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第二十二話:まいどあり! 小娘一丁、安くはないよ
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湿度の高い酒場は汗と酒と脂が混じり合ったにおいがした。
ドアを閉めると、朱色の太陽光線は遮断され、店内は夜のように暗くなった。
扉の締まり際に駆け込んできた隙間風が、か細いロウソクを揺らした。
あかりの揺らめきに呼応し、床に落ちた粗末なテーブルの影が虚ろに伸び縮みする。
床は泥のような踏みごたえがあった。
ねちょりと靴底にガムのようなものがまとわりついている。
足を上げて触ってみると、ぽろぽろと土のようなものが落ちた。
おがくずだった。なんの目的があってかわからないが、この店の床にはおがくずがばら撒かれていた。
客が入って来たのに『いらっしゃい』のひとこともない。不愛想で小汚い店だった。
店内を見回すとカウンターの前に将軍の丸い背中があった。
将軍の体重に比べてスツールは心もとなく、脚は今にもへし折れそうだった。
奥のテーブルからは下卑た笑い声が上がっている。
おれはねっちょりとした足底の感触を我慢しながら、カウンターまで歩いた。
将軍の前に置かれた鈍色の杯にはすでに酒が注がれている。
「ツレにも同じのを頼む」
恵まれたガタイに似合わないおどおどとした亭主は、杯を将軍のとなりの席におき酒を注いだ。
スツールの座面はアメのような光沢があった。
すべてが汚れた酒場の中で唯一、清潔さがあった。
毎日のように酒と男のケツが座面を磨いているのだ。
「そう肩に力を入れるな。兄弟。さあ、飲もうぜ。乾杯だ」
おれがスツールに座るなり、将軍は杯を鼻先に持ち上げた。
イヌのような黒目がちな瞳がおれに杯を取れとうながしている。
――仕方ない。
おれは杯をかかげ、老将軍と乾杯した。
「健康を祝って」
鉛色の杯同士がぶつかり、硬質な音をたてる。
将軍は杯を口元に持っていき、一息に飲み干した。
たるんだ喉が、異世界の寄生虫のように不気味に動く。
杯の縁は得体の知れないものがこびりついている。おれはためらった。
この杯には口をつけたくない。
将軍はじっとおれを見つめている。
――小僧、おれの酒が飲めないのか?
将軍の目はそう語っている。
――試されているのか?
酒の一杯や二杯で怖気づいていると思われては癪だった。
おれは勇気を振り絞りって、ざらざらする杯の縁に口をつけた。
酒は潤滑油のようなにおいがする。
息を止め、どろりとした液体を口に入れた。
強い酒だ。吐き出しそうになるのを我慢して喉の奥に無理やり注ぎ込む。
アルコールが喉を焼く。味は――よくわからない。
なんだかよくわからないものを飲んでしまったという不快感だけが胃の中で渦巻いている。
「いい飲みっぷりだ。もういっぱいいけるか?」
老将軍の好意はありがた迷惑だった。
「ほら、飲め。飲め」
将軍はカウンターに置かれたビンを取り、酒を注ごうとする。
「キャッ!」とつじょ、か細い悲鳴が店内にこだました。
「さ、さわらんで。どうかさわらんでくだし」若い女の声だ。
下卑た笑い声が上がる。
おおかたあのヤクザ集団が、給仕の女の胸か尻を触ったのだろう。
おれは眉をひそめ、声の方を見た。
給仕の女――いや、女というにはまだ若すぎる。小学四、五年生ぐらいの少女が丸いお盆を胸に抱き、ぷるぷると震えていた。
奥の男たちが身を乗り出し、給仕の少女の腕をつかんでいる。
「鈍くさい女だねえ」カウンターの奥の女将が声をかけた。
止めに入るのかと思ったら、逆に少女に文句をつけている。
うすぐらい酒場のろうそくが小柄でやせっぽちの少女を照らし出す。
目と目の間にはらりと黒髪を垂らした女の子は、胸も尻も貧相でお世辞にも器量よしとはいえない。
「ばか。お前みたいな色気のない女なんて誰が好んで触るかい」
女将がいう。
