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真夜中の車の通りが激しい道路脇のガードレールに腰掛け、幾つもの車を退屈げに眺めていた。
一瞬の灯りが男のシルエットを浮かび上がらせては去って行く、いつから此処でこうして車を眺めているのかは分らないが、男は只待っていた。
そして待つ事ようやく男の待ち望んでいたものが現れる、夜に紛れ一羽の純白の鳩が男の肩に停まった。
「来たか・・・」
肩に停まった鳩に眼を向けず、正面に眼を向けたまま鳩の頭を撫でた。
「見付けたわよ」
鳩が嘴を動かすと、少女の声が聴こえた。
「そうか」
人通りの無い道で男は淡々と、けれど僅かに言葉に感情を込める。
「長かったわ、どれ位の時が経ったのかしら」
「さあな」
「行くんでしょう?」
「ああ、行かなければ終わらない。そして始まりもしない」
ガードレールから腰を上げ、男は歩き始めた。
「もう時間が無いわ」
「・・・分っている。それにどうやら向こうも嗅ぎ付けたらしい」
「相変わらず鼻だけはいいのね」
鳩の紅い瞳が細まり、フンと鼻を鳴らして言葉を吐き捨てる。
「それだけ、向こうも焦っているんだろう」
「急ぎましょう・・・」
「そうだな」
己の目的を果たす為、男は表情の見せない顔で前を見据えた。
ぼんやり窓の外を眺めながら教室の騒がしい音に耳を傾けていた、いつもクラスの枠から少し外れ、大人しく目立たないのが洸紀の学校での在り方だった。
晴れた空を眺めていると、白い一羽の綺麗な鳩が洸紀の眼前を通り過ぎて
行く、その鳩を眼で姿が見えなくなるまで追うと、教室のドアが開き担任と見知らぬ生徒が一緒に入って来る。
ざわめきながら各々席に着き、視線は教師に伴われて来た転校生に向けられていた。
「えー。みんな知っていると思うがうちのクラスに転入する事になった、真上秦(まかみしん)君だ。みんなよくしてやってくれ」
30代後半のふくよかな男性教諭が、国語の教師らしい丁寧な字で転校生の真上秦の名前を黒板に書いた。
「真上秦です。よろしく」
そっけない自己紹介で軽く頭を下げると、光の加減で栗色に見える髪が揺れ、切れ長の瞳が正面を見据える。
大人びた雰囲気の近寄りがたい美形の転校生に女子は小声で騒ぎ、男子も友人達と耳打ちをしながら秦を眺めていた。
「えー、真上の席は一番後ろ水村の隣の空いている机だ」
一番後ろの席にいた洸紀の目がゆっくりと瞬く、そういえば昨日まで隣には席も無く人数の関係上空間が空いていた。
教師に促され秦が洸紀の隣の席に着く、カバンを机の上に置き洸紀の方を向く。
「よろしく・・・」
「あ、こちらこそ」
挨拶をされ軽く頭を下げたが、一番後ろの隣に誰もいなかった席で伸び伸びしていた洸紀にしてみれば、隣に座られると一気に落ち着かなくなる。
「えーホームルームを始めるぞ。最近野犬騒ぎがこの近所で起きている。知っての通りうちの生徒もこの間被害にあった。みんな夜はなるべく人気の無い場所、暗い公園付近などには近付かないように、もし野犬を見ても刺激せず速やかに警察に電話する事」
教師の言葉に生徒達がひそひそと騒ぎ始める、最近起こった野犬に襲われる事件、被害者がこの学校内にいるならば好奇心や恐怖心が掻き立てられる。
「みんな十分注意してくれ、以上だ」
名簿を手に取り教師が教室を出る、生徒達が野犬騒ぎで騒ぎながらも、転校生の真上秦を取り囲む。
「ねえ、前は何所の高校?」
「教科書とかある?」
「今うちの高校野犬騒ぎの話題で持ち切りなんだあー怖いよねえー」
女生徒達が秦の周辺で次々と忙しなく話し掛けて来るのを、軽くあしらう。
「野犬に襲われた生徒は何人位いるか知ってる?」
「え、えと。先輩に1人と同級生2人かなー」
「そのうちの1人は足噛み付かれて今も入院しているよ」
「こわーい」
媚を含んだ女生徒達が声色を高くし、自分達の可愛らしさを秦にアピールしている。
「3人共男?」
「うん、そう。えー真上君勘が良い」
「たまたまだ」
そこでチャイムが鳴り授業が始まる、1時限目は洸紀の得意な世界史なので隣を気にせず授業に集中するのに専念した。
何事も無く平穏ないつもと変わらない、退屈な授業が過ぎて行く。
