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 天井から灰色の羽根が止む事無く降り注ぎ地面に辿り着く前に消えて行く、それがこの空間の主と共に存在する物だった。
「やあ、久しぶり」
 軽快な挨拶と共に深い藍色のマントに身を包み、フードを深く被った男が『時の扉』の番人に話しかける。
「此処には来ないで下さいと前に言った筈です」
 番人が男を冷たくあしらうが、男は楽しげに笑いながら扉の前に経つ。
「もうじき来るね」
「ええ、これもまた地界の王のシナリオ通りでしょうけど」
 冷たく重く閉ざされた扉を2人で眺める、間もなく訪れる訪問者を番人は待っていた。
「困ったものだよ。無理矢理天界と地界の境界を造り、今度は力づくで地界と中央界の入り口も造ってしまったのだから」
 肩を竦め首を傾げ、番人の無表情な貌を見つめる。
「其処までの力を持ちながら天界に敗北し、中央界に堕ちた魔物1人元に戻せずにいる・・・」
「いや、地界の王は待っているだけだよ。時が満ちるのを、全ては彼の見通す未来を予定通り進んでいるだけ・・・多少の歪みも修正すれば戻る範囲に収まっている」
 天界と地界そのどちらにも属さない2人が、まるで映画の感想を言い合うかのように会話を進める。
「さあ、間もなく彼が来ます。貴方はお戻り下さい」
「もう少し、君との会話を楽しみたいのだけれど?」
「・・・私にそのつもりはありません」
 少しだけ無表情の貌に寂しげな色を浮かべ背を向けた、会話はこれでお終いという意味だった。
 男が溜息混じりに消え、後は番人だけがその場に残る。
「私達は触れ合えない・・・私にはその資格が無いのだから・・・」

「王・・・あの方が冥界に・・・」
 こんな報告も王には無用だが、恭しい手付きで王の足元に跪く。
「そうだな・・・覚醒の日が近い。剣も手に入った」
 ケルベロスの報告を待たなくても分る、この陽の光差さない地界であっても王は全てを見ている。
「はい、1人失いましたが」
「彼の覚醒に犠牲は必要それだけの事だ」
 黄金の瞳が薄暗い中輝く全てを見通す瞳、王が王ある証。
 ケルベロスの脳裏に今にでも泣き出しそうな洸紀の顔が浮かぶ、『白銀の魔物』と何も共通する箇所が無い脆弱な脆い少年。
「彼は必ず此処に戻る・・・どんな姿をしても彼は彼でしかない」
 ケルベロスの思考を読み取ったのか、王が洸紀であろうと『白銀の魔物』だと告げる。
「分りました。冥界から戻って来次第再び向かいます」
 王は何も言わず只遠くを黄金の瞳で見ている、もしかしたらその先に洸紀が見えるのかもしれない・・・。
 かつて誰よりも側に存在し、語らい先を見ていた友とも呼べる存在の還りを待っていた。

「此処に番人がいるのかな」
 灰色の羽根が天から降り注ぐのを興味深く眺めながら、出て来た扉の前で待つ。
「待っていましたよ、。貴方の事は水村洸紀、『白銀の魔物』どちらの名で呼べばいいですか?」
 洸紀の斜め後ろから声が聞こえ振り向くと、其処にはエキゾチックな雰囲気を待つ青年が立っていた。
「あ、洸紀と呼んで下さい。貴方は?」
「私は『時の扉』の番人のシャラと申します」
「シャラさんですか。宜しくお願いします」
「シャラで結構ですよ。洸紀」
 褐色の肌に闇青色の長い髪とアメジストの瞳の持ち主が、『時の扉』の番人シャラとして洸紀の目の前にいる。
「あの、僕」
「冥界に『真睡花』を採りに行くのでしょう。私が冥界を案内します」
「いいんですか?」
 その言葉に一先ず安心する、正直心細くて堪らなかった。
「ええ、冥界の王の勅命ですから」
「冥界の王?」
「そうです。冥界はとても広くとても貴方1人では辿り着けませんから、此処に貴方が来る事を知った王が、冥界を案内するようにと」
「そうなんですか。良かった」
 一先ず胸を撫で下ろす、これで秦を助ける事が出来る、そう思うと不安が和らぐ。
