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「っく!」
「うおおっ!!」
 キイン剣と剣がぶつかり合う激しい音、洸紀の体内から流れる白い砂が秦の体に吸い込まれ、秦の瞳は澄んだ蒼に戻り、洸紀の瞳もまた銀灰色に染まっていた。
「セフィ、大丈夫かい?」
「俺・・・ただ、ただ・・・また前みたいに皆でいたかったんだ。洸紀・・・寂しそうに笑って、洸紀の気持ちを無視してあんな酷い事」
 洸紀の黒い血で濡れた両手を見つめ、セラフィスが泣きながら肩を震わせる。
「セフィ・・・光紀君は分っているよ。だから自分を犠牲にして・・・」
 泣きじゃくるセラフィスの肩を抱き寄せ、ラフィエルもまた自分の無力さに唇を噛み締めた。
「もう誰にも止められない。ねえ、秦、光紀君・・・君達はきっとこうなる事分っていたんだね・・・。お互いを想いすぎて自分の幸せを犠牲にして・・・僕は2人とも大好きだよ。無理だと分っていても2人が笑っている未来を願わずにいられない」
 離れた場所で2人に向けて手を伸ばす、ラフィエルの瞳から一筋の涙が零れた・・・。
「秦・・・どうしてかな今凄く楽しい!今迄で一番楽しい」
 剣を操り秦から繰り出される剣撃を避けながら、洸紀が楽しげに笑みを浮べる。
「そうか、俺も本気のお前と剣を交える事が出来て良かった」
 僅かに笑みを零す秦は剣を交えている、洸紀の傷の具合が気に掛かり集中出来ていないのを、ラピスも感じていた。
『秦・・・あの子が選んだ事・・・応えてあげて』
「俺は・・・」
 ラピスの必死の声に秦もまた意識を集中させようとするが、洸紀の脇腹から流れる血に反応が鈍る。
「秦、本気出してよ」
「洸紀・・・俺が剣を交えたいのはお前じゃない。『白銀の魔物』だ」
「彼は僕だよ」
「違う、お前はお前だ」
「そう・・・この姿じゃダメなんだね」
 秦の拒絶の言葉に洸紀の銀灰色の瞳が細くなり、闇色の粒子を纏いかつての姿へと戻る。
「さあ、終わりにしよう・・・何もかも」
 秦の瞳が翳る、『白銀の魔物』の姿をした洸紀が自分が長い間求めて来た者なのか、愛する者と戦い合う・・・その先に在るものは別れだけなのに、笑っている洸紀、最初の頃は沢山泣いていたのに、何時の間にか涙を堪え強くなっていた。
 大好きな友達の女の子、空を失った時に流した涙は確かに人の味だった。
 今はそうなのだろうか、洸紀・・・お前は・・・。
「はああっ!!」
 秦に向かって洸紀が向かってくる、白い砂が秦に還り、黒い血が洸紀の体内から零れて行く。
『秦!?お願い!』
 構えていた剣を握る手を緩め、ラピスの悲痛な声が響き渡る。
 蒼色の瞳を閉じ秦はその時を待つ、永遠にも似た時間、終わりは秦の想像とは遥かに遠く瞳を開いたその時決着が着いた。
「なっ」
「うん・・・ありがとうラピス。これでいいんだ」
『秦・・・許してとは言わない。けれど一度だけ私は貴方を裏切った・・・この罪は永久に背負う』
 秦の意思が無く、秦の手にあるラピスは洸紀を貫いていた。
「秦・・・今迄ありがとう」
 『白銀の魔物』の姿をした洸紀がニコリと微笑み、握っていた剣で最後の力を振り絞り、秦を躊躇無く貫いた。
「か・・・は」
「秦!?光紀君!?」
「そんな・・・」
 呆然と2人を見守るセラフィスとラフィエル、大切な友人達が今1つの答えを出した。
「秦・・・あの時にかえろう・・・」
「洸紀・・・1つに」
 剣に貫かれたまま秦が洸紀を抱き寄せる、剣を伝い互いの血が在るべき場所へ流れていく。
「秦・・・大好きだよ」
「洸紀・・・俺も・・・お前が・・・」
 秦の言葉が想いを洸紀に伝える前に、洸紀の背後の空間から威圧感と共に手が伸び、洸紀の体を抱き締める。
ー全てが終わり、始まる・・・還して貰おうか。
「待ってくれ!俺は」
「秦、さようなら・・・」
 洸紀が秦の唇に触れ別れを告げる、秦が手を伸ばし洸紀に触れようとしたが、剣と共に洸紀の姿は消えてしまった。
「洸紀・・・それがお前の答えか・・・」
 秦の体に血が全て還り、傷が塞がり静寂だけがその場に残った・・・。

