鬱になって、はじめて恋をした

雨月黛狼

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白い花

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 自室。放心状態。

「どうしたの? こっちゃん。具合悪いの?」

 私の幼馴染みにして唯一の友だち、星宮律。通称、りっちゃんが私の顔を覗く。りっちゃんの手元には、クマのぬいぐるみとネコのぬいぐるみがある。
 りっちゃんの趣味はおままごとだ。ぬいぐるみに声をあて、それで色々なシチュエーションのドラマを作る。保育園から変わっていない趣味。いつもはりっちゃんの相方として私もおままごとに参加しているのだが、今日はそういう気分じゃなかった。
 帰宅してから少しして家のチャイムが鳴った。りっちゃんは定時制の高校に通っていて、今日は軽いオリエンテーションだけだったらしく暇を持て余したのか、私の家に遊びに来ていた。これは日常で、りっちゃんは急に家にやってくる。りっちゃんの親の方針でスマホは持たせてもらえないのだ。家の電話もあるけれど、りっちゃんは電話を掛けるのが難しくてできない。だからこうして突然やってくるのだ。ひとりになりたい気持ちもあったけれど、孤独でいたくないという気持ちもあった。だから家に招き入れた。りっちゃんは私の部屋のぬいぐるみで遊び始めたが、私はずっとベッドの上で黙り込んでいた。でも、さすがに様子がおかしいと思ったみたい。
 どうしよう。高校生活が上手くいかなかったなんて言ったら、心配をかけちゃう気がする。でも、話したい。私が心から気を許せるのはりっちゃんだけだから。
 私は意を決して口を開いた。

「クラスメイトに、嫌われちゃったんだ」

 自分で『嫌われる』という単語を口にしただけで泣きそうになった。いや、もう視界は涙で溢れている。腕で涙を拭い、笑顔を作る。

「ごめんね。りっちゃん。せっかく応援してくれたのに」
「えらいよ! こっちゃん!」

 りっちゃんは歯を見せ、くしゃっと笑った。

「……えらい? 私が?」
「うん! だって、こっちゃんは頑張ったんだよ。学校に行ったのがえらいよ!」
「でも、上手くいかなかったんだよ?」
「りつは羨ましいなあ。中学校みたいに色んな人といっぱいお話したい」

 私は何も言えなかった。
 中学の頃、私とりっちゃんはずっと一緒にいた。
 色んな人といっぱいお話しなんてしていない。
 私は先天性白皮症、世間一般で言うアルビノという体質で、髪は白髪、瞳も白い。妖怪みたいな見た目をしている。しかも、身長が男子の平均ほどあり、威圧感がある。目つきも悪い。コミュニケーションが苦手ということも相まって、りっちゃん以外の同級生と話した記憶がない。
 一方、りっちゃんは、先天性の発達障害、いわゆるADHDという個性を持っているらしい。注意力の欠如、多動性。短期記憶が難しい。見た目は小さくて、真っ黒でさらさらな髪を揺らし、いつも笑っている。コミュニケーションを苦手としている訳ではないのだが、周りからは、いわゆる『平凡』だと思われてなくて、敬遠されていた。

 私たちは、ずっとふたりきりで、誰かと話したことなんてなかった。
 
 時々、思うことがある。私がいなければ、りっちゃんはもっと沢山の友だちがいたんじゃないかな、って。こんなに明るくて優しい子が受け入れられない方がおかしい。たしかに私は雨のように疎まれ、嫌われる存在かもしれないけれど、りっちゃんはまさに太陽のような存在だ。こんな子がクラスの人気者であることに私は何も違和感を得ない。むしろ、りっちゃんの個性を馬鹿にする人がいたら、お腹の底からふつふつとマグマの泡が湧いてきそうになる。

 そんな太陽のような存在のりっちゃんだが、いや、だからこそ、私を軽蔑するなんてことしなかった。むしろ、綺麗、素敵、と言ってくれる。

 りっちゃんがどうして私と一緒にいてくれるか分からないけれど、私がりっちゃんと一緒にいる理由は明確にある。個性がどうとかではない。いや、もしかしたら関係はしているのかもしれないけれど、それは直接的な理由じゃない。りっちゃんは、いつ、どこから見てもりっちゃんなのだ。太陽がどの位置から見ても輝いているように、りっちゃんには裏表がない。そして、雨のような私にも優しく温かい笑顔を向けてくれる。その人格が好きなのだ。

