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第八十七話:鳴動
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それから、おれは寝室で仮眠をとった。
だが、一分もしない内にフォルザに引き起こされた。
眠った時は深夜だと思ったが、すでに夜は明けていた。
疲労からくる熟睡は、数時間をほんの瞬き程度の時間に圧縮していた。
彼女は朝から元気いっぱいだ。
「まだ眠い? すでに役者が勢ぞろいしているわ。ステキな舞台が幕を開けるわ。見ないと損よ。もっとも結末がわかりきった芝居よりは奇妙奇天烈な夢のほうが魅力的ともいえなくはないけど……」
フォルザは顔を紅潮させ、やたら早口でいった。
おれはまぶたをこすりながら起き上がった。
「やっぱりルーも見てみたいと思うのね。そりゃそうね。マッタリア王国、百年ぶりの戦だもの。前座は丘の上の大砲の争奪戦よ」
フォルザはそういい、寝室を後にした。一緒に寝ていたはずのジュリとバカはすでに起きた要るのだろう。
寝床は空だった。
フォルザを追ってたどり着いた丘の頂上は、最後に見た時よりさらに殺風景になっている。
丘の上には広場には大砲が一個だけ、どでーんと置かれていた。
あとは砲を操作するためちょこまかと動き回る修道騎士たちがわずかにいるだけだ。
「そろそろ火薬も弾も乏しいわ。残念だけど一号機のお仕事はここでおしまい。よく頑張ってくれたわ」
フォルザは青緑色の砲身をいとおし気になでた。
三本の塹壕も手前側の一本を残して埋め戻されている。
「塹壕を埋める必要はあったの?」おれはフォルザにたずねた。
「ちょっぴり危険なイタズラを仕掛けてみたの。あとで披露するからしっかりと目に焼き付けるといいわ」
「フォルザ閣下! ルー殿!」
ふたりの姿を目ざとく見つけ将軍が、赤毛を振り乱しながら近づいてきた。
昨晩のセクシーなコスチュームから一転して鎧をまとったおかたい武者の姿だ。もちろん化粧っ気もない。
兜は未だ見つからないようだ。
血のような赤毛も切れ長の目尻も思う存分見せびらかしている。
「将軍! 今朝の鎧姿も似合ってるよ!」おれはアストレアを冷やかす。
「ルー殿、からかうのはやめてくれ。あと昨日起こったことは金輪際口にするなよ」
「あら、将軍。あたしの知らないところでなにかあったの? ルーが突然戻ってきたことと関係あるの? ねえ、教えて?」
「閣下には関係のないことです」
「あたしたち、主従の関係でしょ」
「だからこそ余計にいいたくありません」
おれは将軍のこめかみの血管が、一瞬、膨張するの見逃さなかった。
将軍の苛立ちを見てフォルザは眉を上げた。
深入り無用と察したのか、話題を変える。
「ねえ、将軍。修道騎士団のメンバーをもう少し丘の上にも配置してくれない」
「われわれは丘の上で戦う気はありません」
「ただの舞台挨拶よ。ちょっくら笑顔で愛想を振りまくだけ。芝居が始まったらさっさと舞台の裾に引っ込ませて」
「わかりました」将軍はうなずく。「接敵後、交戦せずにすぐ撤退させればいいんですね」
「そのとおり。選りすぐり美人を用意して」
「どうせ兜で見えないと思いますが……わかりました。初日舞台挨拶にふさわしい素敵な女優を用意しますよ」
北側へと落ちこんでいく坂道は昨晩の雨の影響でしっとりと黒ずんでいた。
とはいっても、足をとられるほどのぬかるみではいない。
馬を走らせるにはちょうど良い感じの粘り気のある大地だった。
秋風は強いもの朝焼け空には雲ひとつない。
霧立ち上る麓には、敵軍の行列が砂糖を求めるアリのように蠢いている。
「まだ攻撃までは時間がありそうね。軽く食事でもしましょ」
騎士団の連中があかね空の下、丸テーブルを用意する。
フォルザが一昨日ぶっ壊した奴とは別のやつだ。
おれとフォルザはテーブルを囲み、ビスケットと苦いお茶を飲んだ。
コップから立ち上る豊かな湯気が東へと流れる。本日は西風。
「閣下。準備はよろしいですか? 霧が晴れていきます。そろそろ敵の第一波がくるころかと」
将軍がいった。
「わかったわ」
フォルザが太ももの上の食べカスを払いながら立ちあがる。
修道騎士たちはそそくさと丸テーブルと食器を片づけた。
「ルー、こっちきて」フォルザはおれの手を引き、森の中へと連れ込む。
「あたしたちの持ち場はここ。バースデーケーキのロウソクをふきす役。さあ、隠れて隠れて」
フォルザはおれの頭を押さえつけた。
巨人のいびきにも似た角笛の声が紅葉を揺らす。
それが敵軍突撃の合図だった。
「いいか! 馬上から一発撃ったらすぐさま撤退するんだ!」
