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第6話 『リアルには何も求めない』
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「――とにかく、今から私たちは恋人よ」
「いや今の流れでなんで普通に戻れるんだよ。嫌だよ。なんで俺がそんな面倒なことに付き合わされなくちゃなんないんだよ」
たしかに二次元が好きでリアルに関心が無いからといって、それだけで差別され、同情されるのは気に食わない。でも、社会がそういう風になってんだからもう仕方がないだろ。今さら社会に俺たちの人権を求めたからといってどうにかなるものじゃない。リアルに期待したってしょうがない。
だからもういいんだよ。
『リアルには何も求めない』。
この信条がある限り俺はリアルでは何もしない。
「あなたが動かなければ、誰が動くのよ」
「は? 知らねえよ。そんなのやりたいやつがやればいいだけだろ。ていうか、お前がやればいいじゃん。俺を巻き込むなよ」
「私とあなたが協力すれば社会を変えられる」
久遠は真っ直ぐ俺を見つめる。
「……なんでそんなこと言い切れんだよ」
「言ったでしょう。あなたはただのオタクじゃない。自分がオタクだということを一切恥じていない。一切、劣等感を抱いていない」
「当たり前だ。恥じたり劣等感を抱くなんて、そんなの俺の好きな二次元を否定しているようなもんだろ」
「そんなあなただからこそ、変えられるのよ。報われるべきが人が救われる」
報われる。救える、か。
「俺にそんなことできねえよ……」
「単体ではできないでしょうね。でも私と組めば、少なくとも今の状況は変えられる」
「今の状況って?」
「あなたは普段の学校生活で、劣等感を抱く瞬間が一切ないと、言い切れるの?」
「…………」
言い切れない。俺は一ノ瀬と話すとき、空馬と話すときに多少の劣等感を覚える。
オタク病の俺に同情しているのではないか。同情で話してくれているのではないか。空馬は違うかもしれないが、一ノ瀬はそうだ。あいつは、俺に同情してカウンセリングなんてしているのだろう。
話しかけられるのが鬱陶しい以前に、俺は、同情で話しかけられることに劣等感を抱いている。
「あなたは本当に、今の状況をまったく! 変えたくないと思っているの? 現状に満足しているの?」
「……満足なんて、してるわけねえだろ」
一ノ瀬のことだけじゃない。
過去を思い出す。
俺がオタクだからって、俺の人格を否定してきたやつら、俺を弱者のような目で見つめるやつら、そして、その状況が当たり前だと思って、受け入れてしまっている自分。
そんなの、満足しているわけねえだろ。
本当は自分の気持ち押し殺して必死になって我慢してんだよ!
「じゃあ、やることはひとつよ」
「え」
「現実を変える」
「変えるって……」
「私とあなたが恋人関係になる。それだけでも、あなたの世界は大きく変わるわ」
「俺の世界が……変わる?」
「少なくとも、教室の中だけでも変わるわ」
教室の中で変われば俺は、一ノ瀬から同情の目で見られなくなる……。
空馬と同じように、対等に扱ってくれるかもしれない。
それに、社会が変わる。俺と久遠なら変えられる。
久遠はたしかにはっきりと確信している。
どうしてそこまで言い切れるんだ。
久遠の強い意思と確信はどこから来ているんだ。本当に変えてしまえるのだろうか。
気になってしまった。だからつい――
「…………付き合うっていうのは、それだけは、いいかもしれない。あっ――」
言ってしまった。
「決定ね。えっと、名前なんだったかしら? オタクくん?」
「……その呼び名はやめろ。猪尾宅也だ。さっき名前言ってただろ。お前アニメの見過ぎで記憶ストレージもうねえんじゃないの?」
「は⁉」
「あ⁉」
再び睨み合う。
「いちいち癇に障るわね。とにかく私のことは名前で呼んで、連絡先も交換するわよ」
久遠はポケットからスマホを取り出す。
「……な、名前で呼ぶのか?」
「恋人なのだから当たり前でしょう。それとも、あなたはオタクのくせにリアルの女に惑わされてるのかしら? あら~? 自信持って二次元が好きだって言ってたオタクはどこに行ったのかしら~」
久遠は右手を目の上にかざし辺りを見渡す。
「た、環! 環だろ! ふんっ! 俺がリアルの女に惑わされるわけないだろ。じゃあお前も俺のことは名前で呼べよな」
「そ、そんな必要あるかしら」
「お前が言ったんだろ。それとも何だ~? おっとこれは少女漫画の展開かなぁ? リアルと二次元を区別できない女の気配がするな~」
「た、宅也! 宅也でしょ! はっ! あなたみたいなモブキャラが少女漫画のヒーローなわけないでしょう」
「誰がお前のヒーローになってたまるか」
「誰があなたのヒロインになってたまりますか」
何度目か睨み合う。
「で、どうやって連絡先交換すんの?」
「知らなわいよ」
「なんで知らねえんだよ! お前が言い出したんだろ! なんかお前メッセージアプリ持ってないの?」
「はっ、そんなもの私に必要ないわ」
「社会性持つ意思ある? んじゃあ、電話番号交換するだけでいいか」
「そうね。それじゃあ後はよろしく」
そう言って環は俺にスマホを渡す。
「は?」
「私が人との連絡先交換ができると思ってるのかしら」
「……堂々と言うんじゃねえ」
ちなみに環のスマホの待ち受けはライトノベルはポストカードを写真で撮ったものだった。どんだけ好きなんだよ。いや! 俺も負けてないけどな!