顔立ちの良い転校生が入り騒がしい休み時間以外は、何も変わらない。
今行われている授業が済めばこれで終わる、小さく欠伸を噛み殺し残り時間が過ぎて行くのを待っていると隣の秦が手を緩く挙げた。
「すみません、少し頭痛がするので薬を貰いに行きたいんですが」
生徒達が皆後ろを振り返る、確かに顔色の悪い秦が額を押さえている。
「あら、では。保健委員に連れて行って貰いなさい。このクラスの保健委員は」
「水村君です、山梨さんは今日お休みです」
「そう、席も隣だし。水村君付いて行ってあげなさい」
教卓の一番前の席の女子が、もう1人の保健委員の不在を伝え教師が洸紀に連れて行くように促す。
「あ、はい。分りました」
最終的に押し付けられた保健委員の仕事をこなすべく、立ち上がり秦を伴い教室を出て行く。
「大丈夫?」
「ああ」
保健室に行く道中会話も弾まず、額を押さえた秦の顔を横目で見る、頼りなくいつもボンヤリとした洸紀とは違い、手足が長く顔も小さく身長も洸紀より頭1つ分高い秦は大人びていて誰が見ても格好良いと言えるタイプだった。
「着いたよ。失礼します」
保健室に入ると独特の薬品の匂いが鼻に付く、普通の生徒より委員の分来る回数は多いが、この独特の匂いの中で眠ったりするのは落ち着かない。
「先生?あれ、いないなあ」
人の気配の無い保健室の周囲を見渡すが、やはり誰もいない。
「すぐ戻ってくるかな、とりあえず真上君はベッドで休む?」
「・・・いや」
真っ直ぐに洸紀を見つめる秦の瞳とまともにぶつかる、洸紀をというよりも洸紀を通して何処か違う場所をみている秦の眼差しに居心地が悪い。
「あの・・・」
「足りない・・・」
「何が・・・」
一歩洸紀が秦から離れる、秦の人指し指が洸紀を指した。
「全て・・・欠け過ぎていて何もかもが纏まらない」
欠けているのは秦なのか洸紀なのか、尚も理解し得ない言葉が続く。
「闇はすぐ側に、光は遥か遠く・・・」
「え・・・」
秦が洸紀に近付く、その深い吸い込まれそうな瞳が濃い蒼に変わった気がした、音を立てて唾を飲み込んでその双眸に魅入ってしまう。
「あら、ごめんなさい。待たせてしまったわねー」
戸を引くガラという音と、中にいた2人に対して陳謝する保健教諭が苦笑いしながら入って来た。
「すぐの用事だったんだけど、他の用も片付けて来たから・・・で、どうかしたのかしら?」
「あ、せ、先生。今日転校して来た真上君なんですが、頭痛がするそうです」
「あら、じゃあ。今薬出すわね。他に痛い所とかはあるかしら?」
「いえ・・・」
「じゃ、先生よろしくお願いします。僕はこれで」
教諭に後を頼み逃げる様に、保健室を去る。
その後ろで秦が洸紀の背を見送る、その瞳の色は黒かった。
「一体・・・」
荒くなる呼吸を抑える為に自分の胸元を鷲み、ゆっくり深呼吸をしながら教室に戻る。
先ほど最後の授業は終了し、既にホームルームも終わり各々帰り支度を始めていた。
「水村、真上を保健室に連れて行ってくれたんだってな」
「先生・・・」
「転校初日で疲れもでたんだろ」
「そうかもしれないですね」
疲れであんな意味の分らない事を言うのだろうか、あの言葉とあの目が洸紀の頭から離れない、誰かと間違えているのかもしれない。
「まあ、こういうのは慣れだよな。水村も気をつけて帰るんだぞ、夜の外出は控えるように」
「分りました」
軽く会釈をし帰り支度を始めた、いつもの退屈な日常が少しだけ今日は違った。
学校から戻り機械的に家で食事し、テレビやパソコンをいつもより遅くベッドに入って中々寝付けなかったものの、何時の間にか寝ていたらしく、母親の声で目が覚めると、頭に鈍い痛みを感じ額を押さえた。
「少し熱があるわね。空ちゃんに学校を休むってメールしなさい。学校には連絡するから」
降りてこない洸紀を呼ぶ為に上がって来た母親に頭痛を訴え、熱を計ると微熱程度に熱があり、視界がボンヤリと霞んでいた。
「うん・・・」
「今水と薬持って来るわね」
とりあえず空に休みのメールを送信し、霞む天井を眺めながらゆっくりと意識を手放した。
目を閉じ身体の力を抜くと頭痛が和らぐ気がする、再び夢の世界に引き込まれる。
何処までも深い闇の中、身体が宙に浮いていた。
『此処がいい?』
―此処?
