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第13話 弱みを持っている人なんて沢山いるはずです
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それから僕がモダロさんから引き合わされたのは、三十半ばくらいの女性だった。
きっちりと髪を整え、切れ長の瞳に眼鏡をかけている。
いかにも厳格そうな人だ。
「メイド長のエリザベスと申しますわ、勇者様」
「は、はい、リオンです」
「わたくしども王宮メイドが、これよりあなた様に最大級の御もてなしをさせていただきたく存じます」
「よ、よろしくお願いしますっ」
そのあまりに堅苦しい物言いに、僕の身体まで強張ってしまう。
さらにそのエリザベスさんが三人の女性を紹介してくれた。
「彼女たちは常に勇者様の傍に侍り、直接お世話をさせていただくメイドたちですわ。右からロザリナ、ミルシェ、アンジュリナです」
「「「よろしくお願いいたします、リオン様」」」
スカートの端を軽く摘まみ、優雅に頭を下げてくる三人の女性たち。
ふわりと巻き起こった小さな風とともに、甘い香りが漂ってきて、僕は自分の顔が急速に赤くなっていくのを自覚した。
ど、どうしようっ……三人ともすっごく美人なんだけど……っ!?
しかもまだ若くて、僕より二つ三つ年上といったくらい。
なのに随分と大人びているし、バッチリ化粧をしているし、それに発育もいいし……。
こんな人たちが常に僕の傍にっ?
どう考えてもゆっくり休めないってば!
そうして心臓を絶えずバクバクさせながら彼女たちに案内されたのは、びっくりするくらい広い部屋だった。
「こちらが勇者様にお過ごしいただくお部屋でございます」
最初にあったのはリビング。
高級そうな家具や美術品が置かれ、足元には毛足の長いふかふかの絨毯。
その奥には扉を隔て、五人くらい並んで寝れそうなベッドが置かれた寝室。
他にもバスタブ付きのシャワー室があったり、トイレがあったりと、至れり尽くせりだ。
「こっちの部屋は……?」
「何かございましたらたとえ夜中でもすぐに対応できるように、メイドたちの控室となっております」
「ふぇっ?」
変な声が漏れた。
一応ドアが付いているけど、ほとんど同じ部屋だ。
中には小さいけどベッドがあるので、ここで休めるようになっているのだろう。
僕は生まれてこの方、お母さん以外の人と同じ空間で生活したことは一度もない。
それどころか、女性と付き合ったことすら一度もなかった。
「夕食はこちらへとお運びさせていただきます」
「……は、はい」
エリザベスさんは他にも何か色々と説明してくれたようだったけれど、ほとんど頭に入ってこず。
ダンジョンを攻略するまでの辛抱だ……。
そう自分に言い聞かせて、どうにか僕は気持ちを落ち着かせようとするのだった。
◇ ◇ ◇
「なるほど、〝勇者の試練〟ですか」
こっそりと忍び込んだ王宮の庭で、勇者の母は一人呟いていた。
ちなみに王宮は厳重な警備で護られているはずなのだが……それを越えて城内に侵入することなど、彼女にとっては造作もないことだったようだ。
「それを攻略すまでの間、あの子はこの城に滞在することになる、と……」
そしてすでに息子が置かれている状況を完璧に把握しているらしかった。
「となれば、わたしも城の中の住人になった方がよさそうですね。さすがにその期間ずっとこそこそと隠れているのも大変ですし」
さらには、とんでもないことを平然と口にしている。
本来であればそんなことは不可能だ。
相応の出自と身分を有していなければ、王宮内で働くことすら許されない。
ケインのようなケースは例外中の例外である。
田舎の未亡人でしかない彼女では、間違いなく門前払いだろう。
