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1・銀蒼界聞録~天使の忘れ物~前編
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それもまた全てへ繋がる鍵の1つ・・・
絢爛豪華な絵画の大展覧会、様々な人々が飾られた作品を眺め感嘆し、あるいは批評し、ざわめきの海と化した会場を埋め尽くしていた。
その飾られている絵画の中でも、一際人々の注目を浴びている巨大な絵画に聴衆は視線を釘付けにしていた。
「素晴らしい・・・」
「正に天才が描いたと言えるべき作品だ」
「これは後世に伝わる作品だ」
口々から出る賞賛の声と羨望が、その作品を更なる高見へと上げていく。
会場の最奥中央、其処は選ばれた作品しか飾られない栄位ある場所。
「この天使の慈愛の顔・・・」
飾られた作品の名は『尊い人』、巨大な絵画の中の慈愛に満ちた表情を浮べる美しい天使と陰影の見事な純白の百合の花。
背に生えた翼の先まで見事に描き出された絵画が、この展覧会の王として民衆の心を捕らえて魅了する。
しかしその会場にいた2名は、別々の互いの存在が視界に入らない場所で、確実にその作品以外の作品を注目していた。
壁に飾られた数多く在る内の地味と言ってしまえば、それだけの絵画になってしまうがどの作品も、『尊い人』を前にすれば霞んでしまう。
2人が注目したのは中央から手前に近い場所に飾られた、『銀と蒼』とういう、背に巨大な翼を生やした蒼い衣を身に纏う天使と、背に龍の翼を生やした魔物が互いを刺し貫き崩れていく瞬間を捉えた物だった。
誰もその絵の前で足を止めず、流れていくが2人にとっては目の離せない光景を描いていた。
「見つけた・・・」
淡い金髪に鮮やかな緑の瞳の青年が誰にも聞こえずに呟く、見る者の視線を奪う美形だが、誰も彼を振り向かず過ぎて行く。
「素晴らしい・・・」
また別の場所で灰色の髪と青灰色の瞳の青年も、その絵に魅了されていた。
「どうしよう・・・お金が・・・」
街の外れの小高い丘に建つ打ち捨てられ、廃墟と化した教会に青年は住み着いていた。
いつから彼がこの教会に棲み始めたのか誰も知らなかった、唯一判る事と言えば今彼には金が無い。
「はあ・・・また街で仕事探さなきゃ」
パンが買えるか買えないかの小銭を手で弄りながら、肩を越えた薄い黄金色の髪をくすんだ色のりぼんで緩く結び、一張羅と言っても良い服のポケットに小銭を仕舞い、がっくり肩を落とした。
「はああ・・・仕方ないよなあ。絵ダメだったし・・・でもあの絵はすごかった」
街に降り酒場や店や日雇い労働者に混じり、日銭を稼ぎながらその稼いだ金の大半を絵の道具を買うのに注ぎ込み、自身の事を後回しにしているから、常に生活は切り詰められ極貧だった。
「どうせ入選しないって分ってた。でもどうしても描きたかったんだあの絵を・・・」
何かを奉っていた祭壇の、赤い色が長年手入れもされず褪せてしまった絨毯の上に腰を降ろし、蜘蛛の巣の張った天井を蜂蜜色の瞳が見上げる。
一心不乱に昼夜問わず描き続けた自分の集大成と言っても過言ではない『銀と蒼』の絵を、数年に一度行われる街の大展覧会に出品したが、結果は見事に落選、あの時のショックとそして入賞した絵画の素晴らしさに、自分の限界を見てしまった。
「ふう、こうしてても埒が明かない。働かないと」
重い腰を上げ服に付いた埃を払いながら、教会を出ようとすると建て付けの悪い軋んだ木製の扉が、音を建てながら光と共に人が入ってくる。
こんな廃墟の教会を訪ねて来た人間など今迄いなかった、勝手に住み着いても誰も文句など言わなかったが一体誰が尋ねて来たのか、昼でも薄暗い教会の中、急に差し込んだ逆境でシルエットしか見えない。
「どなたですか?」
「こちらにいると聞いたので」