「おかえり・・・逢いたかったよ・・・」
 懐かしい故郷の匂い、そして今目の前にいる人物に此処が自分が在るべき場所だとはっきりと理解した。
「僕も逢いたかった貴方に・・・」
 僅かに『白銀の魔物』の姿の洸紀が微笑む、その姿をみたケルベロスが懐かしさに羨望の眼差しを向ける。
「ずっとずっと・・・私の側に・・・」
「はい・・・」
 王が玉座から降り洸紀の頬に冷えた手を触れる、洸紀もまたその手に自分の手を重ね微笑んだ・・・。

「秦・・・私は」
 洸紀が去りラピスが剣の姿から鳥の姿に戻り、秦の肩で深く頭を垂れた。
「ああ、洸紀が決めた事だろう?」
「でも私は、貴方と洸紀が2人で幸せになっても良いと思ったわ」
「洸紀はそれを選ばなかった・・・」
地界に還る事を選んだ洸紀、それは完全な秦との別離を選んだ証、秦は只遠くを眺めている、その表情からはどんな感情も読み取れなかった。
「秦、洸紀からこれを預かったの。洸紀と貴方が戦う少し前に洸紀が私に
頼んだのは、もし秦が自分を刺すのに躊躇した時に変わりに刺して欲しい
って・・・。洸紀は貴方を天使に戻す為に全てを注いだわ・・・秦、洸紀からの最後のプレゼントよ。あの子の気持ち受け取ってあげて・・・」
 ラピスが自身の羽毛の中に嘴を入れ秦に渡したのは、洸紀が空から貰ったバースデイプレゼントの鍵と王冠をモチーフにしたペンダントだった。
「洸紀・・・俺が結局は追い詰めたんだな」
 ラピスからそれを受け取り握り締め、拳を震わせながら小さく呟く。
「秦・・・」
「シン!ごめん!俺・・・俺」
 ラフィエルに肩を抱かれ泣きじゃくるセラフィスの頭を、秦が優しく撫でてやる。
「洸紀は許している。もう泣くな」
 微かに笑ってセラフィスの涙をそっと拭ってやると、セラフィスが漸く泣き止んだ。
「シン・・・帰ろう」
「セフィ・・・」
 シンの服の裾を掴みセラフィスが泣きはらした目で見つめる、その一歩後ろでラフィエルが静かに首を振った。
「セラフィス・・・俺は帰らない」
「どうして!もう、洸紀は・・・」
「それでも俺は洸紀と生きたこの世界に留まりたい」
 もう戻っては来ないとセラフィスの言葉を遮り秦が笑う、その笑みは嘗て天界で同族の命を奪い続けた『同族狩り』のシンが一度も見せた事の無い、満たされた幸せだと思わせる笑みだった・・・セラフィスはその笑みが天界では見られる事は無い、天界に戻ればまた秦の同胞の命を狩る姿を見る事になると、これ以上秦の説得は出来なかった。
「秦・・・僕は君が中央界に堕とされたあの時から、ずっと考えていたんだ。『同族狩り』を必要としない天界にするって、狂天使が産まれない様に天界を変えてみせる。だから大丈夫だよ、君は君の望む路を歩んで・・・」
「ラフィエル・・・ありがとう」
 ラフィエルの力強い言葉に心から感謝の言葉を告げる、秦が天に還らなければ次はセラフィスが『同族狩り』になってしまう、けれどラフィエルが『同族狩り』の要らない天界にすると誓うなら、いつかそれが実現する日が来るだろう・・・だから秦はその言葉に頷く。
「なあ、もしも洸紀に逢う事が出来たら、俺洸紀の事、本当に友達だと思っているって・・・大好きだって・・・後ゴメンって伝えて欲しい」
「ああ」
 ラフィエルがセラフィスを抱き寄せ『時の扉』を呼び寄せる、秦がラピスの頭を撫でラピスが秦から離れた。
「秦、貴方に私はもう必要ない。もう貴方の手は誰の命も奪わないもの、私は天界に戻るわ」
「おいでラピス」
 ラフィエルが空いている方の手をラピスに差し伸べた、ラピスが羽ばたきラフィエルの手に止まる。
「今迄ありがとうラピス」
「ええ、とても楽しかったわ。愛している秦・・・さようなら」
 呼び出された『時の扉』が開かれる、もしかしたら永久に再会する事が叶わないかもしれないけれど、4人の絆はこれからも変わる事は無い。
 扉に3人が吸い込まれ、後には秦と静寂だけがその場に残った。
 そして秦は身を翻しその場を立ち去る、一度も振り返る事無く前だけを見つめ、当て所なく洸紀と生きた時間に思いを馳せ前に進んで行く・・・。

