「代わりはいくらでもいる」とクビにされた事務官令嬢ですが、全書類に私の「指紋認証魔術」をかけていたのを忘れましたか?

クラム

文字の大きさ
10 / 10

第10話:鍵守の幸福なる永劫

聖岩帝国の消滅から、一年。

かつて世界を揺るがした大爆発の跡地は、今や草木すら生えぬ「虚無の穴」となり、歴史からその名を消し去った。
対照的に、フェンリス公国は未曾有の繁栄を謳歌している。
夜になれば、シルフィアが再構築した恒久魔導網エターナル・グリッドが街を黄金に染め、民衆はその光の下で「鍵守の妃」の名を讃美した。

公国中央、天を突くようにそびえ立つ大公宮殿の最上階。
そこは、アルリックがシルフィアのためだけに造り上げた、世界で最も贅沢な幸福な檻エデンだった。

「……また、少し出力が上がりましたね」

私は、銀の髪を背中まで流し、窓辺の特注端末に指を置いた。
一年前、バルトルトが引き起こした自爆の衝撃から私を救ったのは、アルリックの強引な魔力供給だった。
その際、私の魔力刻印エンゲージ・リンクは彼の魂と不可逆的な結合誓約マリッジ・リンクを起こし、今や私の思考一つで公国全土の門が開き、風が止まる。

「いいことだ。貴女が願えば、この国のすべてが貴女の手足となる。……俺の心臓さえもな」

背後から、熱い体温が私を包み込む。
アルリックは私の項に顔を埋め、チョーカーの宝石越しに脈打つ鼓動を確かめるように深く吸い込んだ。
彼の独占欲は、帝国を滅ぼした後も収まるどころか、日ごとにその深度を増している。

「閣下、今日は戴冠一周年の式典です。……民衆が広場で待っていますよ」

「そんなものは影武者にでも任せればいい。俺が世界に見せたいのは、俺の腕の中で、俺の魔力に染まりきった貴女だけだ」

アルリックの指が、私の右手の甲にある刻印を愛おしげに撫でる。
そこには、かつての事務官としての「仕事」の証ではなく、彼と魂を分かち合ったが、消えない熱を持って光っていた。

私は眼鏡を直し、彼の方を向き直った。
新しい眼鏡が、アルリックの瞳の奥にある狂おしいほどの愛——そして、私を二度と外界へ逃がさないという「鉄の意志」を鮮明に映し出す。

(……ああ。私はもう、あの書類の山に戻ることはないのだわ)

かつて「代わりはいくらでもいる」と言われた事務官は、今や一国の運命を握る唯一無二の鍵となった。
私がいなければ、この国の扉は一枚も開かない。
そして、私という鍵を握る唯一の主は、目の前のこの男だけ。

「アルリック様。……私はもう、どこへも行きません。あなたの隣が、私の最も効率的なですから」

「……その言葉を待っていた」

アルリックは満足げに目を細め、私の唇を奪った。
深く、熱く、呼吸すらも共有するような口付け。
それは契約の更新であり、永遠の服従の誓いでもあった。

窓の外では、公国の空に祝福の魔導花火が打ち上がっている。
帝国の暗闇とは無縁の、輝かしい光の奔流。
私はその光に目を細めながら、自分自身が選び、構築した「幸福な牢獄」の心地よさに、そっと身を委ねた。

もう、誰の指紋も受け付けない。
私の世界を開けるのは、ただ一人、私を愛し抜いた独裁者だけなのだから。
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

【完結】捨てられた侯爵夫人の日記

ジュレヌク
恋愛
十五歳で侯爵家に嫁いだイベリス。 夫ハイドランジアは、愛人と別邸に住み、三年の月日が経った。 白い結婚による婚姻不履行が間近に迫る中、イベリスは、高熱を出して記憶を失う。 戻ってきた夫は、妻に仕える侍女アリッサムから、いない月日の間書き綴られた日記を手渡される。 そこには、出会った日から自分を恋しいと思ってくれていた少女の思いの丈が詰まっていた。 十八歳になり、美しく成長した妻を前に、ハイドランジアは、心が揺らぐ。 自分への恋心を忘れてしまったとしても、これ程までに思ってくれていたのなら、また、愛を育めるのではないのか? 様々な人間の思いが交錯し、物語は、思わぬ方向へと進んでいく。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

婚約者が私の見舞いには来ず、他の女の茶会に行っていたので――気づいた時には、もう愛は完全に冷めていました

唯崎りいち
恋愛
見舞いにも来なかった婚約者が、他の令嬢の茶会には出席していた。 その事実に気づいた時、私の愛は完全に冷めていた。 静かな婚約破棄の先で明かされる王家との繋がりと、彼の後悔。

娘を毒殺された日、夫は愛人と踊っていた――聖女と呼ばれた私は、王家を静かに崩壊させる

唯崎りいち
恋愛
異世界に転移し、“聖女”として王太子ジークフリートに嫁がされたフェリシア。 愛のない結婚の中で、唯一の救いは娘シャルロットだった。 しかし五歳の娘は、父から贈られたネックレスによって毒殺される。 娘が死んだ日。 王宮では祝賀会が開かれ、夫は愛人と踊っていた。 誰も娘の死を悲しまない世界で、ただ一人涙を流したのは、第八王子リュカだけだった。 やがてフェリシアは知る。 “聖女は子を産んではならない”という王家の禁忌と、娘の死の裏にある政治的思惑を。 ――これは、娘を奪われた聖女が、王家を静かに崩壊へ導いていく物語。

選ばれなくてよかったと、今は思います

たくわん
恋愛
五年間の婚約を、一夜で破棄された。 理由は「家格の不一致」。 傷ついた翌朝、私は泣くのをやめて仕事着を着た。 王立文書院の渉外部職員として、今日も書類と向き合う。それだけでいいと思っていた。 出勤すると、一枚の張り紙があった。 新長官着任。エドワード・ヴァルツ・シュタイン侯爵。 昨夜の晩餐会で、遠くに座っていた「氷の侯爵」がそのまま上司になった。 彼は口数が少なく、笑わず、感情を見せない。 でも仕事の評価だけは正確だった。 「君の報告書は読みやすい」「渉外部はあの職員が要になっている」——誰かに選ばれたくて生きてきたわけではないのに、仕事を通じて初めて、自分の輪郭がはっきりしてくる気がした。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

「妹で足りると言われたので、私は身を引きます

藤原遊
恋愛
妹で足りると言われ、婚約は一方的に破棄されました。 ――ええ、構いません。私は身を引きます。 ただ、この婚姻に何が含まれていたのかを、彼はご存じないようです。 それでも妹を選ばれるのであれば、どうぞご自由に。 私は何も申しません。 ……そのままで、本当に大丈夫なのでしょうか。