クラス転移した俺のスキルが【マスター◯―ション】だった件 (新版)

スイーツ阿修羅

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第六膜 見抜きと血煙の仮面舞踏会編

百九十八射目「患者が消えた」

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 患者が消えた。
 急病患者のベッドから、誰かが忽然と、姿を消したのだ。
 
「……フィリア姉、おかえりっ! ごめん、ちょっと外に出てくる!」
 
 マナト・・・は、フィリア姉と入れ替わるように、診療所の外へと飛び出した。

 ーマナト視点ー

「遠くへは行っていないハズだが……」

 彼女は急病患者で、昏睡状態だったハズだ。
 血液の粘度が高く、明らかに異常な状態だった。
 俺たちでは、対処の仕方が全くわからず、治療はフィリアに任せようと思っていたのに。
 
「よぉ、2本煙の立つ場所は、だいたい見て回ってきたぜ、マナトくん」

 後ろから、野太い声を駆けられた。
 ヒゲを生やした長耳のオヤジが、白い歯を見せていた。
 たしか彼は、最近仲良くなった村の女の子……カシュゥちゃんの父親だったハズだ。たぶん……
 オヤジは背中に、足を骨折した様子の男の子を背負っていた。
 
「すぐに助けが必要な人は、もういないんですか?」

「まぁな。ただ……」

 オヤジは、顔を曇らせた。

「怪我したり、お腹が空いたり、泣いたり、絶望したり……みんな暗い顔をしていたよ。
 ……みんなを笑顔にするような、都合の良い薬があればいいんだが、な……」

「そうですか」
 
 笑顔で元気になる薬、か。
 俺には、麻薬の類しか思いつかなかった。

「青い髪の、ツインテールで小さな女の子を見かけませんでしたか?」

 俺は、オヤジに聞いてみることにした。

「あぁ、さっき俺とすれ違うように、坂を降りていったよ。『お父さんとお母さんはどこですか?』と聞いてきたから、『分からない』と答えるしかなかった」

「ありがとうございます!」

 俺は、一目散に、下り坂を駆け下りていった。
 普通に歩けるほど、体調は回復しているのか?
 血液が明らかに、ドロドロと粘り気があったのは、体質なのだろうか?

 背中から押されるように、足がどんどんと加速する。
 これは高揚か、それとも胸騒ぎか?
 衝動のような何かに押されて、吸い込まれるように。
 走り続けていた刹那。

「………ーーー…………ーー……♪」

 歌声が聞こえた。
 儚くて、今にも消えてしまいそうで、されど心臓が揺すられるような歌。

 …………お姉ちゃん。

 これはまるで、ニーナお姉ちゃんが、よく口ずさんでいた歌みたいな……
 懐かしい景色が蘇ってきた。

 俺の、今は居なくなった二人のお姉ちゃん。
 ニーナ姉と、ヨウコ姉。
 お母さんとニーナ姉は、歌うのが好きだった。
 もちろん、主人の人間に見つからないよう、小さな囁き声みたいな歌だけど。
 蘭馬という人間のお陰で、屋敷から逃げて廃墟の温泉旅館に身を隠していた一週間は、楽しかった。
 ニーナ姉は、お風呂に入るとごきげんになって、思う存分歌を歌っていた。
 ヨウコ姉は、病気で寝込みがちだったけれど、病気に負けないくらい強くて優しくて。
 
「ニーナ姉っ! ヨウコ姉っ!」

 俺は、目尻に涙をいっぱいにして、走り出していた。
 届いてくる歌声に、二人の姉の幻影を重ねて。

「………ーー……ーーー……ーーー……♪」

 かすれて、枯れても、なお美しい歌声がった。
 歌詞が、明確に聞こえてくるようになる。

「……いかないで、消えちゃわないで、もどって来てよ、お父さん。
 ……帰ってきて、ご飯をつくって、また抱きしてよ、お母さん……
 ……二人とも、言ってたくせに、ボクの歌には……
 ボクの歌声には、みんなを幸せにする、力があるって……
 だったら、戻ってきてよ、帰ってきて。
 ボクをひとりにしないでよ。ボクを不幸に、しないでよ……」

