銀蒼界聞録~Deep Lovers~

深楽朱夜

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「ひっ!!!だ、誰か」
 夜の公園で暗闇に潜む2つの光と、餓えた獣の喉を鳴らす声が、恐怖心を駆り立てられる。
 じっくりと獲物を嬲りものにしようと、獣はゆっくりと後を追う。
「た、助け・・・」
 恐怖心で声が出ない足が竦む、腰が抜け足で後ろへと逃れようとする。
 その獲物の姿を楽しむかのようにギラギラ闇に浮かぶ瞳を細め、裂けた口から滴る唾液が地面に染みを作った。
「ひぃい」
 なんとか抜けてしまった腰を上げ、獣に背を向けがむしゃらに走った。
「だ、誰かあ!!!!」
 人気の無い公園で逃げ惑う、獣の黒い足が俊敏に獲物の背中に喰らいつく。
「ぎゃああああああッ!!!!」
 獲物が外灯の下に姿を現す、その獣は漆黒の毛色の大型犬の姿をしていた。
「ひぐ・・・」
 獲物が地面に崩れ痙攣と微かな息が漏れ、そのまま動きと呼吸が止まる。
 涙と恐怖に彩られたまま瞳は大きく見開かれ、地面には紅い血が広がった。
「チ・・・こいつもハズレだ」
 首に喰らいついていた獣の口から人語が聞こえる、首から口を離し長い舌で獲物の首をピチャピチャと舐め啜る。
「あーあ、めんどい」
 長い黒い尾を幾度も振り、思うが侭本能に従い血肉を貪った。
「あー何処にいるんだか、もう明日になっちまう。狩りはいい退屈凌ぎにはなるがな」
 獲物から口を離し背を撓らせながら、身体を震わせ人の形へと変型する。
 獲物の背に馬乗りになり、口元を血で濡らした青年が現れた。
「これは前菜だ、明日は天使の肉が食える」
 紅い髪を1束編みそれを背中の辺りまで垂らし、縦長の黄色い瞳孔が猫の様に細まる。
「ついでにあいつの肉も喰ってやろうか」
 闘争本能と欲望のままに生きる獣が、高らかに嗤い声を上げた。
 
「洸紀大丈夫?」
「うん、平気だよ。気分転換にもなるから・・・」
 昼時の人混みに紛れ、洸紀と空が映画館の中に入る。
「ならいいんだけど」
 白いシャツに赤と黒のチェックのネクタイと揃いのミニスカートに、ブーツ姿の空と緑と黒のチェックのシャツに黒のパーカーと、緩めのジーンズを履いた洸紀は傍から見ればカップルに見えなくも無いが、2人にしてみれば只の友人との遊びでしかない。
「これでしょ」
「そう、これこれ!早く行こう」
「はいはい」
 先を行く空に促され中へと入る、頭痛もすっかり消え調子も良く映画に専念しようと気持ちを切り替えた。

「面白かった!あーもう主役2人がかっこ良かった!!」
 映画が終わり早速買い求めたパンフレットを、胸に抱きかかえる空の後ろを洸紀が歩く。
「ホラーだと思って見てたけど、面白かったよ。特に主人公が終盤開き直って何もかも受け入れながら、それでも希望を最後まで失わなかった所がね」
 映画の内容を振り返る、夜を生きる紅い手の青年と平凡な学生が主人公のホラー映画。
 主人公の学生の周辺で起こる不可解な死、その原因を探りながら、紅い手の青年と取引をし真相を突き止めていく。
 売りはホラーで猟奇的な殺人だが、サスペンス仕立てに仕上がっており、最後まで手に汗を握る予想外な展開、衝撃的なラストがホラー好きではない洸紀にも見応えがあった。
「そうそう。彼の友達たちの仇を取る為に立ち向かって行く姿が、サイコー!紅い手の人もクールで良かった!!」 