「ふふふ、簡単ですよ。これだけ多くの人間が働いているお城なんですもの、誰にも知られてはいけない弱みを持っている人なんて沢山いるはずです♪」
勇者の母は満面の笑みで黒い台詞を吐くのだった。
◇ ◇ ◇
「こらそこ! 仕事中の私語は慎みなさい!」
「は、はいっ、メイド長っ」
「そこのあなた! 服が乱れていますわ! すぐに直しなさい!」
「も、申し訳ありませんっ!」
「この部屋を掃除したのは誰ですのっ? まるで指導した通りにできていませんわね! すぐにやり直しなさい!」
「かかか、畏まりましたっ!」
王宮メイド長の重役を任されているエリザベスは、見ての通り非常に厳しい女性だった。
今日も配下のメイドたちのミスを指摘し、強い口調で叱責している。
とりわけ今は貴賓扱いの勇者を王宮に迎えていることもあり、メイドたちにいつも以上のレベルを要求しているようだ。
彼女を怖れる王宮メイドたちは、秘かにエリザベスのことをこう呼んでいる。
仕事の悪魔。
裏方の女帝。
王宮と結婚した女。
エリザベスは独身だ。
子爵家の次女として生まれた彼女は十四のときに王宮メイドとなり、多くが二十歳前後で結婚を機に王宮を離れていく中にあって、三十をとっくに過ぎた現在までずっと王宮に仕え続けている。
ゆえに、未だ一度も男性経験などないに違いない。
そう誰もが思っていたが……。
「……で、殿下、おやめください……もう、こんなことは……もし、ロゼッタ様に知られでもしたら……」
「大丈夫だよ、エリザ。君はただメイド長として、僕の部屋を掃除しに来ているだけだ」
「あっ……で、殿下……」
「それとも君は僕のことが嫌いになったのかい?」
「い、いえ……そのようなことは……」
――実は彼女は、三つ年下の王太子と不義の関係にあるのだった。
エリザベスが王宮にメイドとして仕えるようになって、ほんの数年後からこの関係は秘かに続いているのだが、エリザベスの普段の勤務態度もあってか、未だ二人以外に秘密を知る者はいなかった。
その間に王太子は隣国の姫を妻として迎え、すでに二人の子供を成している。
もしこの事実が知られでもしたら外交問題にも発展しかねない。
「エリザ」
「殿下……」
しばらく二人の時間を過ごした後、エリザベスは乱れた衣服を直しながら、いつもの粛々とした態度で王太子の部屋を後にした。
一日の仕事をすべて終えたエリザベスは、王宮内に設けられたメイド寮にある自室へと戻ってきた。
夜はとっくに更けている。
「……? 手紙?」
そこで彼女は机の上に一通の手紙が置かれていることに気づく。
訝しげに眉根を寄せながらそれに目を通して始めたが、次第にその瞳が大きく見開かれていった。
「そ、そんな……」
きっちりと髪を整え、切れ長の瞳に眼鏡をかけている。
いかにも厳格そうな人だ。
「メイド長のエリザベスと申しますわ、勇者様」
「は、はい、リオンです」
「わたくしども王宮メイドが、これよりあなた様に最大級の御もてなしをさせていただきたく存じます」
「よ、よろしくお願いしますっ」
そのあまりに堅苦しい物言いに、僕の身体まで強張ってしまう。
さらにそのエリザベスさんが三人の女性を紹介してくれた。
「彼女たちは常に勇者様の傍に侍り、直接お世話をさせていただくメイドたちですわ。右からロザリナ、ミルシェ、アンジュリナです」
「「「よろしくお願いいたします、リオン様」」」
スカートの端を軽く摘まみ、優雅に頭を下げてくる三人の女性たち。
ふわりと巻き起こった小さな風とともに、甘い香りが漂ってきて、僕は自分の顔が急速に赤くなっていくのを自覚した。
ど、どうしようっ……三人ともすっごく美人なんだけど……っ!?
しかもまだ若くて、僕より二つ三つ年上といったくらい。
なのに随分と大人びているし、バッチリ化粧をしているし、それに発育もいいし……。
こんな人たちが常に僕の傍にっ?
どう考えてもゆっくり休めないってば!