目が慣れ訪ねて来た人物が視界に入ると、青年は訪問者に見惚れてしまう。
深緑の瞳とさらりと揺れる金色の淡い髪、微笑を浮べている自分と同年代の青年は正しく天使と呼ぶに相応しい容姿をしていた。
「あの」
「絵の依頼をしに来ました」
ゆっくりとこちらに向かってくる所作も美しく、この廃墟に似つかわしくなかった。
「え、あ、あの」
「貴方の絵、展覧会で拝見しました。是非絵を一枚描いて欲しいんです」
「そ、そんな。僕の絵なんて・・・他にも素晴らしい画家は沢山います」
余り人と会話する機会も無く、まして相手は目も眩む美形から依頼され、頬を赤く染めながらしどろもどろになってしまう。
「いえ・・・貴方のあの絵に惹かれたんです。貴方の絵が欲しい」
「あ、ありがとうございます」
人から求められたのは初めてで、涙が出そうになったが深々と頭を下げた。
「絵のサイズはお任せします。あの展覧会で描いた天使の絵をお願いします」
「は、はい」
クスリと笑いながら、何処か懐かしげな思いを込めて見つめる。
「僕はラフィエルと言います」
その瞳に心をざわめかせながら、自己紹介と手を差し出され自分の服で掌を拭いながら、手を握ると細く骨ばってはいるが微かな温もりと柔らかな手の感触を感じる。
「い、一週間程で出来ると思います」
「そうですか、では一週間後のこの時間にまた来ます。これは前金です、これで良い道具を揃えて素晴らしい絵を描いて下さい」
ラフィエルが懐出した小さな布袋を手渡し、静かに教会を出て行く。
その背を見惚れながら見送ると、改めて布袋の重さを感じ中を見ると、信じられない額の金貨が入っていた。
「こ、こんなに!?」
布袋ともういなくなってしまったドアを交互に見つめ、呆然としてしまうラフィエルがくれた前金は確実に、半年は遊んで暮らせる額だったからだ。
「いいんだろうかこんなに貰ってしまって、でもこれなら額も絵の具も紙も何もかも素晴らしい物が揃う」
藍色のマントを羽織り街に降りながら、あの廃墟にも置けないラフィエルから貰った金貨全てを懐に入れながら、人としての理性と画家としての欲望が鬩ぎ合う。
「いい絵を描こう!うん、気に入って貰えなければお金を返して謝ろう」
やや前向きに、街に入ると貧富が交じり合う喧騒が伝わり、自然と笑みが浮かぶ。
「さて、画材屋に」
画家が多く住み大小様々な美術館や展覧会を常に行い、それを観光の一部として街は反映し栄えている為、画家などを相手に生業をしている画材屋が点々としている、いつもは質の良くない安い画材屋でも絵の具1つ、筆一本の値段を捻出するのも困難な状態だったが、今日は街で最も大きく品揃え質どれをとっても一級の店に赴く。
「すごい」
人通りの多い街角の一角にある老舗の画材屋に足を踏み入れると、絵の具と紙の匂いが鼻を通り過ぎる、いつもは指を加え見ているしかなかったが今日は違う。
「よし」
まずは絵の具選びから始め1つ1つ色を吟味していく、楽しくて仕方が無い。
「おや、どこの誰かと思ったら君か」
聞き覚えのある声に回れ右をして帰りたいが、そうも行かず振り向いて口元をひく付かせた笑顔を向ける。
「ああ、やあ」
「こんな所で会うなんて珍しいじゃないか」
上質な服に身を包み黒のマントに、黒い絹の手袋をした青年が男女問わず、取り巻きを引き攣れ爽やかな笑みを浮べていた。
「クロード、この人は?」
取り巻きの1人の妖艶な女性が、クロードと呼ばれた青年の肩にしなだれながら、赤く濡れた唇をこちらに視線を動かしながらこちらを眺め、上から下まで視線を動かし、興味が沸かなかったのか再びクロードに熱い視線を向けた。
「彼も、展覧会に作品を出品したんだ。中々蒼が良い色だった」
「君こそ・・・入選おめでとう」
あの『尊い人』を描いたのは目の前にいる、クロード本人だった。
あの画力と迫力と惹き込まれるあの表情の豊かさ、あの絵を観た時に感じた羨望や嫉妬が入り混じった感情が生まれる。
