短編集

喜岡 せん

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この話は2.2割フィクションです。

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この物語は[*****]です。
実在する人物、団体、その他とは一切[*******************]せん。


*


 生き物は全て等しく死んで無くなって土に還っていくのに、どうしてわざわざ生まれてくるのだろう。
 いつかは死ぬと分かっていて、際限ある生命ならば、初めから存在なんかしたくなかった。
 大きく溜息を吐く。
 呼吸器が空気すらも受け付けず、背中がやけに痛む。肺か心臓か分からないけれど息を吸う度に酷くチクリと痛んだ。
 せっかく買ったコンビニ弁当も食う気すら起きない。
 ……ああ、今日は、なんだっけ。
 …………いいや、どうでもいい。心底からどうでもいい。めんどくさい。
 生きる価値が無い人間をどうしてこの世に生み出したのだろう。


 ──────一時間程度前。

 うだるような夏の暑さから逃げるように帰宅し、家のドアを開ける。
 同時に夏特有の気持ち悪い熱い空気に襲われた。
 不在票やら電気代の領収書やら地域の情報誌やらを足蹴にして玄関で靴を脱ぎ、すぐ目の前の台所を通る。
 自炊でもしようとしたのか、それともしていたのか。
 それすらも曖昧だが、台所に放置されたままの調理器具が否が応でも全てを物語っていた。
 一人暮らしの女性に有るまじき散らかりようだ。
 ……最早片付ける気など起きないが。

 台所を抜けてリビングへ向かう。
 硝子の引き戸を開けると随分と前から敷いたままの布団が目に付いた。それから、昨日の弁当のごみ。
 ……いや、一昨日か、その前か。
 しかしそんなことはどうでも良かった。
 敷きっぱなしの布団の真横にある、一辺が1メートル弱の背の低いテーブルに帰りがけに買ったコンビニ弁当を置く。
 がさがさと音を立てて弁当を取り出したが、面倒になって、やめた。
 それから流れるように布団に倒れ込み、枕元のリモコンを押す。直後頭の上から「ゴォオオォォ」と鳴き声がして、エアコンが作動した。
 時機に涼しくなるだろう。
 息をするのさえ億劫な身体を仰向けにし、染みのある借家の天井に意味もなく手を伸ばした。

 今日は、なんだっけ。
 ────…………いいや、もう、どうでもいい。

 仕事で何か重大な間違いを起こした気がしたけれど、そんなことはもう、どうだっていいのだ。

 可笑しいことに、スマホに手を伸ばす余力はあった。
 青い背景に白い鳥が貼り付けられているアイコンをタップしてインターネットを開く。

 馬鹿みたいに自意識過剰なアカウントに、詭弁を垂れる有識者ぶったアカウント。最近話題のゲームの二次創作を描いた漫画に目を通し、複数あるアカウントを切り替える。
 フォロワーが投稿をしている『悪口を言え』とのタグに「存在がうざい」と本気で送信しようとしたが、やめた。不毛だからだ。

 こんなふざけたアカウントも自分と同じ人間が運営していると思うと滑稽に思えた。
 この人たちは一体何歳で、どんな仕事に就いているのだろう。どうしてこんなにも陽気に、愉快そうに笑っているのだろう。
 それとも彼らも自分と同じように全てが嫌になってバカの振りでもしていなければ死んでしまうような人達なのだろうか。
 そう思うと、人間が酷く惨めなものに思えた。

 しばらく眺めていると不意にメッセージマークが現れた。どうやら不毛な会話を試みる人間が現れたらしい。

『あんまり無理すんじゃねぇぞ』

 誰かと思えば、ここ何年か音沙汰無しの友人からだった。仕事中の愚痴を呟いていたのを見られたらしい。
 話すのは中学の卒業以来だ。
 投稿をしている日付が数年前から微動だにしていなかったのでてっきりログアウトでもしたのかと思っていた。

『おうよ、死なない程度に頑張るよ』

 心にも無いことを入力して送信する。
 最早頑張る気力など毛頭無かった。
 出来ることなら今すぐ消えてしまいたい。
 数十年後に絶える命ならばそもそも生まれてこなければよかった。
 ピコン、とまたマークが付く。

『頑張れ!! 愚痴とか相談ならいつでも聞くからな』


 ……そうだ、こいつはそういう奴だった。

 ふんわりと古い記憶が脳裏を掠めた。
 中学なら、もう、六年も前になる。
 どうしようもない問題児だった私になぜか存在した友人の一人だった。

 こいつと最後に話したのは、いつだっけ。
 こいつと何を話したっけ。

 ………………。

 そうだ、卒業式で、小さな手紙を貰ったのだ。

 今思えば笑い飛ばせる『好きだ』の言葉にひどく動揺したことだけは覚えている。

 私は何を返したんだっけ。
 何も返していないんだっけ。

 付き合ったりは、していない。
 誰かとそういう関係になるのは面倒だと。確か、そうだった。それは今でも変わらない。
 けれど、そんな言葉はどうでも良くて。


『小説、楽しみにしてる』


 ふんわりと流れた記憶はそこで閉じた。
 
 なんだかんだで、六年前からずっと、あいつは私の欲しい言葉をくれていた。

『楽しみにしてる』

『小説、楽しみにしてる』

 それが誰からも誰よりも最初に貰った、私の物語についての言葉だった。

 あいつは、私が今でも小説を書いていることを知っているのだろうか。
 今でも小説家になりたいと思っていることを、知っているのだろうか。

 六年も経つ。
 あいつの顔も、声も、何もかもをぼんやりとしか覚えていない。

 どんな気持ちで手紙を書いてくれたのだろう。
 どんな気持ちでメッセージを送ってくれたのだろう。



 曇りきった心は一向に晴れそうにない。
 相変わらず私は死にたがりで、優柔不断で、馬鹿で、どうしようもなくて、ひとりきりだけど。


『小説、楽しみにしてる』


 ────生きようと思った。


 生きて、小説を書いて、六年前のように馬鹿みたいに笑いながら、あいつの手元に本を投げて。

「ソレ、あたしが書いたの」

 自慢げに言ってやろう。
 それまで死ぬのはお預けだ。
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