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第23話 僕がやりました
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勇者の食事に毒が盛られていたという事実は、王宮中を震撼させた。
なぜなら勇者は人類にとっての希望。
それを亡き者にしようとするなど、人類への叛逆に他ならない。
すぐに王宮に務めるすべての人間を対象にした調査が行われたが、犯人は一向に現れず。
今のところあの毒入りスープを飲んだ料理人が、最大の容疑者とされていた。
……のだが、
「あなたですね? スープに毒を入れたのは?」
「ななな、何のことだっ? 僕はそんなことしてはいないっ」
新人メイド、もといセルアに問い詰められているのは、調理場で見習い料理人として働いている青年だった。
「ふふふ……嘘を吐くと痛い目を見ることになりますよ……?」
「はい。僕がやりました」
見習い料理人の青年は、生気を失った目をしながら白状した。
声には何の抑揚もない。
王宮がすでに行った調査では「何もしていない」と最後まで貫き通した彼だったが、セルアに痛い目に遭わされたことで心が折れたらしい。
「ですが自分の意思ではありません。謎の液体が入った小瓶を渡されて、料理に混ぜろと指示されたのです」
「指示した相手は?」
青年を見下ろしながら、セルアは押し殺した声で問う。
「分かりません。やり取りは手紙で行い、その都度、燃やしていたのでそれも残っていません」
「なぜ応じようと?」
相手を圧迫するかのように間髪入れず問いを浴びせる。
「脅されていました。やらなければ、妻や子供に危害を加えるぞと言われて……実際、自宅にズタズタに切り裂かれた動物の死骸が送られてきて……もし妻子が同じ目に遭ったらと思うと……」
そこで虚ろだった青年の瞳に、少しだけ涙が溜まる。
「なるほど。子供を人質に取られたのなら仕方ありませんね。……いいでしょう。あなたが犯人であることはわたしの胸に仕舞っておきましょう」
「ほ、本当ですかっ?」
「ええ、あなたが犯罪者になると子供が悲しむでしょうから」
子供のこととなると急に優しくなるセルアだった。
「これで毒を盛った犯人は分かりましたが、これ以上は辿れそうにありませんね……。思っていたより慎重に事を運んでいるようです」
捜査が振り出しに戻り、彼女は難しい顔で思案する。
「それに今回の件で諦めるとは思いませんね。……これはもう少し近くであの子を見守る必要があるかもしれません」
◇ ◇ ◇
「お料理をお持ちいたしました、勇者様」
そう言って部屋に配膳車をを運んできたのは、僕の知らない女性だった。
「え、えっと……?」
僕が戸惑っていると、彼女は優雅に一礼しながら、
「お初にお目にかかります。本日より勇者様にお仕えすることになりました、セリーヌと申します。以後よろしくお願いいたします」
「あ、は、はい……よろしくお願いします?」
すでに三人ものメイドさんが僕のために働いてくれているというのに、もう一人……?
そんな僕の困惑を察したのか、セリーヌさんは、
「いえ、ロザリナさんが急に体調を崩されてしまいまして。代わりにわたしがお傍に侍らせていただくことになりました」
「そ、そうなんですか?」
ロザリアさん、昨日までは元気そうだったのに……。
「ご安心ください、勇者様。わたしがお傍にいる限り、どんな敵からも必ずお守りして差し上げますので」
「は、はい……?」
敵って何のことだろう?
それにお守りするって……どういうこと?
セリーヌさんの発言の真意はよく分からなかったけれど、僕はとりあえず頷いておいた。
それにしても、この人、どこかで見たことあるような気がするんだけれど?
なんというか、懐かしい感じがするというか……。
「どうかなされましたか?」
「い、いえっ、何でもないですっ」
ついジロジロと顔を見てしまっていた。
僕は頬が火照るのを感じながら、慌てて顔を俯ける。
きっと気のせいだろう。
だって王宮のメイドさんに知り合いがいるはずないし。
◇ ◇ ◇
知り合いどころか、実の母親なのだが。
どうやらリオンは気づいていないらしい。
とはいえ無理もないだろう。
故郷に残してきたはずの母親が、まさかこんなところにいるとは思うまい。
(上手くいきましたね! ふふふっ、これで幾らでもリオンちゃんの傍に居られますよ! お風呂で背中を流してあげたり、お着替えの手伝いをしてあげたり!)
久しぶりに間近で見ることができた息子の姿に、セルアは大興奮していた。
妄想が加速する。
(一緒のベッドでだって寝れちゃいます!)
