おれのあばずれお姫さま――ノースキルで異世界転生。「大丈夫! 養ってあげる」おれは巨乳の姫のヒモになる

ほろのやかん

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第九十話:水面に浮かんだ怪物

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 風は強く、刺すようにつめたい。
 森も川も丘も視界のすべてが青い影に包まれている。
 おれはまぶたをこすると、大きな伸びをする。
 決戦の朝だ。
 眠れぬはずの夜だというのにぐっすり眠れた。
 リュネットがビスケットと熱いお茶を持ってくる。
 おれは挨拶し受け取った。
「リュネットは逃げないの? これから大衝突が始まるよ」
「今さらどこに逃げろっていうの? フォルザさまのおそばにいるのが一番安全」
 彼女は気丈にもそういった。

 太陽のへさきが森からのぞく。
 東の空から打ち寄せるあかね色の光が、丘をつつんでいた影を押し流していく。
 朝日が照らす丘の上に、兜を小脇に抱えた長い銀髪の男がいた。
 磨き上げられた鏡のような鎧を身に着けている。
 偉容な風格、鎧の下には隆々りゅうりゅうたる体躯が隠れているのが手に取るように分かる。
 男の長髪が風になびいた。
 日差しが彼の銀髪をほむら色に染め上げる。
 聖泉のような美しい騎士だった。
 朝飯を終えたばかりの騒がしいふもとの軍勢もまた息をのむ。
 みな、丘の上の偉丈夫に見惚みほれているのだ。
 王太子――。
 説明されるまでもない。
 堂々たる体格、自信に満ちた態度、フォルザがまとっている空気とよく似ていた。
 生まれながらの支配者が発するオーラだった。
 誰もが確信したはずだ。
 こいつは将来は王になる――いい直そう、おそらく王になるかもしれない人物だ。
 王太子はおれたちの陣地に一瞥いちべつをくれると稜線の奥に消えた。
 口元には不敵なほほえみがあった――気がする。
 カルボニ伯軍を侮ってか、それとも来るべき戦いを心待ちにして楽しんでいるのか。
 胸の内はわからない。
 王者の視線から解放されたふもとの軍勢の緊張が、つかの間やわらいだ。
「あ、あれを見ろ!」左手から叫び声が上がった。
「なんだ、ありゃ!」別の男が叫ぶ。
 おれはそっちをむいて、目をいた。
 カルボニを出て以来、ずっと寄り添ってきたパスティリア川に異様な物体が浮かんでいた。

 黒くてどでかい丸い筒。
 黒ゴマかなんかを練り込んだ巨大ちくわ――んなわけあるか。
 巨大な土管――それも違う。土管の縁はあんなに分厚くない。
 おれの背筋を悪寒が走った。
 大砲だ!
 巨砲が川の上を走っている!
 しかも、フォルザが延々引きづってきた大砲とはくらべものにならない。
 でっかい砲がでっかいボートに載せられて静かに川を下っているのだ。
 ボートの両側には何人もの漕ぎ手。一糸乱いっしみだれぬ動作でオールを回している。
 砲口がゆっくりとこちらを向く。くりぬかれた砲身と目が合った。
 砲身の奥はどこまでも虚無が続いている。
 虚無がぎろりとこちらを見た。
「あれ、なに?」
 すぐそばのフォルザがいった。
「いうまでもないわよね」
 巨大な砲を前にしてフォルザは冷静を保っている。声には震えひとつ見えない。
「――キターラの街の要塞砲ね。考えたわね。あの変態」
「伏せろ!」甲高い将軍の怒号どごうがあたりに朗々と響き渡る。
 フォルザがおれの頭をつかむと、地面にたたきつけた。

 刹那――。
 轟音が水面みなもに高波を立て、閃光があたりを焦がした。
 熱い空気とともに頭上を鉄の嵐が駆け抜けていった。
畜生ちくしょう! 散弾か!」フォルザが叫んだ。
 悲鳴が一瞬聞こえ、遠のいた。

