【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

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12.笑顔

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 カーテンの隙間から漏れる朝日が顔にかかり、僕は目を覚ました。
 僕たちは僕のベッドで、互いに寄り添うように眠ってた。

 翼は泣きつかれた僕をお風呂に入れた後、一緒に寝ようって言って、自分の枕を僕の部屋に持ってきたんだ。

「ふふ、小さい頃みたいだね」

 そう言って、僕と同じベッドに入って、抱きしめながら眠る翼は、すごく温かかった。
 翼も寝る前にお風呂に入ったから、絵の具やウッディな香りは薄れて、僕と同じシャンプーの柑橘系の匂いがしてた。
 同じ香りがして、まるで二人で一つになれたみたいで、じんわり安心して眠れたんだ。

 翼を起こさないように、そっと布団から出る。
 時計を見ると、八時を過ぎてた。
 翼は昨日、合宿から帰ってきたばかりで、疲れてるはずだ。
 それなのに、昨夜は泣きじゃくる僕のために、ずっと寄り添ってくれたんだ。
 キッチンに向かうと、昨夜の肉じゃがの匂いがほのかに残ってた。
 冷蔵庫を開けると、翼が作ってくれた肉じゃがとお味噌汁が鍋のまま入っていた。
 僕は、その二つをコンロの火にかけて、温め直した。
 ご飯も冷凍庫に入っていたのを温め直す。
 静かに時間が流れ、肉じゃがとお味噌汁の優しい香りが膨らんできた。
 昨夜の涙が胸に蘇る。
 「僕は偽物なんだ」って叫んだ自分。
 翼の「こんな素敵な弟はいないのに」が、頭の中で響く。
 大和が好きになったのは、翼の笑顔かもしれない。
 でも、翼が言ってくれた。

「如月くんと一ヶ月以上笑い合ったのは、碧依だよ」

 その言葉が、心に小さな火を灯す。


 夏休みが残り一ヶ月となった今日、僕は決めた。
 このひと月、翼として大和の恋人でいる。
 たくさん思い出を作って、大和の笑顔を胸に刻むんだ。
 大和が翼を好きでもいい。
 それでも、僕と過ごして生まれた笑顔は、僕の心のなかに残る。
 それだけでいい。
 そして、9月の終わり、夏休み最後の日に、全てを話して別れる。
 偽物でも、本当の気持ちで大和と向き合いたい。
 大和を好きだという気持ちだけは、本物だから。
 こんな決断、間違ってるんだろうな。
 そんなことは分かってる。
 けれど、僕は大和と離れたくないんだ。
 だからお願い。
 大和、翼。
 一ヶ月だけ。
 僕に夢を見させてほしいんだ。
 そうしたら、僕は、すべてを大和に話すよ。
 きっと、大和には怒られると思う。
 もう、僕に笑いかけてなんてくれないかもしれない。
 それでもいいから。
 翼としてでも、大和のそばにいさせてください。
 


 キッチンで朝ごはんを作りながら、その願いをそっと握りしめる。
 レンジの音が鳴り、ご飯が温まった合図が静かなアパートに響く。
 その時、翼が目をこすりながら、リビングに入ってきた。

「碧依、早起きだね。いい匂い。」

 翼が笑う。いつもの眩しい笑顔。
 けれど、その目の下には薄っすらと隈ができていた。
 翼に心配ばかりかけていることに、胸が痛んだ。
 朝食の準備を終えて、翼と食卓を囲む。
 会話もなく、カチャカチャと食器の音だけが響いた。
 それでも、ニ人には穏やかな空気が流れてた。

 翼とは会話がなくても、いつでもわかり合えていた。
 僕が、気持ちを整理できてることは、きっと碧依に伝わってるんだろう。
 翼は、僕になんにも聞いてこない。

 口にした肉じゃがは、優しい味がして、今までで一番おいしかった。

「翼、話したいことがある」

 ご飯を食べ終わったとき、僕は深呼吸して、決意を口にした。

「夏休みの残り1ヶ月、翼として大和と恋人でいたい。最後に全部話して、別れるから。翼、いいかな?」

 翼の目が、ほんの一瞬、曇った。
 少し悲しそうな顔。
 でも、すぐに笑顔に戻って、そっと僕の頭を撫でてくれた。

「それが碧依の決意なら、僕は応援するよ。どんな碧依でも、僕の自慢の弟だから」

 その言葉に、胸がじんわり温まる。
 昨夜、翼が「偽物なんて言わないで」と言ってくれたように、僕をまるごと受け止めてくれる。
 こんなわがまま、翼にとっては迷惑でしかないはずだ。
 それでも、僕のためにそう言って笑ってくれる翼に、僕は「ありがとう」と言って、頭を下げるしかできなかった。
 

 
 食器を片付け、洗い物を終えた後、僕は自室に戻った。
 バイトの時間までまだ少し余裕がある。
 洗面台の前に立ち、深呼吸する。
 鏡に映るのは、翼とそっくりな顔。
 でも、どこか頼りなげな目元が、僕そのものだ。
 心臓がドキドキと早鐘を打つ。

「翼の笑顔……」

 僕は呟きながら、唇の端を上げてみる。
 翼の笑顔は、いつも眩しくて、まるで太陽みたいだ。
 自信に満ちて、誰の心も掴んで離さない。
 今日の僕は、ぎこちなく口角を上げるけど、うまくいかない。
 昨日の朝、鏡で見た時には、上手に笑えてたのに。

「違う……もっと、こう……」

 目を細め、頬を少し膨らませて、翼がよくやるあの無邪気な笑みを真似してみる。
 でも、鏡に映る目は、どこか不安そうに揺れている。

「大和が好きになった笑顔を作らなきゃ……」

 胸が締め付けられる。
 大和が惹かれたのは、翼のあの笑顔。
 本物の翼の輝き。
 でも、翼が言ってくれた。

「如月くんと一ヶ月以上笑い合ったのは、碧依だよ」

 その言葉を頭の中で繰り返すうちに、笑顔が自然になってきた。
 心の奥で小さな火が灯る。

「1ヶ月だけ…大和のそばで、この笑顔でいよう」

 僕は自分に言い聞かせるように呟き、碧依に借りた洋服に着替えた。
 肩に掛けたバッグの重さが、なんだか今日の決意を背負っているみたいだった。
 玄関で靴を履きながら、胸のドキドキが収まらない。
 でも、その鼓動は怖さだけじゃなくて、ほんの少し、期待も混じっている気がした。

 今日も、バイト先で大和に会う。
 久しぶりに翼の笑顔を練習して、心臓がドキドキした。
 これから一ヶ月。
 どんな事が待ってるんだろう。
 僕は弱いから、一人になると迷ったり泣いたりするかもしれない。
 それでも、どんなときでも、大和との時間を笑顔で過ごすんだ。
 どんな形でも、大和の笑顔に手が届くなら、僕は頑張れるから。
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