「そうだね、何か雰囲気のある俳優だったよ」
 特に自分の欲望のまま、殺戮をするシーンは圧巻だった。
「そうだね、こう色気がある!あ、お腹減っちゃった。軽く食べて帰ろうよ」
「うん、外に出ようか」
「最近駅ビルに出来たカフェにしよー」
 時刻は15時過ぎのちょうどお茶の時間にはぴったりだった、駅ビルの最上階にある景色が売りのカフェに入ると、女性客を中心に賑わっていた。

「あーもう遅くなっちゃったね」
「空がゲーセンに行こうって言うからだよ」
「洸紀だって好きでしょ」
 カフェでお茶を飲んだ後ゲームセンターで遊んでいたら、すっかり日は沈み夜になってしまった。
「夢中で遊んでいたから急ごう、野犬騒ぎが起きている辺りを通らないと帰れないし」
「う、うん」
 人気の余り無い住宅地の公園辺りを通り過ぎれば、車通りもある道路に出られるので足早に帰りを急ぐ。
「ひ!うわわわあああぁっ!!!」
 最近連続で起きている野犬騒ぎで夜などあまり出歩かないように、地域で注意を促されている公園から、男性の悲鳴が聞こえて来た。
「なっ!」
「悲鳴だよね!」
 2人の足が止まりお互いに顔を見合わせながら、公園の方を見つめる。
「警察に電話して・・・」
「洸紀、中に入ろう!今の人が生きていたら助けないと」
「ダメだよ!僕達だって危ない。とにかく警察が来るのを待とう」
 ジーンズのポケットに入れた携帯を取り出し、警察に電話を掛ける為に番号を押そうとして、空の震える手に遮られた。
「こ、洸紀・・・」
 空に呼ばれ顔を上げ正面を見ると、突然現れた黒い大きな野犬が2人の前に立ち塞がる。
「何時の間に!」
 避けた口から滴る透明な唾液、グルル・・・喉を鳴らしながら2人を狙うギラギラした瞳、獲物は確実に2人に定められていた。
「に、逃げよう・・・」
 空の腕を掴み後ろに逃げようとすると、黒い野犬が襲い掛かって来た。
「きゃあ!」
「空、危ない!」
 咄嗟に空を庇う為腕を前に出すと、野犬の爪が服を裂き腕を薄く切り裂く。
「つう!」
「洸紀!」
「う、逃げないと」
 泣きそうな空の腕を取り、一本道を走るよりかは公園の中に入り、時間を稼いで警察を呼ぼうと走り出した。
 野犬はその背を見送り、鋭い爪にこびり付いた洸紀の血を舐め取り、目を細め口を大きく歪めて嗤う仕草をした。
『みーっけ』

「はあ、はあ・・・急いで警察に・・・早く逃げよう」
「こ、洸紀・・・血出てるよ」
 息を切らしながら公園の中央にまで出た所で、足を止めると空が涙を浮べながら、震える手で洸紀の傷に触れる。
「だ、大丈夫・・・」
 いつもは気が強く大人びた空の表情に、痛みを感じながら顔を綻ばせた。
「ク、ハハ・・・こんな時に女とイチャつくとはねえ」
  2人の頭上から馬鹿にする声が聞こえ、声が聞こえる外灯の上を見ると器用に外灯に座る野犬と目が合った。
「しゃ、喋ってる!」
「そんな、犬が?」
 頭上で得意げに大きな尻尾を振る犬が、にやりと目を細め地面に音を立てず降り立つ。
「は、走るよ!空!」
 危機感を覚え空の腕を掴み再び走り出そうとすると、2人を飛び越え正面に立ちはだかる。
「おいおい、久々の再会だっていうのに、相変わらず連れないねえ」
「え?」
 再会と言われ洸紀に心当たりが無く、空の方を見ても只震えているだけだった。
「中々上手い事溶け込んでると思うぜ」
 野犬の首が垂れ、身体が一瞬膨らみ人型へと姿を変えた。
「そんな」