 目の前には地獄絵図が広がっている。
 川岸の塹壕はえぐりとられ、真横から砲撃を喰らった騎士たちは一瞬にして血煙と化した。
 壕の側面は大きく崩れ、たわんだ金属の破片が突き刺さっている。
 バリケード代わりの荷車も砲撃に巻き込まれ吹っ飛び、あたりは耕運機で耕されたように平坦になった。
 生臭さが鼻に突いた。
 右手になにかが触れた。
 おれは振り向く。
 腹ばいになった修道騎士が右手を伸ばしていた。
 砲撃で吹き飛ばされ、おれの元まで転がってきたのだろう。
 兜は外れ、髪も顔も青い衣も真紅に染まっている。
 少女の震えるつぶらな瞳が何かを訴えかけている。
 わななく口元は祈りをささげているようだ。
 おれも夢中で少女の方に手を伸ばす。
 しかし、おれの手が触れる直前、彼女は激しく身悶《みもだえ》えし血を吐いた。
 血染めの手が激しく痙攣けいれんし、だらりとたれる。
 同時に彼女のこうべががくりと落ちる。

「予備兵! 予備兵! 水上の砲に攻撃だ!」
 将軍の叫び声が聞こえる。
「生き残りはでも……馬の死体でもなんでもいい。防壁だ! 壁を作れ!」
 塹壕の端の盛り土が千切れ飛び、そこから川の水がしみ込んでくる。
 数少ない生き残りが必死で泥を盛り上げている。
 見れば左手の林の奥から修道騎士の一団が駆けよってくる。
「突撃だ! 突撃! 川に浮かんだ化け物を突き落とせ!」
 将軍がかすれた声で指示を飛ばす。
 修道騎士たちが嫌がる馬の腹を蹴りとばす。
 川へと、巨砲へと、突撃を準備する一団の中にセリーズの姿もあった。
 セリーズは戦いの最中だというのに兜を跳ね上げている。
「撃て! 撃て! 撃て! 準備のできた者から反撃せよ。清純たる修道騎士団を傷つけたものは神の呪いを!」将軍が絶叫する。
「神の呪いを!」騎士団が応じる。
 血みどろになった塹壕の生き残りが火縄銃を構えボートに向けて射撃を始めた。
 数名の漕ぎ手が川に落ちた。しかし砲の撃ち手はその場でしゃがみこんで、舷側げんそくを盾にして銃撃をやりすごす。鉛玉が分厚い木板にぱしぱしと刺さる。
「突撃だ! 突撃! 死せる戦友の復讐を!」
 アストレアが声をからし、叫んでいる。
 馬は騎士をのせ、凍てつく秋のパスティリア川を駆ける。
 ボートがゆっくりと旋回し、砲口が渡河中の騎馬に向いた。
 舟の上に人影があった。手には十字架のような槍が握られている。
 十字架の横棒の先端からは煙がくすぶっている。
「あいつを狙って! ヤツが口火を持っているわ」フォルザが指さす。
 要塞砲が火を噴くのと、修道騎士たちの放った鉛の雨が船上の男たちをなぎ倒すのは同時だった。
 砲が放った散弾は船に迫る騎士の一団に直撃し、彼女たちと乗騎を肉塊に変える。
 血と骨と肉の雨が降った。
 魂の抜けた細切れの物体がぼとりぼとりと水面に落ち、しぶきを上げる。
「突撃だ! 突撃!」将軍はかまわずげきを飛ばす。
 騎士は川に浮いた戦友の死体をかきわけながら進む。
 ボートの生き残りが立ち上がり、修道騎士を迎え撃つ。
 再度の銃撃。
 鉛玉を喰らった男たちがばたばたと水面に落ちる。
 とうとう騎兵がボートにたどり着いた。
「撃ち方やめ。撃ち方やめ」
 アストレアの命令で壕の中の修道騎士が銃をおろす。
 あとは白兵戦だ。
 しかし剣術の腕の差は明らかだった。
 瞬きする間にも、馬上の修道騎士は船上の一団を切り刻んだ。
 川は死体であふれ、先ほどまでの静謐がウソのようにどす黒く染まっている。

 ボートは修道騎士たちに占拠された。
「せーの」騎士たちが声を合わせた。
 騎士たちが片一方の舷側げんそくを持ち上げると、ただでさえ不安定だったボートはあっという間に転覆した。
 水しぶきを上げ要塞砲がパスティリア川に沈んでいく。
「ああ砲が! 砲が沈んでいくわ。 あれ作るのに金貨千枚はくだらないのに」
 フォルザがくやしそうに叫んだ。
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