「そうだぜ。やせっぽちの姉ちゃん」男たちはどっと笑った。
「せめて、触ってくださいのひとことでいってみたら。すこしはチップが稼げるんじゃないか」
女将も同意するように、品の悪い笑い声をあげる。
「い、いや……いやだべ」少女は小声で拒絶する。
「あん? 誰が口を聞いていいっていった。ちょっとこっちに来なよ」
恰幅のいい女将が強い口調でいう。
少女はいわれるがままに、よたよたと操り人形のよう女将のほうに近づいていく。
太った女将の丸顔には般若のような笑みが浮かんだ。
女将は壁のムチを取った。
少女は悲鳴を上げた。
目をいっぱいに見開き、頬を引きつらせ恐怖をあらわにしている。
「あん? だれが声出していいっていった?」
女将はムチを振り上げた。反射的におれは目をつぶる。
定規で机をぶったたくような音がした。
おれは目を開けた。
少女がうずくまっている。
太いムチがイヌのように丸くなった少女の肩を、脇腹を、腰を打つ。
おれはそのようすを身をのけぞらせて、見守るしかなかった。
将軍は意に介さない。のんびりと亭主と話をしている。
「いつもの娘はいないのか?」
「今日はまだだねえ。休みとは聞いてないから、もう少し待ってくれよ」
ヤクザ連中はにやにやと笑って、少女がムチ打たれるのを見ている。
吐き気がした。
ひとが怒鳴られるのをみるだけで気分が悪いのに、か弱き少女をムチで叩きのめすとは……。鬼女めが。
ムチの音はヒステリックに激しさを増す。
「やめなよ」おれはいった。
女将はムチを振るう手を休め、ゆっくりとこっちに振り返った。
「なんだい」女将は敵意のこもった目でおれを見た。
背筋に震えが走る。
おれの心には、怒りも、慈しみも、麗しい騎士道精神もなかった。
ただ、目の前の不快なできごとを消し去りたいという、ちんけな利己心だけがあった。
「あたしのすることにケチ付けるのかい?」
女将は楽しい躾の時間をジャマされご立腹のようだ。
「あたしらが買ったものをあたしがどうしようが自由だろ。それにこましゃくれたガキにいうこと聞かすのはムチが一番なんだよ。ぶたれもせずにまっとうな大人になろうなんて考えが甘いんだよ。坊ちゃん」
女将はこれ見よがしにもう一度少女を殴った。少女はうめく。
「おい、お前――」亭主が助け舟をだした。
女将はぎろりと亭主を見た。
「このガキが将来手の付けられないようなあばずれになったら、あんたが責任取ってくれるんだね」
刺すような視線だけで、女将は亭主は黙らせた。
少女は床に膝をついてすすり泣いている。
「そんなにぶつことないだろ」おれはいった。
「兄弟――」老将軍が口をはさむ。
「あたしのモノをどうしようが勝手じゃないか」女将は同じ言葉を繰り返した。
女将は目を細めた。
「ははーん、坊や。この娘に興味があるんだね。ならいいよ。譲ってやるよ」
なにか勘違いしているようだ。
女将は挑発めいた口調でいう。
「ただしお金はいただくよ。そうだね、金貨二百枚だ。坊ちゃん、払えるかい?」
「そんな貧相な小娘に金貨二百枚だと……」老将軍は呆然とつぶやいた。
カチンときた。この女将、おれが払えないと侮っていやがる。
「どうしたんだい、坊ちゃん。黙っていちゃわかんないよ」
女将は威嚇するように床を鞭で叩いた。
――いいだろう。そのケンカ買ったやるよ。
「いいだろう。そいつの身柄はおれが預かる」おれは叫んだ。
女将は自分でいっておきながら、目を見張る。
「金貨二百枚だよ。もっとうまい使い方があると思うけどね」
「つべこべいうなよ。買うっていったら買うぜ」
売り言葉に買い言葉だ。
変な酒のせいか。おれは妙にイラついていた。
この不愉快なおばさんに負けるわけにはいかない。鼻を明かしてやりたいという気持ちが先立った。
いつの間にか立ち上がっていた。
「金はなんとかする。その娘を自由にしろ」拳を振るって叫んだ。
「いったね。交渉成立だ」女将にとってはおいしい取引だったようだ。
口元のほくそ笑みを隠し切れない。