それはさすがに無理だろう。
(それにしてもロザリナさんは悪いことをしてしまいましたね。まぁでも、大した毒ではないですし、一週間もすれば元気になるでしょう)
息子に盛られた毒に激怒したくせに、他人にはあっさりと毒を盛る母だった。
その後、セルアの危惧した通り、勇者を狙う魔の手は続いた。
今度は支給されたポーションに毒が混ぜられていたり。
着替えの中に毒針が仕込まれていたり。
たまには休息が必要だろうと王都の街を散歩していたところ、貧民窟を根城にしているギャングたちに襲われそうになったり。
しかしセルアは、宣言通りにそれらの害悪の悉くを退けていった(ギャングには単身で拠点に乗り込んで壊滅させた)。
そんなふうに母が背後で動いていることどころか、自分の命が狙われていることすらも、本人は露知らず。
やがて彼は、ついに〝勇者の試練〟の最下層へと辿り着いていた。
なぜなら勇者は人類にとっての希望。
それを亡き者にしようとするなど、人類への叛逆に他ならない。
すぐに王宮に務めるすべての人間を対象にした調査が行われたが、犯人は一向に現れず。
今のところあの毒入りスープを飲んだ料理人が、最大の容疑者とされていた。
……のだが、
「あなたですね? スープに毒を入れたのは?」
「ななな、何のことだっ? 僕はそんなことしてはいないっ」
新人メイド、もといセルアに問い詰められているのは、調理場で見習い料理人として働いている青年だった。
「ふふふ……嘘を吐くと痛い目を見ることになりますよ……?」
「はい。僕がやりました」
見習い料理人の青年は、生気を失った目をしながら白状した。
声には何の抑揚もない。
王宮がすでに行った調査では「何もしていない」と最後まで貫き通した彼だったが、セルアに痛い目に遭わされたことで心が折れたらしい。
「ですが自分の意思ではありません。謎の液体が入った小瓶を渡されて、料理に混ぜろと指示されたのです」
「指示した相手は?」
青年を見下ろしながら、セルアは押し殺した声で問う。
「分かりません。やり取りは手紙で行い、その都度、燃やしていたのでそれも残っていません」
「なぜ応じようと?」
相手を圧迫するかのように間髪入れず問いを浴びせる。
「脅されていました。やらなければ、妻や子供に危害を加えるぞと言われて……実際、自宅にズタズタに切り裂かれた動物の死骸が送られてきて……もし妻子が同じ目に遭ったらと思うと……」
そこで虚ろだった青年の瞳に、少しだけ涙が溜まる。
「なるほど。子供を人質に取られたのなら仕方ありませんね。……いいでしょう。あなたが犯人であることはわたしの胸に仕舞っておきましょう」
「ほ、本当ですかっ?」
「ええ、あなたが犯罪者になると子供が悲しむでしょうから」
子供のこととなると急に優しくなるセルアだった。
「これで毒を盛った犯人は分かりましたが、これ以上は辿れそうにありませんね……。思っていたより慎重に事を運んでいるようです」
捜査が振り出しに戻り、彼女は難しい顔で思案する。
「それに今回の件で諦めるとは思いませんね。……これはもう少し近くであの子を見守る必要があるかもしれません」
◇ ◇ ◇
「お料理をお持ちいたしました、勇者様」
そう言って部屋に配膳車をを運んできたのは、僕の知らない女性だった。
「え、えっと……?」
僕が戸惑っていると、彼女は優雅に一礼しながら、
「お初にお目にかかります。本日より勇者様にお仕えすることになりました、セリーヌと申します。以後よろしくお願いいたします」
「あ、は、はい……よろしくお願いします?」
すでに三人ものメイドさんが僕のために働いてくれているというのに、もう一人……?
そんな僕の困惑を察したのか、セリーヌさんは、
「いえ、ロザリナさんが急に体調を崩されてしまいまして。代わりにわたしがお傍に侍らせていただくことになりました」
「そ、そうなんですか?」
ロザリアさん、昨日までは元気そうだったのに……。
「ご安心ください、勇者様。わたしがお傍にいる限り、どんな敵からも必ずお守りして差し上げますので」
「は、はい……?」
敵って何のことだろう?
それにお守りするって……どういうこと?
セリーヌさんの発言の真意はよく分からなかったけれど、僕はとりあえず頷いておいた。
それにしても、この人、どこかで見たことあるような気がするんだけれど?
なんというか、懐かしい感じがするというか……。
「どうかなされましたか?」
「い、いえっ、何でもないですっ」
ついジロジロと顔を見てしまっていた。
僕は頬が火照るのを感じながら、慌てて顔を俯ける。
きっと気のせいだろう。
だって王宮のメイドさんに知り合いがいるはずないし。
◇ ◇ ◇
知り合いどころか、実の母親なのだが。
どうやらリオンは気づいていないらしい。
とはいえ無理もないだろう。
故郷に残してきたはずの母親が、まさかこんなところにいるとは思うまい。
(上手くいきましたね! ふふふっ、これで幾らでもリオンちゃんの傍に居られますよ! お風呂で背中を流してあげたり、お着替えの手伝いをしてあげたり!)
久しぶりに間近で見ることができた息子の姿に、セルアは大興奮していた。
妄想が加速する。
(一緒のベッドでだって寝れちゃいます!)
それはさすがに無理だろう。
(それにしてもロザリナさんは悪いことをしてしまいましたね。まぁでも、大した毒ではないですし、一週間もすれば元気になるでしょう)
息子に盛られた毒に激怒したくせに、他人にはあっさりと毒を盛る母だった。
その後、セルアの危惧した通り、勇者を狙う魔の手は続いた。
今度は支給されたポーションに毒が混ぜられていたり。
着替えの中に毒針が仕込まれていたり。
たまには休息が必要だろうと王都の街を散歩していたところ、貧民窟を根城にしているギャングたちに襲われそうになったり。
しかしセルアは、宣言通りにそれらの害悪の悉くを退けていった(ギャングには単身で拠点に乗り込んで壊滅させた)。
そんなふうに母が背後で動いていることどころか、自分の命が狙われていることすらも、本人は露知らず。
やがて彼は、ついに〝勇者の試練〟の最下層へと辿り着いていた。
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