「犬が人に!」
 逃げるのも忘れ唖然と人型になった野犬を見つめる、臍出しのボンテージと拘束具が付いた黒いパンツとブーツを身に着けた赤い髪の、ビジュアル系バンドのメンバーの様な青年が現れた。
 一箇所黄色い縦長の瞳孔を除けば、派手な人間にしか見えない。
「ふあ。あー狩りはまあまあ楽しかったが、獲物が弱すぎて飽きていたから丁度いいな」
「狩り・・・まさかこの辺で人を襲っていたのって」
「俺様だよん」
「ひどい!みんな大怪我してまだ入院しているのに!」
 男がケタケタ嫌な笑い声を上げる、洸紀の本能が危険を感じ空を自分の後ろに立たせた。
「ヒュー見せつけてくれるじゃん。けどなあ用があんのは女じゃなくてお前なんだよ」
 黒の皮手袋を嵌めた手が瞬時に洸紀に向かって伸びる寸前で、2人の間を純白の剣が阻む。
「っ!?」
「この剣って・・・」
 男が後ろに飛び、洸紀が純白の剣を瞳に映す。
 白く輝く夜の闇すら呑み込む剣、胸の何処かで感じる焦燥に服の上から心臓の辺りを掴む。
「あいつか。まあ丁度良い、出て来いよ」
 男の唇から長く紅い舌を出し、舌なめずりをする。
「早く早く、お前の肉が喰いたくて仕方ねえんだよ」
「貴様に喰われる筋合いは無い」
 白い剣が宙に浮かび暗闇に茂みに向かう、剣を手に取り街頭の明かりの下に1人の少年が現れた。
「真上・・・君?」
「真上って、洸紀のクラスの転校生?」
 突然現れた秦に2人も驚く、野犬男と知り合いなのだろうか、両者の睨み合いに空気が震える。
「どうして?此処に」
「話しは後だ」
 洸紀に背を向けたまま野犬男と対峙し斬りかかった、男がそれをかわし右手の爪を変化させ、長く尖らせ秦に襲い掛かった。
「あー喰いてえ、喰いてえなあ」
「なら、これでも喰ってろ!」
 剣圧で男を飛ばし左手から生み出した蒼い炎を、男に向かってぶつけた。
「ひゅー、あぶねえ。これが同族狩りの浄化の炎・・・俺様もまともに喰らったらタダじゃすまねえな」
 間一髪宙に逃げ対象を失った炎が消える。
「ちっ」
 秦が体勢を整える、その蒼い炎を見た洸紀脳裏に白い閃光が奔る。
「あ・・・」
「洸紀!?どうしたの」
 頭を抱え急に震え始めた洸紀を空が支える、蒼い炎と白い剣、思い出さなければならない何かが洸紀を掻き立てた。
「こんな時に!」
 横目で洸紀を視界に入れた秦がこの争いを、少しでも早く終息させる為に、蒼い炎をいくつも球にに変え野犬男にぶつける。
「ひゃひゃ、んなもんいくら来ても・・・!」
 易々と幾つもの球を避けているが、背後から球が1つ更に分散され四肢に喰らい付く。
「くそ!」
「自信の実力を過信した結果だ。恨むなら自分を恨め」
「ぎゃああ!てめ!」
 蒼い炎が男の身体を呑み込みながら増殖していく、苦しみもがきながら叫ぶ。
「時期に炎が貴様を焼き尽くす」
 剣を構え男に向かって止めを刺そうと駆ける、炎に撒かれながら男が洸紀達に向かって腕を振り凶器となった爪を飛ばした。
「何!」
 予期していなかった行動に秦の動きが止まり、震えていた洸紀目掛けて爪が向かう。
 何もかもがゆっくりと動く、その中で空だけが洸紀の前に立って爪で身体を裂かれてしまった。
「空っ!?」
「へ、わりいな。俺様の目的は・・・これさ・・・こいつを連れて帰るわけねえ・・・だろ・・・そいつは・・・もう・・・失敗しちま・・・ったけどな・・・」
「・・・こんな事をしてお前の上が黙っていないだろう」