将軍が壕の後ろに整列し騎乗した修道騎士たちに檄を飛ばしている。
両手には火縄銃が握られている。すでに火縄には煙を吹いている。
修道騎士の真ん前には一門の砲がこれみよがしに放置されている。
かすかに大地が揺れる。
振動は次第に大きくなり、ついに地震かと錯覚するほどの地鳴りに変わる。
ひづめが蹴りあげる泥が火山岩のように上空に飛びちり、染まり始めたばかりの青空を汚した。
王太子ご自慢の重騎兵隊がとうとう稜線から姿を現した。
騎兵の鎧が朝日を受けて芸術品のようにきらめいている。
馬体は活断層のように脈打ち、いななきは雷鳴のよう、白い息は活火山のように噴き出している。
まさしく動く大陸だ。
大河ドラマなんてお話にならない迫力だ。
しかし、その威容たる怪物たちを前にし、修道騎士は眉一つ動かさない。
筒を眼前に掲げ、まるで爆速で向かってくるヒグマに.300WMの狙いをつける熟練猟師のように身じろぎしない。
王立騎兵は第一の壕を軽々と飛び越えた。槍の穂先が修道騎士に迫る。
だしぬけパンと一発、銃声がなった。
弾丸は誰にもあたることなく突撃する重騎兵の頭の上をすり抜けていった。
「はやい!」
将軍が怒鳴った。
弾丸が耳元を通過したというのに重騎士の一団は驚くそぶりもない。
突撃の速度は依然保たれている。
「ひきつろ! とにかくひきつけろ!」
将軍が指図する合間にも重騎士は目前に迫ってくる。
激しい雹のような蹄の音が木々を揺らす。
「撃て!」
重騎士の先頭と取り残された広場の大砲とが交錯した瞬間、将軍が叫んだ。
パーティークラッカーを一万発鳴らしたような轟音が大気を揺らした。
重騎士の先頭数名がぱらぱらと落馬した。
だが、敵軍は全くひるまない。置き去りにされた大砲を蹴散らしながら、修道騎士団に迫る。
「撤退! 撤退!」
将軍アストレアがサーベルを振りながら、修道騎士団に命ずる。
修道騎士団は瞬時に反転し、重騎士に背を向けながら丘を下り始めた。
真正面からの突破を狙った重騎士の気勢は手ごたえ鳴く空振りし、目標を見失った馬たちが足を止める。
「今よ!」
フォルザの叫んだ。
右手には松明、左手にはロープが握られている。
フォルザがロープに火をつけた。
導火線代わりのロープに炎が走った。
ロープの先は重騎士が立ち止まった地面の下にもぐり込み――。
まさか――。
「伏せて! 耳! 耳押さえるの! あとまぶたも抑えて!」
フォルザが叫びながら、おれにのしかかってきた。
次の瞬間――
だが、一分もしない内にフォルザに引き起こされた。
眠った時は深夜だと思ったが、すでに夜は明けていた。
疲労からくる熟睡は、数時間をほんの瞬き程度の時間に圧縮していた。
彼女は朝から元気いっぱいだ。
「まだ眠い? すでに役者が勢ぞろいしているわ。ステキな舞台が幕を開けるわ。見ないと損よ。もっとも結末がわかりきった芝居よりは奇妙奇天烈な夢のほうが魅力的ともいえなくはないけど……」
フォルザは顔を紅潮させ、やたら早口でいった。
おれはまぶたをこすりながら起き上がった。
「やっぱりルーも見てみたいと思うのね。そりゃそうね。マッタリア王国、百年ぶりの戦だもの。前座は丘の上の大砲の争奪戦よ」
フォルザはそういい、寝室を後にした。一緒に寝ていたはずのジュリとバカはすでに起きた要るのだろう。
寝床は空だった。
フォルザを追ってたどり着いた丘の頂上は、最後に見た時よりさらに殺風景になっている。
丘の上には広場には大砲が一個だけ、どでーんと置かれていた。
あとは砲を操作するためちょこまかと動き回る修道騎士たちがわずかにいるだけだ。
「そろそろ火薬も弾も乏しいわ。残念だけど一号機のお仕事はここでおしまい。よく頑張ってくれたわ」
フォルザは青緑色の砲身をいとおし気になでた。
三本の塹壕も手前側の一本を残して埋め戻されている。
「塹壕を埋める必要はあったの?」おれはフォルザにたずねた。
「ちょっぴり危険なイタズラを仕掛けてみたの。あとで披露するからしっかりと目に焼き付けるといいわ」
「フォルザ閣下! ルー殿!」
ふたりの姿を目ざとく見つけ将軍が、赤毛を振り乱しながら近づいてきた。
昨晩のセクシーなコスチュームから一転して鎧をまとったおかたい武者の姿だ。もちろん化粧っ気もない。
兜は未だ見つからないようだ。
血のような赤毛も切れ長の目尻も思う存分見せびらかしている。
「将軍! 今朝の鎧姿も似合ってるよ!」おれはアストレアを冷やかす。
「ルー殿、からかうのはやめてくれ。あと昨日起こったことは金輪際口にするなよ」
「あら、将軍。あたしの知らないところでなにかあったの? ルーが突然戻ってきたことと関係あるの? ねえ、教えて?」
「閣下には関係のないことです」