「はい。これでできたぞ」
「ありがとう、と言っておくべきかしら」
「言っておくべきだよ。迷うな」
環は俺からスマホを受け取り、ポケットに入れた。
「それじゃあ、明日からよろしくね。宅也」
「お、おう。よろしくな。た、環」
「あれ~? 照れてるのかし――」
「照れてねえ!」
こうして俺と環の偽物恋人物語が始まるのであった。
つい、引き受けてしまった。
俺は現状を少しでも変えたかった。ただ、それだけじゃなかった気がする。
どうしてだろうか。リアルと二次元の区別がついていないと糾弾したのは俺にも関わらず、俺はつい、あいつの強い意思に惹かれてしまった。
その強い意思はまるで、主人公のようだったから。
つい、あいつの理想を見てみたくなってしまった。
強い意思を持つあいつが報われてほしいと思ってしまった。
『リアルには何も求めない』。
そう言いつつ俺は、見えない何かを求めてしまったのかもしれない。
面倒なことになってしまったが、一度引き受けてしまったことを断ることもまた面倒だ。
面倒なことは避けたい。
でも――
ちょっとだけ様子を見てみようかなと、そう思ってしまった。
「いや今の流れでなんで普通に戻れるんだよ。嫌だよ。なんで俺がそんな面倒なことに付き合わされなくちゃなんないんだよ」
たしかに二次元が好きでリアルに関心が無いからといって、それだけで差別され、同情されるのは気に食わない。でも、社会がそういう風になってんだからもう仕方がないだろ。今さら社会に俺たちの人権を求めたからといってどうにかなるものじゃない。リアルに期待したってしょうがない。
だからもういいんだよ。
『リアルには何も求めない』。
この信条がある限り俺はリアルでは何もしない。
「あなたが動かなければ、誰が動くのよ」
「は? 知らねえよ。そんなのやりたいやつがやればいいだけだろ。ていうか、お前がやればいいじゃん。俺を巻き込むなよ」
「私とあなたが協力すれば社会を変えられる」
久遠は真っ直ぐ俺を見つめる。
「……なんでそんなこと言い切れんだよ」
「言ったでしょう。あなたはただのオタクじゃない。自分がオタクだということを一切恥じていない。一切、劣等感を抱いていない」
「当たり前だ。恥じたり劣等感を抱くなんて、そんなの俺の好きな二次元を否定しているようなもんだろ」
「そんなあなただからこそ、変えられるのよ。報われるべきが人が救われる」
報われる。救える、か。
「俺にそんなことできねえよ……」
「単体ではできないでしょうね。でも私と組めば、少なくとも今の状況は変えられる」
「今の状況って?」
「あなたは普段の学校生活で、劣等感を抱く瞬間が一切ないと、言い切れるの?」
「…………」
言い切れない。俺は一ノ瀬と話すとき、空馬と話すときに多少の劣等感を覚える。
オタク病の俺に同情しているのではないか。同情で話してくれているのではないか。空馬は違うかもしれないが、一ノ瀬はそうだ。あいつは、俺に同情してカウンセリングなんてしているのだろう。
話しかけられるのが鬱陶しい以前に、俺は、同情で話しかけられることに劣等感を抱いている。
「あなたは本当に、今の状況をまったく! 変えたくないと思っているの? 現状に満足しているの?」
「……満足なんて、してるわけねえだろ」
一ノ瀬のことだけじゃない。
過去を思い出す。
俺がオタクだからって、俺の人格を否定してきたやつら、俺を弱者のような目で見つめるやつら、そして、その状況が当たり前だと思って、受け入れてしまっている自分。
そんなの、満足しているわけねえだろ。
本当は自分の気持ち押し殺して必死になって我慢してんだよ!