 途切れ途切れ言葉を吐いて嗤う男から、距離を取り洸紀達に向かう。
 男は苦しみながらも、嗤っていた。
「そ、そんな。空!空、目を開けて!」
 座り込んだ洸紀の腕の中でぐったりしている空に、懸命に声を掛けるが傷が深く血が洸紀の身体を濡らしていく。
「無理だ、この傷では助からない」
 秦が洸紀達を見下ろし決定的な言葉を洸紀に告げ、洸紀の目からは涙が溢れ絶望が一気に膨れ上がる。
「あ・・・あ、ああ!」
 叫び声が夜の公園に響き渡り、洸紀の周辺に今まで吹いていなかった風が吹く。
「よくも空を!」
 炎に塗れる男を涙を流したままの目で睨み付け、風で髪が宙に浮かび男に向って風の衝撃波が向かった。
「ぎゃあ!!う・・・蘇ったのかよ・・・アイツが!?」
 衝撃波に裂かれ黒い血が溢れ出す、男が裂かれた腹を押さえながら、死を感じ力を振り絞って闇へと逃げ込んだ。
「待て!」
 秦が追いかけようとしたが、洸紀をこのままにしておけずその場に残った。
「どうして・・・どうして空が・・・?」
 風が行く宛ても無く舞い続ける、洸紀の涙が止む事無く秦を虚ろな瞳で見つめた。
「お前に・・・関わったからだ。だからこの女の命は此処で終わる」
 冷たい秦の言葉に現実が受け入れられずに、空の身体に縋った。
「こお・・き・・・」
「空!今すぐ病院に・・・」
「いいの・・・分るよ・・・自分の事だもん・・・助からないから・・・」
「そんな事無い」
 僅かに目を開け空が辛うじて言葉を紡ぐ、必死で空の命を繋ぎ止めようとする。
「洸紀・・・誕生日おめ・・・でとう」
 洸紀の手を震えながらしっかりと握り、懸命に声を絞り出す。
 まもなく少女の命が尽きようとしていた、洸紀の涙が空の頬に落ちる。
「そらあ・・・」
「本当は明日・・・だけど先に言っておくね・・・これプレゼント・・・」
 息を浅く吐きながら、スカートのポケットから血に染まった小さな包みを取り出し、洸紀に渡した。
「洸紀・・・さよなら・・・」
 最後は笑いながら洸紀に別れを告げ、静かに瞼を閉じた。
「空!目を開けて!あああ・・・」
 事切れてしまった空の亡骸を抱きしめ、顔を埋めながら泣きじゃくる。
「これは、ほんの始まりにしか過ぎない」
「空!どうしてえ・・・」
 洸紀を見下ろし何時までも空の亡骸に縋る洸紀に苛立ちを覚え、胸倉を掴みこちらに顔を向かせた。
「お前と関わりこの女が死に、それがきっかけでお前の力が僅かに外へと漏れ始めている。それを嗅ぎつけたアイツ等が来る、さっきのアイツの同族達だ」
 秦の瞳と洸紀の瞳がぶつかり合う、どうして自分のせいで空が死に自分が狙われなければならないのか、そして目の前にいる秦がどうしてそれを知っているのか、考えなければならない事は幾らでも有るのに、思考が動かない。
「なんで僕が・・・」
「それは君がかつて《白銀の魔物》と、呼ばれていた地界の魔物の生まれ変わりだからだよ」
 突然2人の背後から声が聴こえ、何も無い空間から亀裂が生まれ白い服に身を包んだ青年が現れた。
「ラフィエル・・・」
「すまない秦。遅くなってしまったね」
 秦の知り合いらしく青年が手を振り、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「誰・・・?」
「僕の名はラフィエルと言います。よろしく水村洸紀君・・・」
「僕の名前・・・」
 夜の暗闇を跳ね返し、自身の持つ輝きが周辺を淡く光っていた。