女将は小娘の背中をどんと押した。
「アンタもついてるじゃない。酔狂な旦那が見つかったね」
突き飛ばされた小娘はふらふらと歩いて、おれの胸元に転がり込んできた。
「変な趣味の殿方もいるもんだね。念を押しとくけど、耳そろえて金を払うまでその娘を傷モノにするんじゃないよ。あとこう見えてもウチは酒場だからね。口入れ屋じゃないよ」
おれは小娘の手を引いた。小枝のようにか細い。
「おい、おい――」
おれは老将軍が止めるのも聞かず、少女と一緒に夕焼けの路地へと飛び出した。
街は黄昏に沈んでいる。
老将軍はついて来なかった。
おれは少女の手を引き歩いた。
道は全く分からない。しかし関係ない。フォルザの屋敷は丘のてっぺんにある。坂を上りさえすればいい。路地を曲がりながら、ひたすら頂きを目指す。
イヌが吠える。
ガキがさけぶ。
酔っ払いがさけぶ。
女がさけぶ。
丘のふもとは喧噪まみれだ。
いつの間にか野良イヌがすり寄ってきていた。
ガキになんどもぶちのめされた昼間の野良イヌだった。
毛並みは悪い。身体中がエビ茶色のかさぶたで覆われている。
イヌは虫の息であとを追ってくる。
おれがよっぽど善人に見えるようだ。
――好きにしろ。
迷路のような街路を抜け、ようやくおれと少女と一匹は三角広場に戻って来た。
丘の上から街を一望できた。
夕日が川を朱く染めていた。
血染めの流れに横たわった壮麗なグランブリュッケ大橋は、あの世とこの世をつなぐ冥土の橋にさえ見えた。
そして橋を渡る人々はあの世へと急ぐ亡者の群れで――。
おれは頭を振って考えを振りほどいた。おれはなにを考えているんだ。
少女が心配そうにおれの顔を見つめている。足元のイヌがくぅーんと弱々しく鳴いた。
修道騎士団の衛兵が鋭い目線で、おれたちをにらんでいるのに気が付いた。
視線に追われるように、おれたちはいそいそと広場をあとにし、生垣の門をくぐった。
ちょうどその時、太陽があくびをしながら地平の向こうに姿を消した。
ドアを閉めると、朱色の太陽光線は遮断され、店内は夜のように暗くなった。
扉の締まり際に駆け込んできた隙間風が、か細いロウソクを揺らした。
あかりの揺らめきに呼応し、床に落ちた粗末なテーブルの影が虚ろに伸び縮みする。
床は泥のような踏みごたえがあった。
ねちょりと靴底にガムのようなものがまとわりついている。
足を上げて触ってみると、ぽろぽろと土のようなものが落ちた。
おがくずだった。なんの目的があってかわからないが、この店の床にはおがくずがばら撒かれていた。
客が入って来たのに『いらっしゃい』のひとこともない。不愛想で小汚い店だった。
店内を見回すとカウンターの前に将軍の丸い背中があった。
将軍の体重に比べてスツールは心もとなく、脚は今にもへし折れそうだった。
奥のテーブルからは下卑た笑い声が上がっている。
おれはねっちょりとした足底の感触を我慢しながら、カウンターまで歩いた。
将軍の前に置かれた鈍色の杯にはすでに酒が注がれている。
「ツレにも同じのを頼む」
恵まれたガタイに似合わないおどおどとした亭主は、杯を将軍のとなりの席におき酒を注いだ。
スツールの座面はアメのような光沢があった。
すべてが汚れた酒場の中で唯一、清潔さがあった。
毎日のように酒と男のケツが座面を磨いているのだ。
「そう肩に力を入れるな。兄弟。さあ、飲もうぜ。乾杯だ」
おれがスツールに座るなり、将軍は杯を鼻先に持ち上げた。
イヌのような黒目がちな瞳がおれに杯を取れとうながしている。
――仕方ない。
おれは杯をかかげ、老将軍と乾杯した。
「健康を祝って」
鉛色の杯同士がぶつかり、硬質な音をたてる。
将軍は杯を口元に持っていき、一息に飲み干した。
たるんだ喉が、異世界の寄生虫のように不気味に動く。
杯の縁は得体の知れないものがこびりついている。おれはためらった。
この杯には口をつけたくない。
将軍はじっとおれを見つめている。
――小僧、おれの酒が飲めないのか?