 依存していると分かっている。私を受け入れてくれるのはりっちゃんしかいないって確信している。今までの同級生も私を嫌っていたし、先生も怖がっていた。親なんて、子どもである私に『小雨』なんて名付けた。
 りっちゃんといる時だけ、雨が止み、光が差すのだ。笑顔を見るだけで、私は生きていていいんだって思える。でも、そんな風に思う自分に嫌気が差していた。結局、私は自分を受け入れるために、りっちゃんという希望の光を通して、自分を肯定しようとしているのだ。
だから、高校はりっちゃんとは別にした。

 大好きな親友だからこそ、離れた。
 依存し、利用していない、本物の親友であるために。
 ちゃんと平凡な高校生になって、他人を通して自分を受け入れるような人間じゃなくなった時にはじめて、りっちゃんと本当の親友になれる気がした。
 でも、失敗した。
 やっぱり私は異常なんだ。
 私はつい愚痴をもらした。

「……高校は、色んな人とお話しすることなんてできないよ」
「こっちゃんキレイなのに?」
「この見た目だからだよ。こんなんだから嫌われる」
「こっちゃんは嫌われてなんかいないよ?」
「嫌われてるよ」

 私がそう吐き捨てると、りっちゃんは私の部屋に置いてあるネモフィラの造花を手にした。

「お花が嫌いな人なんている?」
「どうだろ。嫌いな人は珍しいかもね」
「それとおんなじだよ」

 私が首をかしげると、りっちゃんは笑顔になる。

「こっちゃんがキレイだから、みんな、こっちゃんのことが好き」
「うーん……。どういうこと?」
「なんて言ったらいいんだろー。青いお花がいっぱいあるお花畑に、ひとつだけ真っ白なお花があるってことだよ」
「それ、悪目立ちするよ」
「でも、そのお花を嫌う人っている?」

 その言葉を聞いて去年の今頃を思い出した。りっちゃんの家族とネモフィラのお花畑に行った時に、辺り一面に広がる青いネモフィラを見て感動した。まるで青空が地面に落ちてきたかのようで、そこにいるだけで空に浮かんでいるような感覚になった。ゆっくりと歩いてネモフィラを眺めていた。そこで気づいたことがあった。ネモフィラは全部、青色かと思っていたけれど、白いネモフィラもあったのだ。遠くから見ても気づかなかった。近づいて、あ、白いお花があるんだとそこで初めて気づいた。私はその白いネモフィラを見て嫌な気持ちになったかといえば、そんなことない。可愛いなと思った。

 きっと、りっちゃんはそういうことを言いたいのだ。

 色が違うだけで、綺麗な花であることは変わらない。それを個性だと思うだけで、嫌う要素にはならない。学校という青一面のお花畑で私は目立つ存在だけれど、ただ白いというだけで、それ以外は何も変わらない普通のお花なんだ。ましてや、遠くから見たら白い花があるなんてことまったく気にならない。その白い花は、周りが青ばかりで不安になるかもしれない。でも、それが理由で摘み取られることはないのだ。私は、単なる一輪の白いお花。それ以上でも、それ以下でもない。

「私、嫌われてないのかな?」

 こんな問い、自分を慰めるだけだと分かっている。でも、りっちゃんに応えてほしかった。

「うん! みんな大好きだよ!」
「そっか」
「こっちゃん、やっと笑った」

 そういえば今日は一度も笑っていなかった。

「ごめんね。ずっと暗かったよね」
「それもこっちゃんだよ。いいんだよ!」
「ありがと」

 その後はいつも通りおままごとをして日が暮れた。
 私はりっちゃんを家まで送り、その帰り道で夕陽を眺めた。
 太陽は夜になったら必ず沈んで、真っ暗闇になる。それでも、朝になればまた姿を現らして、光を与えてくれる。

 今日の心は雨模様。
 でも、明日はきっと晴れる。
 もう少しだけ、頑張ってみよう。
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