 天使の様な・・・とは正に彼に相応しい言葉なのかもしれない、淡い金髪の髪に鮮やかな深緑を連想させる濃いエメラルドの瞳と、口元に浮べる優しげな笑み清涼感漂う雰囲気に、洸紀の瞳も一瞬だけ奪われたが、頭を振って
気を引き締め、新たな闖入者に警戒心を抱き、空の亡骸を抱きしめる両腕に力を込めた。
「君の事は先に調べさせて貰ったからね。洸紀君・・・彼女を、鳥里空さんを、助けてあげられなくてすまない」
 洸紀の傍らに跪き深々と頭を垂れた、その動きに合わせて揺れる髪一筋も煌いている。
「っ・・・」
「ラフィエル、お前が誤る必要は無い。こいつの弱さが招いた結果だ」
「秦・・・彼はたった今大切な人を亡くしたばかりだよ」
 あまりの言い様にラフィエルが秦を窘め、洸紀の肩に手を添えた。
「どうして僕が狙われるの?」
「ラフィエルが言っただろ。《白銀の魔物》の生まれ変わりだって、あいつは風を操る魔物だった。さっきもあいつに最後喰らわせたのはお前だ」
 涙に濡れている洸紀の瞳が見開く、大切な友人を失い無我夢中で怒りを露わにした時に自分の周りに風が吹き、その風が野犬男を襲った・・・それが洸紀の力だと言うのか。
「そんな、俺にはそんな力・・・」
「お前の存在全てがあいつを示している」
 腕を組んだ秦が洸紀を見下ろす、その瞳の奥に深い憎しみを感じ身体が震えた。
「君は一体・・・」
 まだ出会って一日も経っていない人間が、自分よりも自分の事を知っているのか、話しは洸紀を置き去りにして進んでいく。
「洸紀君その話しは後でゆっくりする事にしよう・・・。僕はこんな駆け引きをしたくはないけれど」
「ラフィエル、さっさと話せ。どうせこいつには還る場所など何処にも無い」
「え?どういう事?」
 そうだ還る場所・・・空を連れて帰らなければ家に・・・謝らなければ空の家族に、赦してもらえる筈は無いけれど、空が洸紀を庇って命を落とした事実が変わらない限り、洸紀には空の命を背負って生きて行くしかない。
「そのままだ、もうじき日付が変わる。明日はお前の誕生日だ、明日でお前の水村洸紀として生きた時間が消える。誰もお前の存在を知っていた者がいなくなる」
「な、なんで。嘘だ!」
「残念だけど真実だよ」
 信じがたい現実を秦から突き立てられ、ラフィエルがそっと空の額に手を当てた。
「何をして」
「黙っていろ、この女の魂を転生させる」
「転生?」
「そうだよ、僕達は君達の手伝いをする事は赦されない。けれど彼女は君達と出会った事で此処で命を散らせてしまった。その彼女の魂を転生させる位なら僕にも出来る」
 口元に微笑を浮かべ空の額を淡く照らしていく、それはラフィエルの慈愛に満ちた光だった。
「空・・・ごめん。君を死なせた・・・ごめんなさい」
 その光に魅せられ、空を死なせた自分の弱さを悔いる。
「これが彼女の魂だよ・・・」
 空の額から淡い光の球がフワリと浮かんでくる、人の魂の形が其処に在る。
「これが空の・・・温かい」
 洸紀の目の前に浮かぶ魂にそっと手で触れると、人の体温を感じる。
 温かい優しい温もりに涙が止まらない、それを心配し柔らかな魂が洸紀の周辺を一周した。
「彼女は君の事を心配している・・・死んだ者は生き返らない、新たな命を得て新しい生を生きる。洸紀君、彼女の魂が哀しまないように、笑顔で送ってあげるといい。次の人生もきっと幸せな生である事を僕が保障しよう」
 心配げに何度も洸紀の周りを飛びながら、空の魂は洸紀から貰える言葉を待っていた。