将軍の目はそう語っている。
――試されているのか?
酒の一杯や二杯で怖気づいていると思われては癪だった。
おれは勇気を振り絞りって、ざらざらする杯の縁に口をつけた。
酒は潤滑油のようなにおいがする。
息を止め、どろりとした液体を口に入れた。
強い酒だ。吐き出しそうになるのを我慢して喉の奥に無理やり注ぎ込む。
アルコールが喉を焼く。味は――よくわからない。
なんだかよくわからないものを飲んでしまったという不快感だけが胃の中で渦巻いている。
「いい飲みっぷりだ。もういっぱいいけるか?」
老将軍の好意はありがた迷惑だった。
「ほら、飲め。飲め」
将軍はカウンターに置かれたビンを取り、酒を注ごうとする。
「キャッ!」とつじょ、か細い悲鳴が店内にこだました。
「さ、さわらんで。どうかさわらんでくだし」若い女の声だ。
下卑た笑い声が上がる。
おおかたあのヤクザ集団が、給仕の女の胸か尻を触ったのだろう。
おれは眉をひそめ、声の方を見た。
給仕の女――いや、女というにはまだ若すぎる。小学四、五年生ぐらいの少女が丸いお盆を胸に抱き、ぷるぷると震えていた。
奥の男たちが身を乗り出し、給仕の少女の腕をつかんでいる。
「鈍くさい女だねえ」カウンターの奥の女将が声をかけた。
止めに入るのかと思ったら、逆に少女に文句をつけている。
うすぐらい酒場のろうそくが小柄でやせっぽちの少女を照らし出す。
目と目の間にはらりと黒髪を垂らした女の子は、胸も尻も貧相でお世辞にも器量よしとはいえない。
「ばか。お前みたいな色気のない女なんて誰が好んで触るかい」
女将がいう。
「そうだぜ。やせっぽちの姉ちゃん」男たちはどっと笑った。
「せめて、触ってくださいのひとことでいってみたら。すこしはチップが稼げるんじゃないか」
女将も同意するように、品の悪い笑い声をあげる。
「い、いや……いやだべ」少女は小声で拒絶する。
「あん? 誰が口を聞いていいっていった。ちょっとこっちに来なよ」
恰幅のいい女将が強い口調でいう。
少女はいわれるがままに、よたよたと操り人形のよう女将のほうに近づいていく。
太った女将の丸顔には般若のような笑みが浮かんだ。
女将は壁のムチを取った。
少女は悲鳴を上げた。
目をいっぱいに見開き、頬を引きつらせ恐怖をあらわにしている。
「あん? だれが声出していいっていった?」
女将はムチを振り上げた。反射的におれは目をつぶる。
定規で机をぶったたくような音がした。
おれは目を開けた。
少女がうずくまっている。
太いムチがイヌのように丸くなった少女の肩を、脇腹を、腰を打つ。
おれはそのようすを身をのけぞらせて、見守るしかなかった。
将軍は意に介さない。のんびりと亭主と話をしている。
「いつもの娘はいないのか?」
「今日はまだだねえ。休みとは聞いてないから、もう少し待ってくれよ」
ヤクザ連中はにやにやと笑って、少女がムチ打たれるのを見ている。
吐き気がした。
ひとが怒鳴られるのをみるだけで気分が悪いのに、か弱き少女をムチで叩きのめすとは……。鬼女めが。
ムチの音はヒステリックに激しさを増す。
「やめなよ」おれはいった。
女将はムチを振るう手を休め、ゆっくりとこっちに振り返った。
「なんだい」女将は敵意のこもった目でおれを見た。
背筋に震えが走る。
おれの心には、怒りも、慈しみも、麗しい騎士道精神もなかった。
ただ、目の前の不快なできごとを消し去りたいという、ちんけな利己心だけがあった。
「あたしのすることにケチ付けるのかい?」
女将は楽しい躾の時間をジャマされご立腹のようだ。
「あたしらが買ったものをあたしがどうしようが自由だろ。それにこましゃくれたガキにいうこと聞かすのはムチが一番なんだよ。ぶたれもせずにまっとうな大人になろうなんて考えが甘いんだよ。坊ちゃん」