「では、行きましょう。冥界は果てし無く広く『真睡花』の咲く場所は険しいですから」
 長く光沢のある髪を揺らしているシャラの目の前に、灰色の扉が現われる。
「この先が冥界・・・」
「大切な人を助けたいのでしょう」
 シャラの手が横に空を切り、扉が開かれシャラに続く。
「大切な人・・・」
 剣を握る手に自然と力が入る、首に下げた空からの最後の贈り物の、鍵と王冠がモチーフのペンダントを服の上から触れる。
 本当は携帯のストラップだったが、ペンダントに改良し肌身離さず身に付けている。
「違うのですか?大切な存在だから、危険に身を晒してまで此処に来たのでは無いのですか?」
「・・・彼に助けて貰ったんです。そのせいで彼が今毒に倒れてしまって助けたいんです・・・」
もっと力があれば秦が毒に倒れる事も、ラフィエル達を悲しませずに済んだのかもしれない。
「貴方には彼を見捨てるという選択肢は無いのですね」
「そんな事・・・」
 出来る筈が無い、例えかつて世界を賭けて戦った関係だったとしても、あの時自分の泣き出しそうな目を指で拭ったのは秦は、洸紀を心配していたのだから。
「助けなければ、貴方は人でいられます」
「・・・それは、良いんです。誰ももう僕を知る人がいないんです・・・そんな僕を必要だと言ってくれる人がいるなら、力になりたい」
「そうですか・・・さあ、此処が冥界です」
 扉を潜った先、洸紀の目の前に広がるのは果てし無く続く灰色の空と、乾いた大地そして、天上に浮かぶ幾つもの巨大な岩。
「あの岩は一体」
「あれが冥界の住人達の住処です。あの遥か遠くに浮かぶ岩の上に建つ城が、冥王の居城です」
 シャラが真っ直ぐ正面遥か遠くに建つ、豪奢な城を指す。
「空に住んでいるんだ」
「ええ、地上には何もありませんから」
 枯れ草しか生えていないこの世界の何処に、ありとあらゆる病を治す『真睡花』が生えているのか不安が生まれる。
「この大地と天上を繋ぐ柱がある場所に『真睡花』があります。今から屍鳥を捕らえ、それで柱まで行きます」
「しかばねちょう?」
 淡々と説明するシャラに耳を傾けるが、屍鳥が一体どんな生き物かも想像が付かず、響きだけで捉えると嫌な予感しかしない。
「この冥界の地上を飛ぶ鳥ですね、とても早くすぐに目的地に行けるんですが、1つだけ難点が・・・」
「難点って・・・」
 何故か洸紀達の周囲が暗くなる、嫌な予感が的中し2人の頭上に巨大な骨の鳥が現われた。
「かなり凶暴なんです。一旦気絶させて・・・」
「気絶ってこの鳥を?」
 洸紀の顔が引き攣る、骨で出来た最早鳥とは呼べない怪物を相手に剣一本でどうすればいいのか、取り合えず。
「此処は逃げよう!無理!」
「でも、時間もないでしょう?この鳥を使えばあっと言う間に・・・」
「食べられちゃうよ!」
 確実に獲物として威嚇の鳴き声が屍鳥から上がり、骨の翼の羽ばたきで風が吹き荒れる。
「うわあ!」
「洸紀、とにかく攻撃を」
「ええー!」
 風で視界が悪い、シャラがとにかく攻撃をと促す。
「うう、どうすれば・・・」
 逃げ場も無く隠れる岩陰も見つからない、屍鳥と対峙し睨み合う」
『シャアアアア!』
 鳴き声が鳥ではなく、肉食獣の唸り声に聞こえるのは洸紀の幻聴だろうか、震えながら身構えていると、屍鳥の背中から藍色のマントを被った人間が現われ高く飛び、手にした巨大な鎌で屍鳥の背に打撃を与えた。
『ギィエエエエェッ!!!!!?』
 空間を揺るがすような音波とも呼べる鳴き声を上げながら、巨大な屍鳥が崩れ落ちた。
「すごい」
「何故貴方が此処にいるんですか?」
「いやあ、やっぱりお客様を放って置けないからね。ようこそ冥界へ」
 ひらりと重力を感じさせない軽さで洸紀達の目の前に降り立つ、藍色のフードを外すと思わず洸紀が息を呑む、秀麗な顔をが現われた。
