オタク病

雨月黛狼

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第23話 リアルを求められない

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「わたしが、猪尾くんのことが好きだから」


「…………」
「一ノ瀬さんの、言う通りだわ。最初から、間違っていたわ」

「た、環?」
「あなたはもう十分社会性があるじゃない。あなたを、受け入れてくれる人がいるじゃない。…………私と、違って」

「お前だってそうだろ! 俺だけじゃない! 一ノ瀬や空馬がいる。お前を受け入れてくれる人間はいるんだよ」

「それは全部、偽物なのよ」

「に、偽物……? 偽物なんかじゃないだろ。実際今日だって四人で遊んだ。みんなで楽しくいられた。それは、偽物じゃないだろ」
「偽物よ。今私がここにいるのは嘘でできたものだから。私の嘘で、作られたものだから。それで、一ノ瀬さんを傷つけてしまった」

「そ、それは――」
 一ノ瀬が俺の言葉を遮る。

「これからわたしは環ちゃんが社会性を取り戻せるよう全力でサポートする。だから、今のやり方は変えてもらうよ。猪尾くんを犠牲にするようなやり方は許せない」
「違うんだよ一ノ瀬! それは俺が勝手にやったことなんだよ!」

 俺が間違っていたんだ。間違ったやり方をしたからややこしくなってしまったんだ。

「勝手にやったこと。そうなんだ。猪尾くんの意思でやったことなんだ。ふーん、それじゃあ、尚更ダメだね。このまま中途半端な関係のままでいたらまた、猪尾くんは環ちゃんの犠牲になろうとする。猪尾くんはあまりにも純粋で、優しいから。だから、今までの関係はやめて。環ちゃん、猪尾くんを利用しないで」

「一ノ瀬! そんな言い方ないだろ!」

 俺はつい立ち上がり叫ぶ。観覧車が少し揺れる。
「仕方がないわ。事実だもの。私は、あなたを利用しようとして、実際にあなたを利用してしまった。私は、ちゃんと自分の意思を貫けなかった。だから……仕方がないの」

 環は声を震わせながらショルダーバックの中の何かを力強く握る。

「はい。じゃあ今日で偽物の恋人関係は終わり。それで、いいよね?」

 再び一ノ瀬は目を見開き、有無を言わさぬ迫力で言う。

「……今は難しくても、いつかは環だって自分の意思を貫けるときがくるはずだ」

「そんな日が来るの? いつ? どうやって? 何があって? 無理でしょ? これから先ずっと、付き合っていると周りに言うことも、言わないことも」

「っ!」
 顔が引きつってしまう。何も反論できなかった。
 否定できなかった。俺が環と付き合っていると周りに知らしめたら環が俺と同類だとばれてしまう。だが、付き合っていないと言うならば、じゃあなんなんだという話になる。

 確かに、今の状況は中途半場だ。俺が招いた、最悪な状況だ。

「今日でもう、やめましょう」

 環は小さな声だが、ハッキリ言った。

「え」
「もう、偽物の関係は終わり。明日からは普通のクラスメイト」
「な、なんでそうなるんだよ……」

「意味がないからよ。結局、偽物じゃ何もできない」

「……わかんないだろ。いつかちゃんと覚悟できるかもしれないだろ」
「そう、かしらね」

 環は寂しそうな笑みを浮かべ、俯く。

「そんなっ、どうして……」

 俺は体の力が抜け、座ってしまう。

「環ちゃんはこう言ってるけど、それでも猪尾くんは環ちゃんと偽物の関係でい続けたいの?」

 一ノ瀬が真っ直ぐ俺を見つめる。

「お、俺は――」
「できないよね。だって、猪尾くんにはもっと大切なものがあるもんね。『リアルには何も求めない』だっけ? 今さら、現実に何かを求めることなんてできないもんね」

 ……『リアルには何も求めない』。俺の、信条だ。

 たしかに、俺には二次元がある。二次元があるからこそ、今の俺がある。現実を否定したさきに今の俺の大切な場所がある。

 もし俺が現実に理想を求めたら、俺は自分の守ってきた世界を否定することになってしまう。現実に理想がないからこそ、二次元という理想を作った。それを、今さら急に崩すことなんてできない。

 俺は自分の信条に逆らえない。
 
 逆らったら、現実を肯定してしまえば、二次元を否定することになる。
 二次元を否定するということは――
俺の世界を否定するのと同時に、環の二次元の世界を否定することにもなってしまうから。

 俺は俯くことしかできなかった。しかし、俺の手は前から引かれた。

「えっ」
「ふふっ」

 一ノ瀬に手を引かれ、隣に座らされる。そして、腕をからめとられる。

「なっ、なにしてんだよ」
「え、だって猪尾くんは環ちゃんの彼氏じゃないんでしょ? だからべつにこうしていたっていいじゃん。嫌? でも否定できないよね。猪尾くんはとても、優しいもんね」

 戸惑うことしかできなかった。何も言えなかった。自分が今何を考えているのか。何を考えるべきかもわからなくなっていた。

 これが、リアル?
 俺が求めていないリアル?
 俺を求めて、受け入れてくれるこの世界がリアル?
 リアルってなんだ?
 現実ってなんだ?
 理想ってなんだ?

 訳が分からなくなり、俺はただ床の一点を見つめることしかできなくなってしまった。
 ただ視界に入る横には一ノ瀬がいて、観覧車がどのくらいの高さにあるかも分からなかった。

「これからどうしていこうか、環ちゃん」
「……え」

 環は小さな声を上げる。

「社会性を取り戻してゆく方法だよ」
「わ、私は、べつに社会性を取り戻したいわけじゃ――」
「猪尾くんみたいなことを言うんだね。でもね、それは違うよ?」
「ち、違う?」

「猪尾くんはこうして社会性を取り戻した。好きなものを好きでいたまま現実世界を受け入れることができた。わたしの計画通り。だからね、環ちゃん? わたしの計画に従えば環ちゃんもきっと社会性を取り戻せるんだよ? わたしの言うことを聞いていれば、世界は変えられるんだよ」

「世界を、変える……?」

「うん。とても簡単。わたしに任せれば環ちゃんを受け入れる人を見つけることができる。その人と一緒に歩めば、世界は違って見えるんだよ」

「……違って、見える。でもそれは、自分を誤魔化しているだけじゃ――」

「自分の立場わかってる?」

「え」

「今、自分を誤魔化しているのは環ちゃん自身なんだよ? 創作物の中に浸って、今の自分を見ていないのは誰? ちゃんとした現実を見られていないのは誰? 猪尾くんを利用して現実から目を背けていたのは誰? そう。環ちゃんだよね? だからね、一緒に頑張って、現実を見ていこう?」

「わ、私は、ちゃんと、現実を見ようとして――」

「でも、できなかった。猪尾くんに守られたまま、ただ黙って猪尾くんの傍にいることしかできなかった。それはもう仕方がないよ。だから、自分の行いから自分を知って、そこからどうしていくか考えていくことが大切なんだよ。今回の件で環ちゃんは自分のことが知られてよかったじゃん。じゃあ、次だね。どうしていこっか」

「それは……」

 一ノ瀬が一方的に環を糾弾している。

 俺はそれを止められなかった。そもそも止めるべきなのかもわからなかった。
 自分の考えそのものが、正しいのか間違っているかわからなくなってしまった。
 もはや、そう思う自分の気持ちも、本物かどうかわからなかった。
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