「空・・・お別れなんだね・・・」
 唇を噛み締め、覚悟を決める。
「さあ、見送ってあげよう」
「今までありがとう、君の笑顔にいつも元気を貰っていたんだ。一緒にこれからも同じ時を歩いて行きたかったけど・・・次も幸せな人生でありますように・・・」
 震える唇で無理矢理笑みを作り、彼女の来世の幸せを切に願う。
 空の魂がそれに応え洸紀の額に触れ、秦の側を緩く旋回し、秦もまた軽く頷いて、夜の空に昇り消えていく空の魂を見送った。
「さようなら・・・」
「またいつかきっと会えるよ」
「うん・・・」
 ラフィエルが優しい笑みを浮かべ、洸紀も空の魂が消えた後をいつまでも見ていた。

「洸紀君彼女の身体はこのまま此処に・・・」
「そんな、連れて帰ります」
「それは無理だな、お前に帰る家は何処にも無いからだ」
 ラフィエルの一言と秦の言葉に青ざめる、亡骸を此処に放置しいていく事など出来る訳がない。
「家が無いって・・・僕には両親がいるし、家だってちゃんとありますよ」
 3人で暮らすにはやや広めの家に母親の趣味で植えられた花々、単身赴任であまり家には帰れないが常に家族を思っている優しい父、少女趣味なおっとりとした母親が洸紀の家族の全てだった。
「それは、お前が人の女の胎内を利用転生したにすぎない。今日この時点をもって水村洸紀という人間の存在が消える」
「・・・」
 嘘だと家に帰れば母親が出迎えてくれる、自分の居場所はあるんだと言い切りたかったがきっと真実なのだろう、何もかもが現実であるなら秦達の言う通り、自分の存在は消え水村洸紀という人間は、最初から存在しないのだろう、悪い夢なら良いが起こった出来事は全て現実として受け入れていかなければならない。
 これは空を守れなかった自分への罰なのかもしれない、これからも幸せな人生を送るはずだった人間を自分が存在した事によって、死なせて仕舞ったのだから、自分の存在が消えても仕方が無いと受け入れるしかない。
 誕生日を明日に迎える今日何もかも失ってしまった、残ったのは空がくれたプレゼントだけだった。
 涙腺が壊れたみたいに大きな瞳から涙が溢れ続ける、もうどうなってもいいと自棄になってしまう。
「俺と来てもらおうか」
「ふふ・・・地獄にでも?」
「さあな、もしかしたら地獄の方がまだマシかもな」
 クスリと虚しい笑みを浮べると、秦が冷えた視線で洸紀に冷たい言葉を投げる。
「洸紀君・・・彼と共に行くのは君にとって決して悪い事ではないよ」
「俺が、《白銀の魔物》の生まれ変わりだからですか?」
 《白銀の魔物》耳から聞いても、自分の言葉で言っても全く馴染まない。
「ああ。恨むなら自分自身とお前を転生させたやつを恨むんだな」
「秦・・・」
 容赦の無い何処か憎しみを含んだ眼差しが洸紀を捕らえ、ラフィエルが秦の言い方に眉を顰める。
「・・・僕はどうすれば」
「君が《白銀の魔物》の生まれ変わりだと、あちらにも知られてしまったから、君を取り戻す為に手段を選らばない筈。例え君の存在が消えずに君が今までと同じ生活をしていれば、彼女のような犠牲者がこれからも増えてしまうんだよ・・・すまない今の君には酷な話しだね」
 何もかも失ってしまった洸紀に、更にこれからも犠牲者が増えると告げれるのは、洸紀を追い詰める以外はないのは分ってはいるが、ラフィエルも言わずにはいられなかった、大切な友人の未来が掛かっているのだから、口元を手で覆い、深い深緑の瞳を曇らせながら秦を瞳に映した。