女将はこれ見よがしにもう一度少女を殴った。少女はうめく。
「おい、お前――」亭主が助け舟をだした。
女将はぎろりと亭主を見た。
「このガキが将来手の付けられないようなあばずれになったら、あんたが責任取ってくれるんだね」
刺すような視線だけで、女将は亭主は黙らせた。
少女は床に膝をついてすすり泣いている。
「そんなにぶつことないだろ」おれはいった。
「兄弟――」老将軍が口をはさむ。
「あたしのモノをどうしようが勝手じゃないか」女将は同じ言葉を繰り返した。
女将は目を細めた。
「ははーん、坊や。この娘に興味があるんだね。ならいいよ。譲ってやるよ」
なにか勘違いしているようだ。
女将は挑発めいた口調でいう。
「ただしお金はいただくよ。そうだね、金貨二百枚だ。坊ちゃん、払えるかい?」
「そんな貧相な小娘に金貨二百枚だと……」老将軍は呆然とつぶやいた。
カチンときた。この女将、おれが払えないと侮っていやがる。
「どうしたんだい、坊ちゃん。黙っていちゃわかんないよ」
女将は威嚇するように床を鞭で叩いた。
――いいだろう。そのケンカ買ったやるよ。
「いいだろう。そいつの身柄はおれが預かる」おれは叫んだ。
女将は自分でいっておきながら、目を見張る。
「金貨二百枚だよ。もっとうまい使い方があると思うけどね」
「つべこべいうなよ。買うっていったら買うぜ」
売り言葉に買い言葉だ。
変な酒のせいか。おれは妙にイラついていた。
この不愉快なおばさんに負けるわけにはいかない。鼻を明かしてやりたいという気持ちが先立った。
いつの間にか立ち上がっていた。
「金はなんとかする。その娘を自由にしろ」拳を振るって叫んだ。
「いったね。交渉成立だ」女将にとってはおいしい取引だったようだ。
口元のほくそ笑みを隠し切れない。
女将は小娘の背中をどんと押した。
「アンタもついてるじゃない。酔狂な旦那が見つかったね」
突き飛ばされた小娘はふらふらと歩いて、おれの胸元に転がり込んできた。
「変な趣味の殿方もいるもんだね。念を押しとくけど、耳そろえて金を払うまでその娘を傷モノにするんじゃないよ。あとこう見えてもウチは酒場だからね。口入れ屋じゃないよ」
おれは小娘の手を引いた。小枝のようにか細い。
「おい、おい――」
おれは老将軍が止めるのも聞かず、少女と一緒に夕焼けの路地へと飛び出した。
街は黄昏に沈んでいる。
老将軍はついて来なかった。
おれは少女の手を引き歩いた。
道は全く分からない。しかし関係ない。フォルザの屋敷は丘のてっぺんにある。坂を上りさえすればいい。路地を曲がりながら、ひたすら頂きを目指す。
イヌが吠える。
ガキがさけぶ。
酔っ払いがさけぶ。
女がさけぶ。
丘のふもとは喧噪まみれだ。
いつの間にか野良イヌがすり寄ってきていた。
ガキになんどもぶちのめされた昼間の野良イヌだった。
毛並みは悪い。身体中がエビ茶色のかさぶたで覆われている。
イヌは虫の息であとを追ってくる。
おれがよっぽど善人に見えるようだ。
――好きにしろ。
迷路のような街路を抜け、ようやくおれと少女と一匹は三角広場に戻って来た。
丘の上から街を一望できた。
夕日が川を朱く染めていた。
血染めの流れに横たわった壮麗なグランブリュッケ大橋は、あの世とこの世をつなぐ冥土の橋にさえ見えた。
そして橋を渡る人々はあの世へと急ぐ亡者の群れで――。
おれは頭を振って考えを振りほどいた。おれはなにを考えているんだ。
少女が心配そうにおれの顔を見つめている。足元のイヌがくぅーんと弱々しく鳴いた。
修道騎士団の衛兵が鋭い目線で、おれたちをにらんでいるのに気が付いた。
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