「クロードが入選するのは当たり前よ」
「そうだ、今じゃ街はクロードの話しで持ちきりだ」
「彼は宮廷画家として呼ばれているのよ」
口々に皆クロードを褒め称え賞賛する、羨ましいと思わないと言えばうそになるが、それが才能の差で在るならば仕方ない。
「君の絵も良いがな、あの悪魔の銀があってはいないな。あの蒼に負けてしまう」
棚に並んでいる銀の1つ、この店の中の絵の具では最も高価なそれを手に取り、黒い絹の手袋から手渡される。
「これは私から君に贈ろう」
「ありがとう」
施しではなく自分の絵を認めてくれた上でのプレゼントなら、悪い気もしない。
口元に笑みを浮かべ去って行く、その姿を見送りながら買い物に専念した。
買い物に夢中になりすっかり日も暮れ、馴染みの酒場に顔を出す。
「おや、今日も働きに来たのか?」
「違います今日は食事に来ました」
「ああ、珍しいな。ま、食ってけ」
いつもは日銭と賄いを貰いに雑用をしに来るが、今日は客として店の片隅で温かい食事にありつく。
後は教会に戻り絵の作業に取り掛かればいい、良い絵を描こうと意気込んでゆっくりと夜の喧騒に呑み込まれて行く。
「美味いなあ」
酒は飲まず食事をし客の数人に話しかけられ、展覧会は残念だった、クロードの絵はすごいなと皆ほろ酔い加減で、一日の労働を此処で癒す。
会計を済ませ外に出れば、労働者達や夜の女達が客引きをし、昼間とはまた違った顔を街は見せてくれる。
「さて、戻ろう」
荷物は重いし嵩張るがそれもまた、至福の重みとして丘を登る。
「さて、さっそく作業に・・・」
「すみません」
軋むドアを開けようと、荷物を地面に置いた所で今迄誰もいなかった筈の後ろから、声を掛けられ驚きながら後ろを振り向く。
「え、な、何か?」
「驚かせてしまってすみません」
穏やかな声で詫びるのは、夜の闇に浮かぶ灰色の髪と青灰色の瞳の青年だった。
「今日貴方の絵を展覧会で観たんです。それで絵の依頼を・・・」
昼間訪れたラフィエルとは対照的な青年だったが、やはり彼も整った顔をしている。
「あ、ありがとうございます。なんでしたら中に・・・勝手に住んでいるんでひどい有様ですが」
今日は何だか付いている日なのかもしれない、一度に2人から絵の依頼を受けるとは後にも先にもこれ一回だけかもしれない。
「それでは、失礼します」
片目にモノクルを掛け洗練された仕草は、高貴な身分に使える執事のようで釘付けになってしまう。
「すみません、実は昼に絵の注文を受けたので仕上がるのは、2週間程先になるんですが・・・」
「ああ、構いませんよ」
「そうですか、ではどんな絵を?」
「貴方が描いた『銀と蒼』の悪魔を描いて頂けますか?是非私の主人に贈りたい」
昼間の注文とは逆に悪魔の方を依頼され、思わず首を傾げる。
実は2人は知り合いなのだろうか、けれどそんな詮索を止め絵の依頼に集中する。
「は、はい。あ、あのでも1つ聞いても良いですか?」
「どうぞ」
軽く目を伏せ優雅に右手を左手に当てお辞儀をする姿に、見惚れてしまう。
「どうして僕に?あの展覧会の中には僕が描いた絵よりも、優れた作品は沢山あったのに・・・」
決して自分の実力を卑下するつもりは無いが、あの展覧会の中に飾られた自分の絵はそれ程目立つ訳でもなく、只あそこに存在していただけだと感じた。
「いえ、貴方の絵はとても素晴らしいですよ。それにあの絵を描いた貴方だから、依頼するのです」
「そ、そこまで言って貰えるなら・・・」
自分の全てを賭けた絵だからこそ、そう言って貰えるのが本当に嬉しい、心を込めて描こうと決めた。
「では、こちらは前金です。これで素晴らしい絵を描いて下さい」
優雅な仕草で懐から小さい布袋を取り出し差し出す、それを丁重な手付きで受け取る。
「2週間後のこの時間に来ます」
「あ、あの名前を教えて頂いても良いですか?」