闇の中から聴こえてくる声に耳を傾ける、優しい何処か懐かしい囁く声。
『ずっと待っているのに・・・』
―ずっと?
『×××××が還って来るのをずっと待っているよ・・・』
―どうして?
『大切だから・・・』
―大切?
『約束を思い出して・・・』
―約束?
『そう思い出さなければ還れない・・・私達はあまりにも離れすぎてしまったのだから』
―僕はずっと此処にいるよ?ここじゃ駄目なの?
『それも後少し・・・何もかもが変わってしまう』
―変わる?
『時は動き続ける・・・約束は遠い・・・』
最後は哀しみに溢れた声に胸が痛い、こんな風に哀しませたくはない、慰めたくても声の主のいる場所や名前が分らない。
―僕は此処にいるよ
それだけは知っていて欲しい、自分が此処で生きている事を・・・。
「夢・・・?」
そこで夢が途切れ目が覚めてしまう、目の前には寝た時に見た天井、回りも自分の部屋だった。
「今・・・もう昼過ぎ・・・」
ベッドの側に置いてあった携帯の時間を見ると昼は過ぎ、受信メールには空から、明日の映画無理そうならキャンセルでいいからという内容が送られ、それに返信しながらベッドを降りる、酷かった頭痛が消えホッとすると、目の周辺に違和感を感じ目の縁に指で触れると、濡れて乾いた感触が残っていた。
「僕・・・泣いていたんだ」
涙一筋通って乾いた後が頬を伝っている、只の夢にしてははっきりと耳の奥にあの声が離れなかった・・・。
「これからどうするの?」
「時が来ればこちらも動く」
昼休みの人気の無い屋上で秦は1人誰かと会話をしている、声の主の姿は無い。
「どう?」
「何が?」
「彼の事」
見えない声は少女のような高い声で短い溜息を吐く、秦はフェンスに近付き校庭で遊ぶ生徒達の姿を眺めていた。
「・・・弱い人間の振りを上手く演じている」
「そう、上手くやっていたのね」
「それも今日までだ」
「嫌な気配がずっとしている。吐き気がするわ」
見えない声が嫌悪の言葉を漏らす、それと同時にバサ・・・鳥の羽の広がる音が聞こえた。
「そうだな」
「私は行くわ、この辺を探ってみる」
「頼んだ」
「秦・・・もうじき願いが叶うのね・・・」
純白の鳩が秦の頭上を飛んで行く、一瞬にして遠くを飛ぶ白鳩の後ろ姿を見送る。
「願いじゃない、これが始まりだ・・・」
一瞬の灯りが男のシルエットを浮かび上がらせては去って行く、いつから此処でこうして車を眺めているのかは分らないが、男は只待っていた。
そして待つ事ようやく男の待ち望んでいたものが現れる、夜に紛れ一羽の純白の鳩が男の肩に停まった。
「来たか・・・」
肩に停まった鳩に眼を向けず、正面に眼を向けたまま鳩の頭を撫でた。
「見付けたわよ」
鳩が嘴を動かすと、少女の声が聴こえた。
「そうか」
人通りの無い道で男は淡々と、けれど僅かに言葉に感情を込める。
「長かったわ、どれ位の時が経ったのかしら」
「さあな」
「行くんでしょう?」
「ああ、行かなければ終わらない。そして始まりもしない」
ガードレールから腰を上げ、男は歩き始めた。
「もう時間が無いわ」
「・・・分っている。それにどうやら向こうも嗅ぎ付けたらしい」
「相変わらず鼻だけはいいのね」
鳩の紅い瞳が細まり、フンと鼻を鳴らして言葉を吐き捨てる。
「それだけ、向こうも焦っているんだろう」
「急ぎましょう・・・」
「そうだな」
己の目的を果たす為、男は表情の見せない顔で前を見据えた。
ぼんやり窓の外を眺めながら教室の騒がしい音に耳を傾けていた、いつもクラスの枠から少し外れ、大人しく目立たないのが洸紀の学校での在り方だった。
晴れた空を眺めていると、白い一羽の綺麗な鳩が洸紀の眼前を通り過ぎて
行く、その鳩を眼で姿が見えなくなるまで追うと、教室のドアが開き担任と見知らぬ生徒が一緒に入って来る。
ざわめきながら各々席に着き、視線は教師に伴われて来た転校生に向けられていた。
「えー。みんな知っていると思うがうちのクラスに転入する事になった、真上秦(まかみしん)君だ。みんなよくしてやってくれ」
30代後半のふくよかな男性教諭が、国語の教師らしい丁寧な字で転校生の真上秦の名前を黒板に書いた。