「終わりましたね」
 『時の扉』の番人に出迎えられ、ラフィエル達が秦と別れ時空の狭間に立ち寄る。
「ええ、これで良かった気がします」
「洸紀を助けてくれてありがとな」
 ラフィエルが微笑み、セラフィスが冥界で洸紀を助けてくれた事へ礼の言葉を述べる、泣きはらした顔が寂しげに笑う。
「いいえ、大した事はしていません。洸紀・・・彼の意思は『真睡華』を手に手にする事が出来るほど強かった・・・それだけです」
「ええ、彼はとても強い・・・」
 きっとその強さがあったから地界に戻る路を選んだ、愛する天使と共に生きる事を望まなかった洸紀、彼は地界の王との約束を果たしたのだろうか。
「ラピス君はどうしたい?君をパートナーに迎えたい天使は大勢いる」
「・・・私は私の意思で主を裏切ってしまったもの。罪は背負う、私は眠るわ」
「ラピス・・・」
 ラフィエルの肩で静かに決意するラピスに、その場にいる3人は掛ける言葉が見つからない。
「いつか、貴方達が私達を必要としない天界にしてくれるんでしょう?」
「ああ!」
「勿論、誓うよ」
 セラフィスとラフィエルが笑みを浮かべる、『同族狩り』を必要としない世界、今すぐには無理かもしれないがいつか必ず実現して見せると2人が誓う。
「帰ろう、僕達の世界へ」
 ラフィエルが差し伸べる手をセラフィスが握り、天界への扉を開けて中へと消えて行く。
「いつかきっと叶う事を願います」
 光溢れる扉の向こう側に住む天使達を見送り、微かに笑みを零して見送る。
 天界からの光が細くなり静かに扉が閉まり、辺りは再び白いだけのシャラしかいない空間に戻る、中央界と地界に引き裂かれた2人を想いながら、らしくも無く2人の再会を願った・・・。