「名乗るほどではないですが、ベルと呼んで下さい」
「ベルさん」
「では、また後日」
最後にクスリとベルが笑い教会を後にする、手に乗せた布袋は重く昼にラフィエルから渡された金貨と同じ位重みがあった・・・。
「出て来たらどうです?」
教会を離れ暫くしてから、ベルが夜の闇に向い声を投げ掛ける。
「ふふ、まさかケルベロスが来るとはねえ」
笑い声と共に昼間街で、銀色の絵の具を贈ったクロードが黒いステッキを弄りながら現れた。
「中央界は其処まで貴方にとって居心地がいいものですか?」
「君も住んでみてはどうかな?」
「遠慮しておきますよ」
ケルベロスと言われモノクルを外し、丁寧な仕草で胸ポケットにしまう。
「絵の依頼なら、私にすればいいのに」
ステッキを地面に立て柄に両手を乗せ、ケルベロスを眺めた。
「貴方には頼みませんよ。天使の絵で入賞するようではね、あの描いた天使は彼でしょう」
クロードが描いた絵の天使は淡い黄金色の髪と、蜂蜜を溶かした琥珀色の瞳をした天使だった。
「流石、お見事。モデルにした本人も気づかなかったのに」
パチパチと乾いた音をたて、大袈裟に拍手を叩く。
「命令違反じゃないんですか?貴方は監視だけをしていればいい」
「それじゃあ、つまらないじゃないか。せっかくの中央界だ、楽しまなくてはね、争いも終わり再び退屈な時間が単調に過ぎていくよりかは、此処に居た方が楽しめる」
「・・・余計な事ばかりして」
「ふふ、王は何も言わないさ。あの方は全てを知っている」
杖を持ち振り回しながらケルベロスに近付く、吐息が交わりかねない至近距離で、青灰色の瞳と黒に近い赤い瞳が互いの顔を映し出す。
「貴方は王の命を聞き、監視を続けて下さい」
「はいはい」
先に視線を外したクロードがおどけた仕草で両手を挙げる、ケルベロスが闇に溶け込み姿を消した。
「・・・君も分っているだろう、全ての答えは絵の中さ」
返事が返って来る筈の無い空間に投げ掛ける、クロードの中で1つの答えが導き出された。
絢爛豪華な絵画の大展覧会、様々な人々が飾られた作品を眺め感嘆し、あるいは批評し、ざわめきの海と化した会場を埋め尽くしていた。
その飾られている絵画の中でも、一際人々の注目を浴びている巨大な絵画に聴衆は視線を釘付けにしていた。
「素晴らしい・・・」
「正に天才が描いたと言えるべき作品だ」
「これは後世に伝わる作品だ」
口々から出る賞賛の声と羨望が、その作品を更なる高見へと上げていく。
会場の最奥中央、其処は選ばれた作品しか飾られない栄位ある場所。
「この天使の慈愛の顔・・・」
飾られた作品の名は『尊い人』、巨大な絵画の中の慈愛に満ちた表情を浮べる美しい天使と陰影の見事な純白の百合の花。
背に生えた翼の先まで見事に描き出された絵画が、この展覧会の王として民衆の心を捕らえて魅了する。
しかしその会場にいた2名は、別々の互いの存在が視界に入らない場所で、確実にその作品以外の作品を注目していた。
壁に飾られた数多く在る内の地味と言ってしまえば、それだけの絵画になってしまうがどの作品も、『尊い人』を前にすれば霞んでしまう。
2人が注目したのは中央から手前に近い場所に飾られた、『銀と蒼』とういう、背に巨大な翼を生やした蒼い衣を身に纏う天使と、背に龍の翼を生やした魔物が互いを刺し貫き崩れていく瞬間を捉えた物だった。
誰もその絵の前で足を止めず、流れていくが2人にとっては目の離せない光景を描いていた。
「見つけた・・・」
淡い金髪に鮮やかな緑の瞳の青年が誰にも聞こえずに呟く、見る者の視線を奪う美形だが、誰も彼を振り向かず過ぎて行く。
「素晴らしい・・・」
また別の場所で灰色の髪と青灰色の瞳の青年も、その絵に魅了されていた。
「どうしよう・・・お金が・・・」
街の外れの小高い丘に建つ打ち捨てられ、廃墟と化した教会に青年は住み着いていた。
いつから彼がこの教会に棲み始めたのか誰も知らなかった、唯一判る事と言えば今彼には金が無い。