「真上秦です。よろしく」
そっけない自己紹介で軽く頭を下げると、光の加減で栗色に見える髪が揺れ、切れ長の瞳が正面を見据える。
大人びた雰囲気の近寄りがたい美形の転校生に女子は小声で騒ぎ、男子も友人達と耳打ちをしながら秦を眺めていた。
「えー、真上の席は一番後ろ水村の隣の空いている机だ」
一番後ろの席にいた洸紀の目がゆっくりと瞬く、そういえば昨日まで隣には席も無く人数の関係上空間が空いていた。
教師に促され秦が洸紀の隣の席に着く、カバンを机の上に置き洸紀の方を向く。
「よろしく・・・」
「あ、こちらこそ」
挨拶をされ軽く頭を下げたが、一番後ろの隣に誰もいなかった席で伸び伸びしていた洸紀にしてみれば、隣に座られると一気に落ち着かなくなる。
「えーホームルームを始めるぞ。最近野犬騒ぎがこの近所で起きている。知っての通りうちの生徒もこの間被害にあった。みんな夜はなるべく人気の無い場所、暗い公園付近などには近付かないように、もし野犬を見ても刺激せず速やかに警察に電話する事」
教師の言葉に生徒達がひそひそと騒ぎ始める、最近起こった野犬に襲われる事件、被害者がこの学校内にいるならば好奇心や恐怖心が掻き立てられる。
「みんな十分注意してくれ、以上だ」
名簿を手に取り教師が教室を出る、生徒達が野犬騒ぎで騒ぎながらも、転校生の真上秦を取り囲む。
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「教科書とかある?」
「今うちの高校野犬騒ぎの話題で持ち切りなんだあー怖いよねえー」
女生徒達が秦の周辺で次々と忙しなく話し掛けて来るのを、軽くあしらう。
「野犬に襲われた生徒は何人位いるか知ってる?」
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「3人共男?」
「うん、そう。えー真上君勘が良い」
「たまたまだ」
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何事も無く平穏ないつもと変わらない、退屈な授業が過ぎて行く。
顔立ちの良い転校生が入り騒がしい休み時間以外は、何も変わらない。
今行われている授業が済めばこれで終わる、小さく欠伸を噛み殺し残り時間が過ぎて行くのを待っていると隣の秦が手を緩く挙げた。
「すみません、少し頭痛がするので薬を貰いに行きたいんですが」
生徒達が皆後ろを振り返る、確かに顔色の悪い秦が額を押さえている。
「あら、では。保健委員に連れて行って貰いなさい。このクラスの保健委員は」
「水村君です、山梨さんは今日お休みです」
「そう、席も隣だし。水村君付いて行ってあげなさい」
教卓の一番前の席の女子が、もう1人の保健委員の不在を伝え教師が洸紀に連れて行くように促す。
「あ、はい。分りました」
最終的に押し付けられた保健委員の仕事をこなすべく、立ち上がり秦を伴い教室を出て行く。
「大丈夫?」
「ああ」
保健室に行く道中会話も弾まず、額を押さえた秦の顔を横目で見る、頼りなくいつもボンヤリとした洸紀とは違い、手足が長く顔も小さく身長も洸紀より頭1つ分高い秦は大人びていて誰が見ても格好良いと言えるタイプだった。
「着いたよ。失礼します」
保健室に入ると独特の薬品の匂いが鼻に付く、普通の生徒より委員の分来る回数は多いが、この独特の匂いの中で眠ったりするのは落ち着かない。
「先生?あれ、いないなあ」
人の気配の無い保健室の周囲を見渡すが、やはり誰もいない。
「すぐ戻ってくるかな、とりあえず真上君はベッドで休む?」
「・・・いや」
真っ直ぐに洸紀を見つめる秦の瞳とまともにぶつかる、洸紀をというよりも洸紀を通して何処か違う場所をみている秦の眼差しに居心地が悪い。
「あの・・・」
「足りない・・・」
「何が・・・」
一歩洸紀が秦から離れる、秦の人指し指が洸紀を指した。
「全て・・・欠け過ぎていて何もかもが纏まらない」
欠けているのは秦なのか洸紀なのか、尚も理解し得ない言葉が続く。
「闇はすぐ側に、光は遥か遠く・・・」
「え・・・」