「ケルベロス・・・彼に伝言を」
「承知致しました」
 地界の最奥の間で王が常に傍らにいるケルベロスを呼び寄せる、『白銀の魔物』が戻り地界は地界なりに嘗ての平穏を取り戻し、ケルベロスが望んだ時間が流れている、しかし何処か満たされていないのは『白銀の魔物』が彼で在って彼で無いからだろうか。
「答えが欲しいと・・・」
「・・・分りました」
 王の前に跪き恭しくその手に口付け『白銀の魔物』・・・洸紀の元へと向かった。
洸紀は嘗ての彼もそうだった様に今も、最も高い岩の上で遥か暗闇の空を眺めて過ごしている、ケルベロスが見た限り王と洸紀の約束は果たせれていない。
「洸紀・・・」
「ケルベロス?どうかした?」
「王からの伝言を伝えに来ました」
 洸紀・・・その名前で彼を呼ぶのは何度目か、姿は『白銀の魔物』でも心は洸紀だからケルベロスは洸紀と彼をそう呼ぼうと決めた。
「伝言?」
「答えが欲しいと」
「・・・」
 洸紀が地界に戻りどれ程の月日が経ったかは分らない、魔物に時間など必要が無い。
「洸紀・・・王は貴方の本当の望みを分っている。王は貴方が地界を選んで、望んで帰って来た事を喜んでいます。貴方が望めば戻れるかもしれない」
「でも、約束を果たせていない・・・」
 約束はもう思い出している、けれどその叶え方が分らなかった、王は何時までも持つと言ってくれ、その言葉に甘えこうして此処で天を見つめ過ごしている。
「貴方は知っている筈です・・・」
「知って・・・?」
「貴方が見て来たもの・・・貴方のその目で見た世界が王が求めたもの。洸紀、私は貴方が好きだ、今の貴方も過去の貴方も」
 寂しげにケルベロスが微笑む、洸紀は自分の左目に手を当てゆっくりと指を食い込ませた、それが約束の成就の証だと確信して・・・。
「そうだね、ケルベロス。答えは此処にあったね、君がいるから彼は寂しくは無い・・・」
「ええ、私はこれからもずっとあの方の側にいます。だから、貴方は貴方の望む場所に・・・」
 更に左目に食い込ませる指に力を込める、躊躇いなど一切無い、それでもう一度愛しい天使に会えるなら。
 銀灰色の瞳から一筋の涙を零し、そして洸紀は左目を差し出した・・・。

「あれからどの位の時が経ったんだ・・・」
 洸紀と別れ幾度か刻が巡り、秦は再び洸紀が空を失った公園へと足を向けていた。
 どれだけ時が経とうとも洸紀と生きた日々は、色褪せる事無く秦の胸に残っている。
「洸紀・・・お前は今も闇の中か・・・」
 闇の中に戻る事を望み、秦と別れる事を受け入れた洸紀を秦は今でも愛し、再会を願っていた・・・それが叶わぬ望みでも。
「洸紀・・・俺はお前が好きだ。けれどやはり少し寂しいな、お前に逢いたい、声が聞きたい、笑顔が見たい」
 秦の言葉が切なげに吐き出された、けれどその想いを聞く人間は側にはいない。
 逢いたいと想う気持ちだけが募っていく、もう一度逢いたい、逢いたい人が遠すぎる。
「洸紀、お前は今・・・」
 シン・・・シン・・・秦!!
 秦が地面を見つめていると、微かに自分を呼ぶ声が聞こえ、徐々にはっきりと耳に声が届いた。
「洸紀!?」
「秦っ!!」
 何も無い宙から秦がずっと待ち続けていた洸紀が、秦の腕へと飛び込んでくる、秦は一瞬驚きながらも両腕を広げ洸紀を迎えた。
「ただいま!秦、ずっとずと・・・会いたかったよ」
 秦の腕の中で微笑む洸紀は、あの別れの時よりも成長し、少年から青年へと成長し秦の元へ還って来た。
「洸紀俺もだ・・・」
 背が高くなり秦より少し目線が下の洸紀の顔を覗き込んで、蒼い瞳を曇らせた。
「目を差し出したのか・・・」
 洸紀の前髪が左目を隠すように伸ばされ、柔らかな髪を掻き分けると洸紀の左目は固く閉ざされていた・・・。
「約束をちゃんと果たす事が出来たから」
 洸紀の笑みは一点の曇り無く満足げで、秦もまた柔らかに笑みを返す。
「そうだな、長い約束だったな」
「うん、あの約束があったから僕は今こうしていられる。また秦に会えた」
「ああ、おかえり洸紀。これからはずっと2人で生きていこう、愛してる」
「うん、僕もだよ秦。永久に君を愛する・・・」
 微笑んだ洸紀の右目から一筋の涙が零れ、それを秦がそっと唇で掬い取る。
「人の味がする」
「そう、僕は魔物でもあり、人でもある。君と生きて行く為の存在・・・」
 秦の背に手を回し、ずっと求めていた存在を抱きしめる、故郷を捨て互いの存在だけを求めた2人、今2人の想いが長い時を経て成就した・・・。