「はあ・・・また街で仕事探さなきゃ」
パンが買えるか買えないかの小銭を手で弄りながら、肩を越えた薄い黄金色の髪をくすんだ色のりぼんで緩く結び、一張羅と言っても良い服のポケットに小銭を仕舞い、がっくり肩を落とした。
「はああ・・・仕方ないよなあ。絵ダメだったし・・・でもあの絵はすごかった」
街に降り酒場や店や日雇い労働者に混じり、日銭を稼ぎながらその稼いだ金の大半を絵の道具を買うのに注ぎ込み、自身の事を後回しにしているから、常に生活は切り詰められ極貧だった。
「どうせ入選しないって分ってた。でもどうしても描きたかったんだあの絵を・・・」
何かを奉っていた祭壇の、赤い色が長年手入れもされず褪せてしまった絨毯の上に腰を降ろし、蜘蛛の巣の張った天井を蜂蜜色の瞳が見上げる。
一心不乱に昼夜問わず描き続けた自分の集大成と言っても過言ではない『銀と蒼』の絵を、数年に一度行われる街の大展覧会に出品したが、結果は見事に落選、あの時のショックとそして入賞した絵画の素晴らしさに、自分の限界を見てしまった。
「ふう、こうしてても埒が明かない。働かないと」
重い腰を上げ服に付いた埃を払いながら、教会を出ようとすると建て付けの悪い軋んだ木製の扉が、音を建てながら光と共に人が入ってくる。
こんな廃墟の教会を訪ねて来た人間など今迄いなかった、勝手に住み着いても誰も文句など言わなかったが一体誰が尋ねて来たのか、昼でも薄暗い教会の中、急に差し込んだ逆境でシルエットしか見えない。
「どなたですか?」
「こちらにいると聞いたので」
目が慣れ訪ねて来た人物が視界に入ると、青年は訪問者に見惚れてしまう。
深緑の瞳とさらりと揺れる金色の淡い髪、微笑を浮べている自分と同年代の青年は正しく天使と呼ぶに相応しい容姿をしていた。
「あの」
「絵の依頼をしに来ました」
ゆっくりとこちらに向かってくる所作も美しく、この廃墟に似つかわしくなかった。
「え、あ、あの」
「貴方の絵、展覧会で拝見しました。是非絵を一枚描いて欲しいんです」
「そ、そんな。僕の絵なんて・・・他にも素晴らしい画家は沢山います」
余り人と会話する機会も無く、まして相手は目も眩む美形から依頼され、頬を赤く染めながらしどろもどろになってしまう。
「いえ・・・貴方のあの絵に惹かれたんです。貴方の絵が欲しい」
「あ、ありがとうございます」
人から求められたのは初めてで、涙が出そうになったが深々と頭を下げた。
「絵のサイズはお任せします。あの展覧会で描いた天使の絵をお願いします」
「は、はい」
クスリと笑いながら、何処か懐かしげな思いを込めて見つめる。
「僕はラフィエルと言います」
その瞳に心をざわめかせながら、自己紹介と手を差し出され自分の服で掌を拭いながら、手を握ると細く骨ばってはいるが微かな温もりと柔らかな手の感触を感じる。
「い、一週間程で出来ると思います」
「そうですか、では一週間後のこの時間にまた来ます。これは前金です、これで良い道具を揃えて素晴らしい絵を描いて下さい」
ラフィエルが懐出した小さな布袋を手渡し、静かに教会を出て行く。
その背を見惚れながら見送ると、改めて布袋の重さを感じ中を見ると、信じられない額の金貨が入っていた。
「こ、こんなに!?」
布袋ともういなくなってしまったドアを交互に見つめ、呆然としてしまうラフィエルがくれた前金は確実に、半年は遊んで暮らせる額だったからだ。
「いいんだろうかこんなに貰ってしまって、でもこれなら額も絵の具も紙も何もかも素晴らしい物が揃う」
藍色のマントを羽織り街に降りながら、あの廃墟にも置けないラフィエルから貰った金貨全てを懐に入れながら、人としての理性と画家としての欲望が鬩ぎ合う。
「いい絵を描こう!うん、気に入って貰えなければお金を返して謝ろう」
やや前向きに、街に入ると貧富が交じり合う喧騒が伝わり、自然と笑みが浮かぶ。