そうして心臓を絶えずバクバクさせながら彼女たちに案内されたのは、びっくりするくらい広い部屋だった。
「こちらが勇者様にお過ごしいただくお部屋でございます」
最初にあったのはリビング。
高級そうな家具や美術品が置かれ、足元には毛足の長いふかふかの絨毯。
その奥には扉を隔て、五人くらい並んで寝れそうなベッドが置かれた寝室。
他にもバスタブ付きのシャワー室があったり、トイレがあったりと、至れり尽くせりだ。
「こっちの部屋は……?」
「何かございましたらたとえ夜中でもすぐに対応できるように、メイドたちの控室となっております」
「ふぇっ?」
変な声が漏れた。
一応ドアが付いているけど、ほとんど同じ部屋だ。
中には小さいけどベッドがあるので、ここで休めるようになっているのだろう。
僕は生まれてこの方、お母さん以外の人と同じ空間で生活したことは一度もない。
それどころか、女性と付き合ったことすら一度もなかった。
「夕食はこちらへとお運びさせていただきます」
「……は、はい」
エリザベスさんは他にも何か色々と説明してくれたようだったけれど、ほとんど頭に入ってこず。
ダンジョンを攻略するまでの辛抱だ……。
そう自分に言い聞かせて、どうにか僕は気持ちを落ち着かせようとするのだった。
◇ ◇ ◇
「なるほど、〝勇者の試練〟ですか」
こっそりと忍び込んだ王宮の庭で、勇者の母は一人呟いていた。
ちなみに王宮は厳重な警備で護られているはずなのだが……それを越えて城内に侵入することなど、彼女にとっては造作もないことだったようだ。
「それを攻略すまでの間、あの子はこの城に滞在することになる、と……」
そしてすでに息子が置かれている状況を完璧に把握しているらしかった。
「となれば、わたしも城の中の住人になった方がよさそうですね。さすがにその期間ずっとこそこそと隠れているのも大変ですし」
さらには、とんでもないことを平然と口にしている。
本来であればそんなことは不可能だ。
相応の出自と身分を有していなければ、王宮内で働くことすら許されない。
ケインのようなケースは例外中の例外である。
田舎の未亡人でしかない彼女では、間違いなく門前払いだろう。
「ふふふ、簡単ですよ。これだけ多くの人間が働いているお城なんですもの、誰にも知られてはいけない弱みを持っている人なんて沢山いるはずです♪」
勇者の母は満面の笑みで黒い台詞を吐くのだった。
◇ ◇ ◇
「こらそこ! 仕事中の私語は慎みなさい!」
「は、はいっ、メイド長っ」
「そこのあなた! 服が乱れていますわ! すぐに直しなさい!」
「も、申し訳ありませんっ!」
「この部屋を掃除したのは誰ですのっ? まるで指導した通りにできていませんわね! すぐにやり直しなさい!」
「かかか、畏まりましたっ!」
王宮メイド長の重役を任されているエリザベスは、見ての通り非常に厳しい女性だった。
今日も配下のメイドたちのミスを指摘し、強い口調で叱責している。
とりわけ今は貴賓扱いの勇者を王宮に迎えていることもあり、メイドたちにいつも以上のレベルを要求しているようだ。
彼女を怖れる王宮メイドたちは、秘かにエリザベスのことをこう呼んでいる。
仕事の悪魔。
裏方の女帝。
王宮と結婚した女。
エリザベスは独身だ。
子爵家の次女として生まれた彼女は十四のときに王宮メイドとなり、多くが二十歳前後で結婚を機に王宮を離れていく中にあって、三十をとっくに過ぎた現在までずっと王宮に仕え続けている。
ゆえに、未だ一度も男性経験などないに違いない。
そう誰もが思っていたが……。
「……で、殿下、おやめください……もう、こんなことは……もし、ロゼッタ様に知られでもしたら……」
「大丈夫だよ、エリザ。君はただメイド長として、僕の部屋を掃除しに来ているだけだ」
「あっ……で、殿下……」
「それとも君は僕のことが嫌いになったのかい?」
「い、いえ……そのようなことは……」
――実は彼女は、三つ年下の王太子と不義の関係にあるのだった。
エリザベスが王宮にメイドとして仕えるようになって、ほんの数年後からこの関係は秘かに続いているのだが、エリザベスの普段の勤務態度もあってか、未だ二人以外に秘密を知る者はいなかった。
その間に王太子は隣国の姫を妻として迎え、すでに二人の子供を成している。
もしこの事実が知られでもしたら外交問題にも発展しかねない。
「エリザ」
「殿下……」
しばらく二人の時間を過ごした後、エリザベスは乱れた衣服を直しながら、いつもの粛々とした態度で王太子の部屋を後にした。
一日の仕事をすべて終えたエリザベスは、王宮内に設けられたメイド寮にある自室へと戻ってきた。
夜はとっくに更けている。
「……? 手紙?」
そこで彼女は机の上に一通の手紙が置かれていることに気づく。
訝しげに眉根を寄せながらそれに目を通して始めたが、次第にその瞳が大きく見開かれていった。
「そ、そんな……」
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