 アイリス……
 彼女は、すすり泣きながら、両親の死体の前で歌っていた。

「……アイリス……」

 俺は、ゆっくりと、彼女の名を呼んだ。

「……天使だ。天使の歌声だ……」
「……女神さま……どうか人間に、天罰を……」
「うぅ……あぁ……」

 周囲の人達が、まるで神にでもすがるように、アイリスの周りへと這い寄っていた。

「……アイリス! 病室に戻るんだ! まだ体調は万全じゃないだろ!」

 俺は、ありったけの声で叫んだ。
 と、その瞬間、
 アイリスはカハリと吐血した。

「……ほら、血を吐いてる!」
 
「ゲホッ……邪魔するな……ボクの歌の力で、お父さんとお母さんを生き返らせるんだ……」

「……は?」
  
 俺は、呆気に取られた。

「……ボクの歌は、みんなを幸せにする、力があるんだっ……!
 父さんも母さんも、帰って来る。帰ってくるんだよっ……!」

 ぐちゃぐちゃに泣きながら、駄々をこねる赤子のように、喚いて。
 再び、か細い声で、歌い出した。

 たしかに、歌声とともに、か細い魔力の光は見える。
 しかし、腹を貫通された両親は、ピクリとも動くことはなかった。

「……アイリス、もう、やめるんだ。……ジャイガさんと、お前のお母さんは、もう……」

「うるせぇっ……! ……ーーー……! 気が散るから黙ってろっ……!」

 息も絶え絶えになりながら、アイリスは途切れ途切れで、歌い続ける。

「やめろ! このままじゃ、お前まで死んじゃうだろ!? 
 父さんとお母さんは、アイリスまで死ぬことなんて、望んでいないはずだ」

「黙れ黙れ黙れっ! お前に、お前なんかに、何が分かるっ……! 
 ボクにとっての世界は、父さんと母さんが全てだったんだ……!
 友達もいない。何も信じられない……
 父さんと母さんがいないなら、ボクはどう生きればいいんだ?
 ……たしかに、死ぬのも悪くないな。父さんと母さんと一緒の運命を辿れるのなら……」

「アイリス……!」

 俺は思わず駆け出して、アイリスの震える背中を抱きしめた。

「分かる……よく分かるよっ…… 俺も同じだよ。
 俺のお父さんも、俺のお母さんも、俺の二人のお姉ちゃんも、みんな殺されて居なくなった。 ……俺ひとりだけ生き残って、生きてる意味なんてあるのかなって、何度も思ったよ」

 自分の境遇と、アイリスの境遇を、重ねざるには居られなかった。

 今のアイリスは三ヶ月前の俺と同じだ。
 目が覚めた瞬間、家族がみんな居なくなっていて。
 生きることに、完全に絶望した瞬間。
 
「……うるさいっ、同情するなっ。気持ち悪いんだよっ!
 ……ボクはお前なんかとは違う! ボクの歌声には、みんなを幸せにする力があるんだ!
 諦めないかぎり、不可能なんて、何一つないんだからっ!」

 アイリスの身体を後ろにひっぱってみても、アイリスは渾身の力で、地面にしがみついていた。
 どうやら、梃子でもここを動かないらしい。
  
「悪い。アイリス。少し眠ってくれ」

 俺はアイリスの口の中に、即効性の気絶薬を押し込んだ。

「てめっ、ざけんな。ぶちころして、や……」

 アイリスの言葉が途切れて、ぐったりと脱力する。
 彼女の身体は、涙と乾いた血でドロドロだった。

「…………………」

 アイリスのためにも、この二人は、きちんと埋葬してあげたいな。
 俺は、濡れた布巾でアイリスの顔を拭いてから、慎重に背中におんぶした。

 ふと空を見上がると、北西のほうから大きな黒い雲が、こちらにぐんぐんと迫ってくるのが見えた。
 ぽつり、ぽつり、と、小さな水滴が足元で爆ぜる。
 
(めずらしいな。雨が降ってきた)

 獣族独立自治区は、年間を通して雨が少ない。
 それは、獣族独立自治区の東に、魔石の大ダンジョンの跡地と、無限砂漠があるからなのだが。
 本来なら、この雨雲は、農家にとってありがたい雨となるはずだったが。
 アルム村の農作物は、襲撃で広がった火で、ほとんど焼けてしまっていた。

 ザァァァァ……

 と、瞬く間に、小ぶりの雨はどしゃぶりに変わった。
 アイリスを背負って、診療所までの坂道を登りきるころには、全身ずぶ濡れになっていた。
 
 アルム村のみんなは、焼け跡の上で、黒い空を見上げて途方にくれていた。
 家屋がほとんど破壊されたので、雨をしのげる場所は、ほとんど残されていなかったのだ。
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