「じゃあ、やることはひとつよ」
「え」
「現実を変える」
「変えるって……」
「私とあなたが恋人関係になる。それだけでも、あなたの世界は大きく変わるわ」
「俺の世界が……変わる?」
「少なくとも、教室の中だけでも変わるわ」
教室の中で変われば俺は、一ノ瀬から同情の目で見られなくなる……。
空馬と同じように、対等に扱ってくれるかもしれない。
それに、社会が変わる。俺と久遠なら変えられる。
久遠はたしかにはっきりと確信している。
どうしてそこまで言い切れるんだ。
久遠の強い意思と確信はどこから来ているんだ。本当に変えてしまえるのだろうか。
気になってしまった。だからつい――
「…………付き合うっていうのは、それだけは、いいかもしれない。あっ――」
言ってしまった。
「決定ね。えっと、名前なんだったかしら? オタクくん?」
「……その呼び名はやめろ。猪尾宅也だ。さっき名前言ってただろ。お前アニメの見過ぎで記憶ストレージもうねえんじゃないの?」
「は⁉」
「あ⁉」
再び睨み合う。
「いちいち癇に障るわね。とにかく私のことは名前で呼んで、連絡先も交換するわよ」
久遠はポケットからスマホを取り出す。
「……な、名前で呼ぶのか?」
「恋人なのだから当たり前でしょう。それとも、あなたはオタクのくせにリアルの女に惑わされてるのかしら? あら~? 自信持って二次元が好きだって言ってたオタクはどこに行ったのかしら~」
久遠は右手を目の上にかざし辺りを見渡す。
「た、環! 環だろ! ふんっ! 俺がリアルの女に惑わされるわけないだろ。じゃあお前も俺のことは名前で呼べよな」
「そ、そんな必要あるかしら」
「お前が言ったんだろ。それとも何だ~? おっとこれは少女漫画の展開かなぁ? リアルと二次元を区別できない女の気配がするな~」
「た、宅也! 宅也でしょ! はっ! あなたみたいなモブキャラが少女漫画のヒーローなわけないでしょう」
「誰がお前のヒーローになってたまるか」
「誰があなたのヒロインになってたまりますか」
何度目か睨み合う。
「で、どうやって連絡先交換すんの?」
「知らなわいよ」
「なんで知らねえんだよ! お前が言い出したんだろ! なんかお前メッセージアプリ持ってないの?」
「はっ、そんなもの私に必要ないわ」
「社会性持つ意思ある? んじゃあ、電話番号交換するだけでいいか」
「そうね。それじゃあ後はよろしく」
そう言って環は俺にスマホを渡す。
「は?」
「私が人との連絡先交換ができると思ってるのかしら」
「……堂々と言うんじゃねえ」
ちなみに環のスマホの待ち受けはライトノベルはポストカードを写真で撮ったものだった。どんだけ好きなんだよ。いや! 俺も負けてないけどな!
「はい。これでできたぞ」
「ありがとう、と言っておくべきかしら」
「言っておくべきだよ。迷うな」
環は俺からスマホを受け取り、ポケットに入れた。
「それじゃあ、明日からよろしくね。宅也」
「お、おう。よろしくな。た、環」
「あれ~? 照れてるのかし――」
「照れてねえ!」
こうして俺と環の偽物恋人物語が始まるのであった。
つい、引き受けてしまった。
俺は現状を少しでも変えたかった。ただ、それだけじゃなかった気がする。
どうしてだろうか。リアルと二次元の区別がついていないと糾弾したのは俺にも関わらず、俺はつい、あいつの強い意思に惹かれてしまった。
その強い意思はまるで、主人公のようだったから。
つい、あいつの理想を見てみたくなってしまった。
強い意思を持つあいつが報われてほしいと思ってしまった。
『リアルには何も求めない』。
そう言いつつ俺は、見えない何かを求めてしまったのかもしれない。
面倒なことになってしまったが、一度引き受けてしまったことを断ることもまた面倒だ。
面倒なことは避けたい。
でも――
ちょっとだけ様子を見てみようかなと、そう思ってしまった。
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