「さて、画材屋に」
画家が多く住み大小様々な美術館や展覧会を常に行い、それを観光の一部として街は反映し栄えている為、画家などを相手に生業をしている画材屋が点々としている、いつもは質の良くない安い画材屋でも絵の具1つ、筆一本の値段を捻出するのも困難な状態だったが、今日は街で最も大きく品揃え質どれをとっても一級の店に赴く。
「すごい」
人通りの多い街角の一角にある老舗の画材屋に足を踏み入れると、絵の具と紙の匂いが鼻を通り過ぎる、いつもは指を加え見ているしかなかったが今日は違う。
「よし」
まずは絵の具選びから始め1つ1つ色を吟味していく、楽しくて仕方が無い。
「おや、どこの誰かと思ったら君か」
聞き覚えのある声に回れ右をして帰りたいが、そうも行かず振り向いて口元をひく付かせた笑顔を向ける。
「ああ、やあ」
「こんな所で会うなんて珍しいじゃないか」
上質な服に身を包み黒のマントに、黒い絹の手袋をした青年が男女問わず、取り巻きを引き攣れ爽やかな笑みを浮べていた。
「クロード、この人は?」
取り巻きの1人の妖艶な女性が、クロードと呼ばれた青年の肩にしなだれながら、赤く濡れた唇をこちらに視線を動かしながらこちらを眺め、上から下まで視線を動かし、興味が沸かなかったのか再びクロードに熱い視線を向けた。
「彼も、展覧会に作品を出品したんだ。中々蒼が良い色だった」
「君こそ・・・入選おめでとう」
あの『尊い人』を描いたのは目の前にいる、クロード本人だった。
あの画力と迫力と惹き込まれるあの表情の豊かさ、あの絵を観た時に感じた羨望や嫉妬が入り混じった感情が生まれる。
「クロードが入選するのは当たり前よ」
「そうだ、今じゃ街はクロードの話しで持ちきりだ」
「彼は宮廷画家として呼ばれているのよ」
口々に皆クロードを褒め称え賞賛する、羨ましいと思わないと言えばうそになるが、それが才能の差で在るならば仕方ない。
「君の絵も良いがな、あの悪魔の銀があってはいないな。あの蒼に負けてしまう」
棚に並んでいる銀の1つ、この店の中の絵の具では最も高価なそれを手に取り、黒い絹の手袋から手渡される。
「これは私から君に贈ろう」
「ありがとう」
施しではなく自分の絵を認めてくれた上でのプレゼントなら、悪い気もしない。
口元に笑みを浮かべ去って行く、その姿を見送りながら買い物に専念した。
買い物に夢中になりすっかり日も暮れ、馴染みの酒場に顔を出す。
「おや、今日も働きに来たのか?」
「違います今日は食事に来ました」
「ああ、珍しいな。ま、食ってけ」
いつもは日銭と賄いを貰いに雑用をしに来るが、今日は客として店の片隅で温かい食事にありつく。
後は教会に戻り絵の作業に取り掛かればいい、良い絵を描こうと意気込んでゆっくりと夜の喧騒に呑み込まれて行く。
「美味いなあ」
酒は飲まず食事をし客の数人に話しかけられ、展覧会は残念だった、クロードの絵はすごいなと皆ほろ酔い加減で、一日の労働を此処で癒す。
会計を済ませ外に出れば、労働者達や夜の女達が客引きをし、昼間とはまた違った顔を街は見せてくれる。
「さて、戻ろう」
荷物は重いし嵩張るがそれもまた、至福の重みとして丘を登る。
「さて、さっそく作業に・・・」
「すみません」
軋むドアを開けようと、荷物を地面に置いた所で今迄誰もいなかった筈の後ろから、声を掛けられ驚きながら後ろを振り向く。
「え、な、何か?」
「驚かせてしまってすみません」
穏やかな声で詫びるのは、夜の闇に浮かぶ灰色の髪と青灰色の瞳の青年だった。
「今日貴方の絵を展覧会で観たんです。それで絵の依頼を・・・」
昼間訪れたラフィエルとは対照的な青年だったが、やはり彼も整った顔をしている。
「あ、ありがとうございます。なんでしたら中に・・・勝手に住んでいるんでひどい有様ですが」
