。二匹は黙り込む。
口にしたくないのかな。
僕は心配しつつも言った。
「あのさ、こっちから切り出しておいてなんだけど、あんまりいい思い出がないなら無理しなくてもいいよ。もう会うこともないと思うし、ごめん」
もう会うこともない。そのひと言で二匹の気持ちはほんの少し軽くなったのかもしれない。
サラがにゃあと言った。
オーナーの口癖は『ビジネス』でした。
「え、えーと……」
ルチアもにゃあと言う。
ギョウセキ、ケッカ、モウケ、なんてこともよく言いました。それを言われた後、店長は決まって機嫌が悪くなりますって。
そ、それは雇われ店長が店の営業成績が悪いとオーナーからチクチク言われていたってことか。
聞くだけで胃が痛くなるような話だな……
昨今の猫ブームに乗っかれば儲かるって踏んだのに、思った以上に結果が出なかった。だからオーナーはあっさりと廃業することにしたんだろうか。
どうしてもやりたいって思って始めたことじゃないから、損をするならもういいって、見切りをつけるのも早かったんだな。
にゃあ。
人間は金が好きだからね、なんてトラさんがあくびをしながら言った。
まあ、少々の儲けはないと生きていけないから、僕だってまったくなくていいとは言えないけどさ。
儲けだけを第一に考えていた。雇われの店長に任せきりだった。それらを踏まえて考えると、その猫カフェが流行らなかったのもわからなくはない。
そのオーナーは大事なことをわかっていないから。
「そっかぁ。お金は大事だけど、それだけじゃ駄目なんだよ」
何を偉そうに言うんだと、自分でも思わなくはない。でも、僕にはその猫カフェが駄目だった理由がなんとなくわかるんだ。なんて言っても、お客さんは敏感だからね。
「猫カフェに来るお客さんの大半は、かなりの猫好きだ。猫と触れ合うためにやってくるんだけどね、お客さんたちは猫カフェの『状態』をすぐに察知するんだ」
にゃ?
どういうこと? ってチキが訊ねてくる。
僕はうなずいてみせた。
「この店で、猫たちはどれくらい大切にされているのかを見極めるんだ。店主が根っからの猫好きで、猫を大事にしていて、猫のよさを誰よりも理解していないと、お客さんは通ってくれないよ。お客さんは、猫にとって居心地のいい空間で幸せそうにしている猫と会いたいんだよ。それから、店主の猫に対する愛情を量って、その熱量でいい店なのかどうかを判断する。猫に対して愛情がない経営者がビジネスで始めたからって流行るとは思えない」
そのことを僕は野々村店長に教えてもらった。口に出してじゃない。肌で感じたんだ。
お客さんたちは猫と、それから野々村店長に会いに来ていた。猫に愛情を注ぐ店長がいて、その店長を信頼する猫がいて、初めて猫カフェはお客さんにとって居心地のいい空間になる。
僕が目指すのはそれなんだ。間違っても儲け第一主義じゃない。
ふぅ、とひとつ息をつき、僕はサラとルチアに向けて言った。
「僕が目指すところは、そのオーナーたちとは違うところだ。それなら、以前のことはもういいんだ。僕のやり方は皆で仲良く、楽しく、だから。サラもルチアもそのつもりでいてよ」
にゃ!