「あちら・・・?あの空を殺した奴が僕を連れ戻す?どう見たって僕を殺すつもりだったじゃないか!」
 冷えてしまった空の亡骸を抱えながら、洸紀の涙が激しい動きに合わせ散っていく。
「さっきのアイツはな・・・だがアイツの主人はお前を取り戻す為なら何だってするだろう」
「洸紀君、僕達はね君の力がどうしても必要なんだよ。僕達と一緒に来て欲しい」
 ラフィエルが洸紀に向かって白く綺麗な手を差し出す、暫しそれを眺めた後洸紀は息を長く吐き、空の血で濡れた手でラフィエルの手を握り返さずゆっくりと頷いた。
「分りました・・・けど条件があります教えてください、何故僕が《白銀の魔物》の生まれ変わりなのか、何故僕が貴方達に必要なのか」
 ラフィエルが洸紀の真摯な瞳に応え深く頷き、秦が2人の遣り取りを静観している、洸紀にとって生涯忘れる事が出来ない水村洸紀としての生が幕を閉じ、全ての始まりの夜が間もなく終わろうとしていた・・・。

「ハア・・・ハア・・・クソ」
 誰もいない広い公園の最奥、昼ですらあまり人が寄り付かない場所で秦の蒼炎と洸紀が生み出した風によって、裂かれた場所から黒い血を滴らせながら、地面を這いずって逃げ惑う。
「クソ・・・クソ・・・こんな・・・はずじゃ・・・」
 力を得なければ間もなく朽ちてしまうだろう、それだけは嫌だった。
「こんな事・・・なら・・・先にヤツをやっておけば・・・」
「奴・・・とは?」
 今まで誰もいなかった筈の正面から人の声が聞こえ、真新しい黒い革靴が視界に入る。
「てめえは・・・来たか・・・おせえ・・・な、なあ。お前の肉少しくれよ・・・次は・・・必ず」
「必ず?」
 現れた存在が身内だと気づき、にやりと嗤いながら足首を掴み懇願するが、相手は冷やかな視線で鈍く輝く銀フレームの眼鏡の奥の、灰色の瞳で冷酷な眼差しを向ける。
「貴方、あの方を殺害しようとしましたよね?ゼノ」
 ゼノと呼ばれた魔物がビクと身体を震わせ、首を振り相手の足に縋る。
「ち、違うんだ・・・ケルベロス・・・なあ、向こうに奴らがいてよ、つ、つい、そ、そんな・・・マジヤルつもりは・・・」
「王は大変哀しんでいましたよ。まさかあの方を殺害しようするとは、あの方は王にとってとても大切な方ですよ・・・ゼノ」
 ケルベロスと名を呼ばれた青年の姿が、月明かりで露わになる。
 銀色と灰色の瞳を除けば、細身のダークスーツを着こなす若い、エリートサリーマンにしか見えないが、纏う雰囲気には威圧感があった。
「ああ、もちろん・・・分っているさ。つ、次は失敗しない・・・な、だからお前の肉を少し・・・」
「次?何を言っているんですか?貴方に次は・・・ありませんよ」
「ま、待ってくれ」
 ケルベロスの発言で背筋が凍る、逃げ場など何処にも無いがどうにかして逃げようと後ずさる。
「さようなら、貴方は要らない」
 ゼノの最期は声すら発せずあっけないものだった、黒い炎がゼノ全てを呑み込んで黒い灰となって風に流され消えていく。
「・・・水村洸紀・・・やっと会えますね」
 ゼノが消え去った後、僅かに哀しげな色を瞳に浮べながら夜の空を見上た、ケルベロスのすぐ側にあった備え付けの電波時計が丁度午前0時を指す、日付が洸紀の誕生日へと変わる。
「ハッピーバースディ」
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