一人息子が勇者として旅立ちました。でもお母さん、心配なのでこっそり付いていっちゃいます [壁]ω・*)

九頭七尾

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第29話 死ぬのはあなたの方です

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「勇者もろとも皆殺しだァァァァァッ!」
「いいえ、死ぬのはあなたの方です」
「ああっ?」

 そのとき突然、まるで凍りついたかのようにモダロの右足が動かなくなった。
 お陰で前のめりに引っくり返る。
 高速で動いていた最中だったので、巨体がそのまま数メートル以上も転がり、壁に激突してようやく停止した。

「な、なん、だ……? 貴様、一体、何をしたっ?」

 どうやらセルアが何かをしたせいだと思ったらしい。

「いいえ、わたしは何もしていません」
「嘘を吐くなァッ! 儂の足が動かぬッ! 何かしただろうッ!?」

 怒鳴り声を上げるモダロ。
 しかしセルアは動じることもなく、冷ややかな目をして告げるのだった。

「わたしは何もしていません。あなたがただ自滅しただけですよ」

 次の瞬間、ぼろり、と。
 まるで腐った木の枝が自重に耐え切れなくなって落ちてしまうかのように、モダロの右手から人差し指が取れて落下した。

「……は?」

 いや、指だけではない。
 今やモダロの全身が崩れかかっていた。

「な、な、な、なんだ、これ、は……?」

 己の身に起こっている事態が理解できず、モダロは唇を震わせる。
 その唇の隙間から、ぽろぽろと歯が零れ落ちていった。

「結局、人間の身体で魔族になるのは無理があったということです」

 指が取れ、歯が零れ、皮膚が剥落し。
 どうにか動く手で押さえようとするモダロだったが、その崩壊を止めることはできなかった。

「まだ魔族の姿になるだけに留めておけば、もう少し長生きできたかもしれません。ですがあなたは魔石を喰らい、無理やりその力を高めようとした。力を得るということは、何らかの代償を支払うことになるのが世の常ですからね。あなたは一時的な強さと引き換えに、自らの寿命を一瞬で使い果たしてしまったのですよ」
「ば、ばか、な……わ、わし、は……こ、こんなところで、しぬ、わけには……」

 今や言葉を発することもままならなくなったのか、モダロは掠れた声で懇願した。

「お、おねがい、だ……た、たすけて……わしは……」

 セルアに向かって手を伸ばす。

「汚らわしい手で触ろうとしないでください」

 だが彼女は冷たい言葉とともに、それを足で蹴り飛ばした。
 すでに崩れかかっていた腕は、あっさりと砕け散ってしまう。

「ま、まおう……さ……ま……」

 ついに全身が砕け、モダロは絶命した。



   ◇ ◇ ◇



 翌朝、目を覚ました僕は、すぐに王宮内が少し騒がしいことに気づいた。

「あの……何かあったんですか?」

 寝室を出てすぐのところに控えていたセリーヌさんに訊ねる。
 いつも彼女はそこで僕が起きるのを待っているらしい。 

「ふふふ、心配は要りませんよ、勇者様。昨晩のうちにすべて片付けておきましたので」
「……?」

 よく分からないことを言って、微笑むセリーヌさん。
 片付けておいたって、何のことだろう?

 だけどセリーヌさんの笑顔を見ていると、何だか安心させられてしまう。
 僕はとりあえず頷いておいた。

「そんなことより、勇者様。今日はいよいよ出発の日です。あなた様の雄姿を一目見ようと、すでに王宮の外に大勢の人たちが集まっています」
「えっ?」
「修行を終えた勇者様が今日、王宮を発つということを周知すべく、王様が王都中にお触れを出しておられましたので」

 そんなの、聞いてないんだけれど?

「ですので今朝はしっかり身なりを整えなければなりません」
「は、はい……」

 それから僕はセリーヌさんによって髪をがっちりセットされた。
 眉も整えてもらい、いつもよりキリッとした感じに。
 これで少しは男らしくなったかな?

「とっても素敵ですよ、勇者様! 間違いなく世界で一番の男前です!」

 セリーヌさんがやたらと絶賛してくる。

「そ、そうですか……?」
「ええ!」


 さらに僕は、いかにも高そうな新品の生地の服を着せられ、その上に勇者の鎧を着用。
 そして真っ赤なマントまで羽織ることになった。
 これまた新品の鞘に勇者の剣を収納し、勇者の袋と一緒に腰に下げる。

「いいです! とってもいいです! ハァハァ……」

 なぜかセリーヌさんの鼻息が荒い。
 顔も赤いし……もしかして風邪じゃないかな?
 ちょっと心配だ。

 身なりを整えたら、最後の挨拶のために再び王様のところへ。
 謁見の間には沢山の貴族や王宮騎士たちが僕を待っていて、これまで以上に緊張しながら僕は王様の下まで歩いた。

 あれ?
 だけど宰相のモダロさんがいないような……?

「勇者リオンよ、これは我からの餞別だ」

 王様から受け取ったのは、ずっしりと重たい袋。
 中に何が入っているのかと覗いてみると、なんとそこには大量の金貨が。

「こここ、こんなに貰えませんよっ? すでに伝説の武具だって戴いているのに……!」
「あれは我が国が勇者のために預かっていたものだ。むしろもっとお主の旅の役に立つものを渡せればよかったのだが、生憎とあまりよいものがなくての」
「い、いえ、そんな……」
「旅の途中、必要になるものが出てくるであろう。そのときにそのお金を使うのだ」
「あ、ありがとうございます」

 僕は何度も王様に礼を言って、勇者の袋に仕舞った。
 あれだけ重かったのに、何の重さも感じなくなる。
 さすがは勇者の袋だ。

 こうして僕は王宮を出発した。
 廊下にはお世話になったメイドさんや騎士さんたちがずらりと並んでいて、エリザベスさんやガルドさんなど、見知った顔に出会う度にお礼を言っていたので時間がかかった。

 門のところで馬車に乗り込む。
 次の街まで乗せていってくれるらしい。
 門扉が開くなり、物凄い大歓声が巻き起こった。

「勇者様だ!」
「勇者リオン!」
「リオン! リオン! リオン!」

 王宮前広場は、見たことがないくらいの人でごった返していた。

「ふえええ……」

 僕はおっかなびっくり馬車の窓から手を振りつつ、そんな中を進んでいく。

 こんなのまるで英雄みたいじゃないか。
 僕はまだ何もしていないっていうのに……。

 でもそれだけ今、人々は魔王に恐怖し、そしてそれを打ち倒してくれるかもしれない勇者という存在に期待しているのだろう。

「が、頑張らないと……」





 王都の外に出て街道をしばらく進み、ようやく静かになった。
 と、思っていると、

「ま、待ってくれ!」

 馬車の後ろから、猛スピードで追い駆けてくる馬があった。
 誰かが乗っている。

「……レーシャさん?」

 驚く僕に、レーシャさんは馬車まで追い付いてくると、

「わ、私も一緒に連れていってくれ!」

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