「これで良かったんですか?」
「ああ」
 地界の王の遥か彼方、時の向こうさえ見通す黄金の瞳が、ゆっくりと瞬いた。
「洸紀が去ったあの場所で、洸紀の代わりに剣が天を見ています」
「そうだな、彼に命を奪う為の刃はもう必要無い」
 洸紀の傍らで常に洸紀を支えていた『白銀の魔物』の剣は、現在岩の頂上で洸紀の代わりに天を見つめている。
「・・・貴方が望んだものは美しいですか?」
 王の眼前に浮かぶ銀灰色の球体・・・それが淡い光を放ち、王の金の左目に差し込んで王の望んだ物を見せていた。
「これが、空か・・・美しいな」
 先を見る事が出来る万能の瞳・・・けれどそれは映像の様に脳裏に浮かぶだけで目で物を見ている訳ではった、だからこそ王はこの地界以外の空を見る事を望んだ、叶わない願いと分っていても王は願ってしまった。
「どこまでも澄んだ色をしている」
 その願いに友であり片腕であった『白銀の魔物』が応えた、どんな結末になるか王が知っていても望みを叶える為に多くのものを犠牲にした。
「私は愚かな王だな、この美しい世界を見たい為に多くを犠牲にした」
「貴方の願いであの方は愛を知った、貴方に感謝していました」
 王が笑みを浮かべ、友のこれからの旅路に多くの幸が降り注ぐ事を、先を見通す瞳を使わず願う。
 そして地界の時は平常に過ぎていく、只今迄と違うのは王が地界以外の空の色を知った事と、この世界で一番高い岩には1本の剣が所有者に代わり空を見ている、閉じられた世界が少しだけ変化を受け入れた証だった・・・。

「じゃあ、ふたりはしあわせになったんだー」
 赤い頬の女の子が小さな両手で拍手をして、左目を前髪で隠した青年、洸紀がそれに頷いた。
「そうだね、2人はとても幸せだね」
「よかったねー」
 見ている誰もが笑顔になってしまう温かな笑顔を少女が浮かべ、洸紀が懐かしげに小さな頭を撫でてやると擽ったそうに肩を震わせる。
「いつまでもずっとなかよし?」
「勿論、ずっとだよ」
 見詰め合う目と目、何かを確かめ合う様に互いの瞳の奥を見つめる。
「あ、パパとママがよんでるー」
 暫く続く静寂の時間を破ったのは、少女を少し離れた場所で呼んでいる両親だった。
「うん、お別れだね」
 洸紀が少しだけ寂しげに、少女の背を見送った。
 両親の元へ少女が駆け出し、すぐまた足を止め洸紀の方を振り返る。
「またね、洸紀」
「さよならだよ、空」
 右目を瞬かせ一瞬驚くが、笑顔で空の生まれ変わりの少女に永久の別れを告げた。
「さようなら、空。どうか幸せな生を生きて・・・」
 何事も無かった様に少女が、優しげな両親の元へと駆け寄って行くのを見届け、かつて洸紀の一番の理解者であった少女の幸せを願った。
「幸せそうだな」
「うん、良かった。本当に」
 1人残された洸紀の背後から秦が現われ、2人の遣り取りを見守り、少女の笑顔で現在の空の状況が恵まれていると受け止めた。
「・・・あの頃に戻りたいか?」
「ううん、戻りたくないと言えば嘘になるかもしれないけれど、今はあの頃を愛おしく想うだけだよ」
 洸紀が秦の方を向き口許を綻ばせ、ベンチから腰を上げ秦の頬に触れる。
「僕は今とても幸せだよ、これからもずっと秦と一緒だから」
「俺もだ、洸紀俺の側で笑っていてくれ。俺はそれで幸せだと感じる事が出来る」
 ゆっくりと洸紀と秦の唇が重なる、甘く冷たい口付けに涙が出る様な安息と愛おしさを感じた。
 天使と魔物それは許されない恋だけれど、ずっと共に在りたいと、互いを想う気持ちだけは止められかった。
 2人はこれからもこの世界で、支え合いながら種を越え結ばれた絆で生きて行く・・・。

                               END  
 
 
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