仮面の裏の虚像

Ms.ward 19

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第1章

椎名悟1-2

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「はい、また桑原君の負けだね」
「本当に弱いな、ババ抜き」
「なんでまた負けるんだよ。これ絶対おかしいって、5連敗ってなんだよ」
「悟君、そろそろ教えてあげちゃおうか」
「そうだな、賭けにも勝ったしな」
「桑原君、今から勝負に勝ったら明日の昼ご飯僕が奢るよ」
「言ったからな、コンビニまで使い走らせるからな」
 誠一はトランプの中からジョーカーと適当な2枚を取り出した。
「この中から僕がジョーカーを当てるから、桑原君は当てられないようにしてね。ジョーカーを当てたら僕の勝ち。ハズレたら桑原君の勝ち。それでいいね」
 桑原は腕を振るうそぶりを見せ、手に取った3枚のトランプをシャッフルした。そして誠一に裏返しで見せた。もちろん、裏から見てもカードの絵柄はわからない。
「じゃあ、当ててみるね。これでしょ桑原君」そう言うと誠一は真ん中のカードを指差した。
「違うよ」
「じゃあこっちだね」次は左のカードを指差す。
「違うよ」
「なるほどね、わかったよ桑原君。ね、そうでしょ悟君」
「その通りだな、俺もわかる」桑原はだんまりを決め込んでいる。
 誠一は左のカードを裏返した。すると、あの少し憎たらしくあざけ笑うような顔が出てくる。桑原は絶句した。
「よくこんなので演劇部なんか務めれるな桑原」
「なんでわかるんだよ、俺ずっと真顔だったろ」彼の真顔からはもはや不気味さが現れていた。
「顔じゃないよ、桑原君。手だよ、左手」
 彼は嘘をつくとき利き手とは逆の親指と人差し指を二、三回擦る。気を抜いたときに。まるで悔しさを顔に表せず悔しがるように。
「お前、嘘下手だろ。左手見ればすぐわかるぞ」
「なんだよそれ、早く言えよ。弱みに付け込むなんて友達としてひどいぞ」
「賭けは賭けだしね。それにもう桑原君の買ってくれたお弁当は食べてしまったし」誠一はわざとらしく腹一杯ということを表そうと、お腹をさわる。
「そうだな、賭けは賭けだ。それに言い出したのは桑原だぞ」
「ああ、もうやだよ、やだやだ。ポーカーフェイスは得意なんだけどな」
「顔はしっかりしてたよ、不気味なほどに。だけどね、人が嘘をつくときは顔よりも手や足に変化が起きるって何かで聞いたことがあるよ」
「出たな佐藤知恵袋。俺はそんな情報に惑わされない。惑わされないからな」そう言いつつ左手を机の下に隠した。
 佐藤知恵袋サトウチエブクロ、何処かで聞いたことのある響きだ。
「じゃあ桑原君は罰ゲームだね」
「おいもう今月は金ないって」
「すっからかんの財布に用はないよ」不良まがいのセリフを吐くと誠一は、桑原の左胸元につけている青色の名札を左に引っ張った。プチッと小さく音を立て外れる。青色は今の2学年を表している。
「このまま放課後までだよ」
「なんだそれ、簡単な罰ゲームだな」
「桑原君、5限目の社会の先生って誰だっけ」
「なるほどな、それはいい罰ゲームだ」
 社会の先生は生徒指導の担当であり、校則には厳しい。もちろん名札をつけることも校則であるから、注意されるはずだ。
「お前ら卑怯だぞ、罰ゲームに先生を使うだなんて」
 誠一は私と向かい合って笑った。桑原は誠一から名札を取り返そうとするが、それをひょいと避けて私にパスをする。そしてまた私も誠一にパスをする。それを見てまた誠一は笑った。

「一本背負いを教えてやろうか」そう言いだしたのは柔道部Aだった。
 何を唐突に言い出すのかと思えば、話を聞くところによると最近は不良がうろついているらしい。本校なのか他校なのかは知らないが、用心のために教えといてやる、そういうことらしい。
「そんな簡単なものじゃないことくらいお前が一番わかっているだろう」
「まあそれはそうだけどな。知識ってのは時に武器よりも強力な生存手段になるんだぜ。ペンは剣よりも強し、知識はペンよりも強しってな」
 よくわからないことわざを並べられたまま5分程度のレクチャーを受けた。そしてこう言い放つのだ。
「椎名、やっぱりお前は柔道部に向いてるって。剣道部なんかやめて柔道部に入っちまえよ」
「最後はやっぱりそこに落ち着くんだな」柔道部員は私の顔を見て声を立てて笑った。
 柔道部の人数は少なく、今の3学年の先輩達が引退をしてしまったら2学年は彼しかおらず、残りは後輩のみとなってしまうそうだ。
「そういえばな、もう一つニュースがあるんだよ」
「まさかさっきの不良をお前が全員したとか言うんじゃないよな」
「そんなことねえよ、まず会ったことすらないんだからな。俺じゃないけどよ、複数人いた不良共を一人で伸したやつがいるって聞いたんだよ。それもごく最近」
「そんな漫画みたいな事あるものなのか」
「あるんだよ、実際のところ」
「それならもう俺が一本背負い習う必要はなかったんじゃないのか。まあどの道できやしないけどな」
「あのなあ椎名、用心はするに越したことはねぇんだぞ。何かに向けての対策案は5つ以上用意してようやく功をなす。これでも足りないってもんだ」
 彼の言葉は否定できないものだった。剣道の試合でも自分の苦手とする技や相手と対するときは対策案が1つでは心許こころもとない。とはいえ選択肢を増やしすぎるというのもまた愚策と思える。それでは判断に時間を使ってしまいかえって無意味である。
「よお、何してんだよ椎名」遠くから声をかけてきたのは桑原智久、体育委員の彼は記録表と鉛筆を持ってクラスメートの記録を書いている。
「上体起こし何回だったんだ。まさか俺に負けてねえだろうなあ」
「ちょうどいいところに来たな桑原、ちょっとこっちに来てくれないか。マットが破れているんだ」
「そうなのか、どこだどこだ」桑原は近づいて来るとマットを眺めた。そして私は先程のレクチャー通りに彼をマットに投げた。放物線を描くように彼は綺麗に宙を舞う。
 重く、小さく音が響いた。
「痛えな、何すんだお前」
「人の昼飯は勝手に食べるものじゃないぞ」
「げ、バレてたのかよ」
「バレるも何もお前隠す気すらなかったろ、人の昼飯を早弁なんかしやがって」
 柔道部Aは後ろから歩み寄って来て拍手をしていた。
「椎名、やっぱりお前柔道部に向いてるって」
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