今日は何だか付いている日なのかもしれない、一度に2人から絵の依頼を受けるとは後にも先にもこれ一回だけかもしれない。
「それでは、失礼します」
片目にモノクルを掛け洗練された仕草は、高貴な身分に使える執事のようで釘付けになってしまう。
「すみません、実は昼に絵の注文を受けたので仕上がるのは、2週間程先になるんですが・・・」
「ああ、構いませんよ」
「そうですか、ではどんな絵を?」
「貴方が描いた『銀と蒼』の悪魔を描いて頂けますか?是非私の主人に贈りたい」
昼間の注文とは逆に悪魔の方を依頼され、思わず首を傾げる。
実は2人は知り合いなのだろうか、けれどそんな詮索を止め絵の依頼に集中する。
「は、はい。あ、あのでも1つ聞いても良いですか?」
「どうぞ」
軽く目を伏せ優雅に右手を左手に当てお辞儀をする姿に、見惚れてしまう。
「どうして僕に?あの展覧会の中には僕が描いた絵よりも、優れた作品は沢山あったのに・・・」
決して自分の実力を卑下するつもりは無いが、あの展覧会の中に飾られた自分の絵はそれ程目立つ訳でもなく、只あそこに存在していただけだと感じた。
「いえ、貴方の絵はとても素晴らしいですよ。それにあの絵を描いた貴方だから、依頼するのです」
「そ、そこまで言って貰えるなら・・・」
自分の全てを賭けた絵だからこそ、そう言って貰えるのが本当に嬉しい、心を込めて描こうと決めた。
「では、こちらは前金です。これで素晴らしい絵を描いて下さい」
優雅な仕草で懐から小さい布袋を取り出し差し出す、それを丁重な手付きで受け取る。
「2週間後のこの時間に来ます」
「あ、あの名前を教えて頂いても良いですか?」
「名乗るほどではないですが、ベルと呼んで下さい」
「ベルさん」
「では、また後日」
最後にクスリとベルが笑い教会を後にする、手に乗せた布袋は重く昼にラフィエルから渡された金貨と同じ位重みがあった・・・。
「出て来たらどうです?」
教会を離れ暫くしてから、ベルが夜の闇に向い声を投げ掛ける。
「ふふ、まさかケルベロスが来るとはねえ」
笑い声と共に昼間街で、銀色の絵の具を贈ったクロードが黒いステッキを弄りながら現れた。
「中央界は其処まで貴方にとって居心地がいいものですか?」
「君も住んでみてはどうかな?」
「遠慮しておきますよ」
ケルベロスと言われモノクルを外し、丁寧な仕草で胸ポケットにしまう。
「絵の依頼なら、私にすればいいのに」
ステッキを地面に立て柄に両手を乗せ、ケルベロスを眺めた。
「貴方には頼みませんよ。天使の絵で入賞するようではね、あの描いた天使は彼でしょう」
クロードが描いた絵の天使は淡い黄金色の髪と、蜂蜜を溶かした琥珀色の瞳をした天使だった。
「流石、お見事。モデルにした本人も気づかなかったのに」
パチパチと乾いた音をたて、大袈裟に拍手を叩く。
「命令違反じゃないんですか?貴方は監視だけをしていればいい」
「それじゃあ、つまらないじゃないか。せっかくの中央界だ、楽しまなくてはね、争いも終わり再び退屈な時間が単調に過ぎていくよりかは、此処に居た方が楽しめる」
「・・・余計な事ばかりして」
「ふふ、王は何も言わないさ。あの方は全てを知っている」
杖を持ち振り回しながらケルベロスに近付く、吐息が交わりかねない至近距離で、青灰色の瞳と黒に近い赤い瞳が互いの顔を映し出す。
「貴方は王の命を聞き、監視を続けて下さい」
「はいはい」
先に視線を外したクロードがおどけた仕草で両手を挙げる、ケルベロスが闇に溶け込み姿を消した。
「・・・君も分っているだろう、全ての答えは絵の中さ」
返事が返って来る筈の無い空間に投げ掛ける、クロードの中で1つの答えが導き出された。
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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