 深く何処までも全てを呑み込んで行く様な藍色の瞳と、この冥界の空と同じ白い髪、優しげな笑みを浮べ佇んでいた。
「た、助けてくれてありがとうございます!」
 思わず見惚れてしまい、顔を僅かに赤らめながら頭を下げた。
「気にしないでよ。それより怪我とかはしなかったかな?」
「はい。僕、水村洸紀と言います」
「洸紀か、よろしく。僕はハデスって言うんだ
 ニコニコとこの空間に不釣合いな陽気な笑みで、ハデスと名乗った少年が洸紀の肩を叩きながら、自分が手にした巨大な鎌を一振りさせると、砂に変化し風に乗って流されて行った。
「すごい、手品みたい」
「これには、コツがあるんだ」
 秦がラピスを変化させ剣にするのと同じ用量だろうか、拍手をすると向こうも得意げに笑う、無表情を僅かに曇らせるシャラ以外の2人は意気投合し盛り上がっていく。
「どうかな、洸紀もやってみる?」
「え、出来るのかな」
 確かにハデスの様に自在に剣が出し入れ出来れば、何処にいても呼べるし剣を持ち続けては、両手が使えず不便なのでありがたい。
「洸紀の剣は地界の物ですから出来ますよ」
「それなら、是非!」
「なら、簡単だ。頭の中で自分の剣が消え、再び形を成すのを思い浮かべてご覧」
 ハデスに言われ目を閉じる、秦がラピスを呼ぶ時の光景を頭に思い浮かべた。
 純白の鳩の姿をしたラピスが光り輝く剣に変化し、そして秦が生み出す蒼い炎を纏う姿は正しく神の遣わす使者と呼べる。
「そう、イメージして。自分の剣が自分に応える姿を」
 秦とラピスの姿が自分の姿と重なる、そして・・・その先に。
「洸紀目を開けて下さい」
 それ以上の想像を止めさせる為のシャラの声で目を開ける、手に持っていた闇色の剣が姿をゆっくりと消して行く。
「上手く出来たね。これでいつでも呼べるよ」
「ありがとう、ハデス、シャラ」
「私は何も・・・」
「いえいえ、さあて行きますか柱まで!」
 言いかけていたシャラを遮りハデスが遥か彼方冥王の居城を指す、3人が見据える先其処に洸紀の求める物がある・・・。

「洸紀無事に辿り着けたかな」
 洸紀が『時の扉』を潜ってから2時間程経ち、セラフィスがソファにの縁に足を乗せている。
「大丈夫だから」
 丁寧に淹れた紅茶を飲みながら、ラフィエルがセラフィスを元気付ける。
「そう言われてもな。冥界ってさどんな世界か全然分らないし」
「そうだね、でも冥界は中立世界。他の世界の人間を排除しようとはしないよ」
 傍らで苦しげに呼吸を繰り返す秦の様子を見ながら、やはり自分の口で心配無いと言っても不安は確かにある。
「でも、冥界にしか咲かない『真睡花』を簡単にくれたりするのか?」
「いや、簡単にとは行かないよ。『真睡花』は冥界の地上と天空を繋ぐ柱のの中にある『真睡鏡』と呼ばれる、ありとあらゆる全ての物の真実の姿を映し出す鏡の中の自分が持っている花なんだよ」
「なっ!どうしてさっき洸紀に言ってやらなかったんだ!」 
 腰を上げラフィエルに掴みかかる、手にしていた紅茶がその振動で零れ床に染みを作る。
「・・・・・・」
「まさかそれが狙いなのか!?」
 左手で襟元を掴むセラフィスの手をそっと外し、その手を握る力に想いを込める。
「今秦を助ける事が出来るのは洸紀君だけしかいない・・・そして洸紀君が改めてかつての自分と向き合うチャンスなんだよ」
 ラフィエルが苦しむ秦を見つめ、セラフィスと向き合う。
 セラフィスがラフィエルの眼差しを受け止め、静かに手を外す。
「結局はみんな洸紀を利用しているのか・・・」
「・・・」
 地界もラフィエル達も洸紀と秦を元に戻す為に、洸紀を利用したった一人で危険な目に合わせている。
「洸紀早く帰って来いよ・・・」
 セラフィスが力無く呟く、ラフィエルがそっと目を閉じその遣り取りを伺っていたラピスが沈黙を通した。
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