秦が洸紀に近付く、その深い吸い込まれそうな瞳が濃い蒼に変わった気がした、音を立てて唾を飲み込んでその双眸に魅入ってしまう。
「あら、ごめんなさい。待たせてしまったわねー」
戸を引くガラという音と、中にいた2人に対して陳謝する保健教諭が苦笑いしながら入って来た。
「すぐの用事だったんだけど、他の用も片付けて来たから・・・で、どうかしたのかしら?」
「あ、せ、先生。今日転校して来た真上君なんですが、頭痛がするそうです」
「あら、じゃあ。今薬出すわね。他に痛い所とかはあるかしら?」
「いえ・・・」
「じゃ、先生よろしくお願いします。僕はこれで」
教諭に後を頼み逃げる様に、保健室を去る。
その後ろで秦が洸紀の背を見送る、その瞳の色は黒かった。
「一体・・・」
荒くなる呼吸を抑える為に自分の胸元を鷲み、ゆっくり深呼吸をしながら教室に戻る。
先ほど最後の授業は終了し、既にホームルームも終わり各々帰り支度を始めていた。
「水村、真上を保健室に連れて行ってくれたんだってな」
「先生・・・」
「転校初日で疲れもでたんだろ」
「そうかもしれないですね」
疲れであんな意味の分らない事を言うのだろうか、あの言葉とあの目が洸紀の頭から離れない、誰かと間違えているのかもしれない。
「まあ、こういうのは慣れだよな。水村も気をつけて帰るんだぞ、夜の外出は控えるように」
「分りました」
軽く会釈をし帰り支度を始めた、いつもの退屈な日常が少しだけ今日は違った。
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「うん・・・」
「今水と薬持って来るわね」
とりあえず空に休みのメールを送信し、霞む天井を眺めながらゆっくりと意識を手放した。
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何処までも深い闇の中、身体が宙に浮いていた。
『此処がいい?』
―此処?
闇の中から聴こえてくる声に耳を傾ける、優しい何処か懐かしい囁く声。
『ずっと待っているのに・・・』
―ずっと?
『×××××が還って来るのをずっと待っているよ・・・』
―どうして?
『大切だから・・・』
―大切?
『約束を思い出して・・・』
―約束?
『そう思い出さなければ還れない・・・私達はあまりにも離れすぎてしまったのだから』
―僕はずっと此処にいるよ?ここじゃ駄目なの?
『それも後少し・・・何もかもが変わってしまう』
―変わる?
『時は動き続ける・・・約束は遠い・・・』
最後は哀しみに溢れた声に胸が痛い、こんな風に哀しませたくはない、慰めたくても声の主のいる場所や名前が分らない。
―僕は此処にいるよ
それだけは知っていて欲しい、自分が此処で生きている事を・・・。
「夢・・・?」
そこで夢が途切れ目が覚めてしまう、目の前には寝た時に見た天井、回りも自分の部屋だった。
「今・・・もう昼過ぎ・・・」
ベッドの側に置いてあった携帯の時間を見ると昼は過ぎ、受信メールには空から、明日の映画無理そうならキャンセルでいいからという内容が送られ、それに返信しながらベッドを降りる、酷かった頭痛が消えホッとすると、目の周辺に違和感を感じ目の縁に指で触れると、濡れて乾いた感触が残っていた。
「僕・・・泣いていたんだ」
涙一筋通って乾いた後が頬を伝っている、只の夢にしてははっきりと耳の奥にあの声が離れなかった・・・。
「これからどうするの?」
「時が来ればこちらも動く」
昼休みの人気の無い屋上で秦は1人誰かと会話をしている、声の主の姿は無い。
「どう?」
「何が?」
「彼の事」
見えない声は少女のような高い声で短い溜息を吐く、秦はフェンスに近付き校庭で遊ぶ生徒達の姿を眺めていた。
「・・・弱い人間の振りを上手く演じている」
「そう、上手くやっていたのね」
「それも今日までだ」
「嫌な気配がずっとしている。吐き気がするわ」
見えない声が嫌悪の言葉を漏らす、それと同時にバサ・・・鳥の羽の広がる音が聞こえた。
「そうだな」
「私は行くわ、この辺を探ってみる」
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