「あたしたち、主従の関係でしょ」
「だからこそ余計にいいたくありません」
おれは将軍のこめかみの血管が、一瞬、膨張するの見逃さなかった。
将軍の苛立ちを見てフォルザは眉を上げた。
深入り無用と察したのか、話題を変える。
「ねえ、将軍。修道騎士団のメンバーをもう少し丘の上にも配置してくれない」
「われわれは丘の上で戦う気はありません」
「ただの舞台挨拶よ。ちょっくら笑顔で愛想を振りまくだけ。芝居が始まったらさっさと舞台の裾に引っ込ませて」
「わかりました」将軍はうなずく。「接敵後、交戦せずにすぐ撤退させればいいんですね」
「そのとおり。選りすぐり美人を用意して」
「どうせ兜で見えないと思いますが……わかりました。初日舞台挨拶にふさわしい素敵な女優を用意しますよ」
北側へと落ちこんでいく坂道は昨晩の雨の影響でしっとりと黒ずんでいた。
とはいっても、足をとられるほどのぬかるみではいない。
馬を走らせるにはちょうど良い感じの粘り気のある大地だった。
秋風は強いもの朝焼け空には雲ひとつない。
霧立ち上る麓には、敵軍の行列が砂糖を求めるアリのように蠢いている。
「まだ攻撃までは時間がありそうね。軽く食事でもしましょ」
騎士団の連中があかね空の下、丸テーブルを用意する。
フォルザが一昨日ぶっ壊した奴とは別のやつだ。
おれとフォルザはテーブルを囲み、ビスケットと苦いお茶を飲んだ。
コップから立ち上る豊かな湯気が東へと流れる。本日は西風。
「閣下。準備はよろしいですか? 霧が晴れていきます。そろそろ敵の第一波がくるころかと」
将軍がいった。
「わかったわ」
フォルザが太ももの上の食べカスを払いながら立ちあがる。
修道騎士たちはそそくさと丸テーブルと食器を片づけた。
「ルー、こっちきて」フォルザはおれの手を引き、森の中へと連れ込む。
「あたしたちの持ち場はここ。バースデーケーキのロウソクをふきす役。さあ、隠れて隠れて」
フォルザはおれの頭を押さえつけた。
巨人のいびきにも似た角笛の声が紅葉を揺らす。
それが敵軍突撃の合図だった。
「いいか! 馬上から一発撃ったらすぐさま撤退するんだ!」
将軍が壕の後ろに整列し騎乗した修道騎士たちに檄を飛ばしている。
両手には火縄銃が握られている。すでに火縄には煙を吹いている。
修道騎士の真ん前には一門の砲がこれみよがしに放置されている。
かすかに大地が揺れる。
振動は次第に大きくなり、ついに地震かと錯覚するほどの地鳴りに変わる。
ひづめが蹴りあげる泥が火山岩のように上空に飛びちり、染まり始めたばかりの青空を汚した。
王太子ご自慢の重騎兵隊がとうとう稜線から姿を現した。
騎兵の鎧が朝日を受けて芸術品のようにきらめいている。
馬体は活断層のように脈打ち、いななきは雷鳴のよう、白い息は活火山のように噴き出している。
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しかし、その威容たる怪物たちを前にし、修道騎士は眉一つ動かさない。
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「はやい!」
将軍が怒鳴った。
弾丸が耳元を通過したというのに重騎士の一団は驚くそぶりもない。
突撃の速度は依然保たれている。
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将軍が指図する合間にも重騎士は目前に迫ってくる。
激しい雹のような蹄の音が木々を揺らす。
「撃て!」
重騎士の先頭と取り残された広場の大砲とが交錯した瞬間、将軍が叫んだ。
パーティークラッカーを一万発鳴らしたような轟音が大気を揺らした。
重騎士の先頭数名がぱらぱらと落馬した。
だが、敵軍は全くひるまない。置き去りにされた大砲を蹴散らしながら、修道騎士団に迫る。
「撤退! 撤退!」
将軍アストレアがサーベルを振りながら、修道騎士団に命ずる。
修道騎士団は瞬時に反転し、重騎士に背を向けながら丘を下り始めた。
真正面からの突破を狙った重騎士の気勢は手ごたえ鳴く空振りし、目標を見失った馬たちが足を止める。
「今よ!」
フォルザの叫んだ。
右手には松明、左手にはロープが握られている。
フォルザがロープに火をつけた。
導火線代わりのロープに炎が走った。
ロープの先は重騎士が立ち止まった地面の下にもぐり込み――。
まさか――。
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次の瞬間――
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