モカが元気よく、仲良く、楽しく! って声を上げてくれた。
「そうそう。仲良く楽しく。それが何よりだからね」
にゃっ。
チキも大きくうなずいた。
嫌な思いをしてここへ来たチキが、毎日楽しいって言ってくれた。僕にはそれが嬉しかった。
サラとルチアは顔を見合わせ、そうして小さくにゃあと言った。
仲良く、楽しく――ってね。
以前はひたすら怯えていたように見えたけど、このところはどちらかというなら戸惑いの方が強いんじゃないかって思えた。
チラチラ、チラチラと僕のことを観察している。でも、僕が顔を向けると明後日の方を見ているふりをするんだ。だるまさんが転んだ状態。
うーん、少しはマシになったのかな。
僕は夕食の後、フローリングの上に腰を据えた。そこに皆が集まってくる。その時、僕はサラとルチアに語りかけた。
「サラ、ルチア。前のお店がどんな感じだったのか、よかったら僕たちに聞かせてくれないか? 無理にとは言わないけど、何か勉強になるかもしれないし」
なるべく柔らかく言ったつもりだった。
サラとルチアは顔を見合わせた。そうして、ルチアがにゃあと言った。
改めて話すほど変わったことはないと思いますけどって。
「それでもいいんだ。なんだっていいよ」
すると、サラもにゃあと言った。
私たちの他にも猫はいて、ここよりも少し多いくらいでした。とのこと。
「そうなんだ? 人間は一人だった?」
その質問に、サラは首を横に振った。
にゃあ。
いいえ。三人くらい。
「三人かぁ。まあ、それくらいいた方がいいんだろうけど」
僕の言葉にルチアがボソリとつぶやく。
にゃあ。
一人は『オーナー』って呼ばれていて、たまにしか来なかった、とのこと。
オーナーと店長は別だったのかも。なるほど。
「オーナーはどんな人だった?」
それを聞くと、二匹は目の色を曇らせてしまったように見えた。これは、地雷だったかもしれない。二匹は黙り込む。
口にしたくないのかな。
僕は心配しつつも言った。
「あのさ、こっちから切り出しておいてなんだけど、あんまりいい思い出がないなら無理しなくてもいいよ。もう会うこともないと思うし、ごめん」
もう会うこともない。そのひと言で二匹の気持ちはほんの少し軽くなったのかもしれない。
サラがにゃあと言った。
オーナーの口癖は『ビジネス』でした。
「え、えーと……」
ルチアもにゃあと言う。
ギョウセキ、ケッカ、モウケ、なんてこともよく言いました。それを言われた後、店長は決まって機嫌が悪くなりますって。
そ、それは雇われ店長が店の営業成績が悪いとオーナーからチクチク言われていたってことか。
聞くだけで胃が痛くなるような話だな……
昨今の猫ブームに乗っかれば儲かるって踏んだのに、思った以上に結果が出なかった。だからオーナーはあっさりと廃業することにしたんだろうか。
どうしてもやりたいって思って始めたことじゃないから、損をするならもういいって、見切りをつけるのも早かったんだな。
にゃあ。
人間は金が好きだからね、なんてトラさんがあくびをしながら言った。
まあ、少々の儲けはないと生きていけないから、僕だってまったくなくていいとは言えないけどさ。
儲けだけを第一に考えていた。雇われの店長に任せきりだった。それらを踏まえて考えると、その猫カフェが流行らなかったのもわからなくはない。
そのオーナーは大事なことをわかっていないから。
「そっかぁ。お金は大事だけど、それだけじゃ駄目なんだよ」
何を偉そうに言うんだと、自分でも思わなくはない。でも、僕にはその猫カフェが駄目だった理由がなんとなくわかるんだ。なんて言っても、お客さんは敏感だからね。
「猫カフェに来るお客さんの大半は、かなりの猫好きだ。猫と触れ合うためにやってくるんだけどね、お客さんたちは猫カフェの『状態』をすぐに察知するんだ」
にゃ?
どういうこと? ってチキが訊ねてくる。
僕はうなずいてみせた。
「この店で、猫たちはどれくらい大切にされているのかを見極めるんだ。店主が根っからの猫好きで、猫を大事にしていて、猫のよさを誰よりも理解していないと、お客さんは通ってくれないよ。お客さんは、猫にとって居心地のいい空間で幸せそうにしている猫と会いたいんだよ。それから、店主の猫に対する愛情を量って、その熱量でいい店なのかどうかを判断する。猫に対して愛情がない経営者がビジネスで始めたからって流行るとは思えない」
そのことを僕は野々村店長に教えてもらった。口に出してじゃない。肌で感じたんだ。
お客さんたちは猫と、それから野々村店長に会いに来ていた。猫に愛情を注ぐ店長がいて、その店長を信頼する猫がいて、初めて猫カフェはお客さんにとって居心地のいい空間になる。
僕が目指すのはそれなんだ。間違っても儲け第一主義じゃない。
ふぅ、とひとつ息をつき、僕はサラとルチアに向けて言った。
「僕が目指すところは、そのオーナーたちとは違うところだ。それなら、以前のことはもういいんだ。僕のやり方は皆で仲良く、楽しく、だから。サラもルチアもそのつもりでいてよ」
にゃ!
モカが元気よく、仲良く、楽しく! って声を上げてくれた。
「そうそう。仲良く楽しく。それが何よりだからね」
にゃっ。
チキも大きくうなずいた。
嫌な思いをしてここへ来たチキが、毎日楽しいって言ってくれた。僕にはそれが嬉しかった。
サラとルチアは顔を見合わせ、そうして小さくにゃあと言った。
仲良く、楽しく――ってね。
10
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる