引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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3.毒龍の住まう湖

龍との対話

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 翌日。空は曇天が覆いつくしており、ジメジメとした湿気を感じる。セルリアとジェードは毒龍に会う為、アイカと共にマシロ湖へと向かった。
 ジェードの体調は昨日より万全らしい。昨晩は床で寝ると言ってきかなかったので、セルリアがベッドで眠らせてもらった。
 アイカは緊張しているようで、呼吸が浅かった。セルリアが肩を叩くと、強張った笑みを見せた。

「毒龍様にお会いするのは、今日が初めてなんです。きちんと話が出来れば良いのですが……」
「大丈夫だよ、アイカ。あたし達がついているから」

 毒龍の毒によって父が廃人状態になってしまったので複雑な心境もありそうだが、アイカは純粋に毒龍と共存を求めている。
 彼女の力になりたい、とセルリアは改めて思った。

 今日も集落の方向からマシロ湖へ向かっているのだが、不思議と誰ともすれ違わなかった。アイカも誰かしらはいると思っていたようで、驚いていた。
 人の気配はするので、恐らく家の中に居そうだ。

「……何だか、視線を感じる気がする……」
「そうですか? 私は何も感じませんが……」

 集落を歩いている間、妙な視線を感じて落ち着かない。アイカは気が付いていないようだったが、ジェードはソワソワしていたので、視線が気になっているようだ。
 昨日の事があったので、居心地が悪い。早く抜けようと、セルリア達は足早に集落を後にした。

 昨日の道順を辿って行くと、だんだんと霧が深くなってきた。ジェードは事前に用意していた燭台に火を点けて先を進む。
 しばらく歩くと、マシロ湖が見えてきた。鬱蒼とした木々の中で、ぽっかりと開いた場所にあるマシロ湖は、神秘的でもあり不気味でもある。
 湖に、毒龍の姿があった。毒々しい色をした龍は、こちらに顔を向けていた。金色の瞳は、セルリア達ではなく、アイカを捕らえている。

「……その女はこの島の者だな。何故連れて来た」

 毒龍の低い声にアイカは身を強張らせた。島を滅ぼす事が出来る龍の前では、恐怖を覚えるのは無理もない。セルリアがアイカの背中を軽く擦ると、彼女は意を決したようで口を開いた。

「今日は貴方にお願いがあって来ました」
「貴様らの願いなど聞かん」

 震える声を、龍は一蹴する。
 毒龍からすれば、アイカもこの島を好き勝手荒らす島民と変わらないのだ。
 怒りのせいなのか、毒龍の鱗の間から黒色の液体が滲む。恐らく、あれば島民達を苦しませている毒だ。
 このまま毒が流出すると被害が出かねないので、ジェードが一歩踏み出して毒龍の視界にアイカが入らないようにする。

「毒龍さん、彼女は貴方と共に生きたいと願っているのです。どうか、彼女の話を聞いてくれないでしょうか?」
「ヒスイ、お前が人間の女の肩を持つとはな。どういう風の吹き回しだ?」

 金の瞳はジェードを鋭く見据える。

「僕はヒスイではありません。ヒスイの血を引くジェードです。僕達は言葉を話す事が出来ます。それならば、武力ではなく対話で解決出来るのではないでしょうか?」
「出来んな。最初に拒絶をしたのは奴等なのだから」
「拒絶をした人達と彼女は違います! 話だけでも……」

 話している途中で、ジェードはハッとしてセルリアとアイカを突き飛ばして地面に倒す。その直後、ジェードの身体は振り下ろされた毒龍の太い手によって吹き飛ばされた。木にいくつもぶつかり、ジェードが吹き飛ばされた場所は倒木によりぽっかりと空く。

「ジェード!!」

 霧の影響でジェードの安否が分からない。灯りはジェードが持っていたので、セルリアの視界はかなり悪い。だが、湖にいる毒龍ははっきりと見えた。
 腰に差していた剣を抜き、毒龍に向かって構える。

「このっ……!!」
「ま、待ってくださいセルリアさん! 僕は大丈夫ですから……!」

 一歩踏み出そうとしたところで、ジェードの声が耳に届いた。声色からも無理をしている様子はない。とりあえず一安心したセルリアは剣を腰に戻した。

「毒龍さんなら、僕を一撃で殺せたはずです。しなかったという事は……貴方にも迷いがあるのではないでしょうか」
「……フン、お前が龍だから死ななかっただけだ」

 あの攻撃はセルリアやアイカが受けていたらひとたまりもなかった。だが、龍の血により耐久性のあるジェードのみにターゲットを絞ったのは、毒龍も完全に人間を見放してはいないという事。
 隣で腰が引けているアイカは、毒龍の力に酷く怯えているようだった。何度も口を開いては、喉から言葉が出ずに噤んでしまう。
 毒龍の金の瞳はアイカを見下ろしている。彼女の声を待っているようだった。
 臆しているアイカの背中を、セルリアは強く叩いた。

「アイカ! 貴女はどうしてここへ来たの?」

 アイカはハッとする。彼女は父が成しえなかった毒龍との対話をすると誓った。今がその悲願を達成する時だ、と強く感じたようで、怯えは上唇を噛んで見えなくした。
 そして何度か深呼吸をして立ち上がると、アイカは毒龍に対して強く訴えた。

「毒の放出を止めてください! 村の食物や飲料が確保出来ず、とても困っているのです」
「何故人間共の為にこの毒を止めねばならない?  断る」

 思わずセルリアが言い返そうとしたが、アイカに制される。自分の言葉で伝えたいのだろう。セルリアは頷いて何も言わなかった。

「私達、島民と話す機会を頂けないでしょうか?  今いる人達は、毒龍様を封印した者達ではありません。今の人達と話し合ってほしいのです」
「時が経とうと、人間の本質は変わらん。欲にまみれたバカ共は、自分達の繁栄の為に毒を作り、私を、他の生物を蝕むのだ」
「……確かに、人々は恩恵を忘れ、自分の私欲の為に動いていると思われているのでしょう。ですが、私は違います! 信じてください、毒龍様……! どうか、毒を流すのを止めてください……!」

 アイカはその場に両膝をつき、頭を地面に付けて懇願する。毒龍はその姿を見ても、心が揺らいでいないようだった。その様子に、セルリアも黙っていられなくなる。

「毒龍さま……人間は欲まみれの汚い人もいるけれど、彼女のように心優しい人もいる。だから、話もせずに武力で押さえるのは違うと思う。それこそ、毒龍さまの言う汚い人間と同じになっちゃうよ?」

 私欲の為に領地を広げようと出兵させる王のように、自分の腹を満たす為に税を課す領主のように。何も聞かず、ただ自分の欲の為に人を犠牲にする。
 人間と同じにされた毒龍は癪に障ったようで、不機嫌そうに首を揺らした。

「お前達と儂を一緒にするな」
「でも、アイカのお父さんは……貴方と対話しようとしたのに、話を聞かなかった貴方の毒で廃人になったんですよ!」
「せ、セルリアさん……!」

 語尾を荒げたセルリアに、アイカは顔を上げて焦った様子を見せた。
 その時、吹っ飛ばされていたジェードがようやく戻って来た。彼の言う通り、髪に木の葉が付いていたり、服が所々破れていたりするくらいで怪我はしていなさそうだ。
 そんな中、毒龍は長い首をゆっくりと傾げた。

「何を言っている? 儂の前に対話を試みようとした者はおらん」
「え? でも、アイカのお父さんは確か毒龍さまの所へ行って毒にやられたって……」
「そ、そんなはずは……」

 毒龍が嘘を言っているようには見えない。アイカは口元を抑えて動揺しているようだった。

「どういう事……?」

 矛盾したアイカの父が毒に侵された話。どちらが本当なのか、セルリアが考えを整理しようとした時だった。

「今だ!!」

 突然、霧の中から多くの弓矢が放たれ、毒龍を襲った。毒龍は悲鳴のような雄たけびを上げて身をくねらせる。

「な、何!?」

 セルリアがアイカの頭を庇いながら身を低くし、辺りを確認する。少しだけ霧が晴れてきたようで、先程より視界が開けている中、ジェードが「セルリアさん、あそこ!」と言って指を差した。
 そこにいたのは、キオ島に住む男達だった。全員が弓を持ち、毒龍に向かって構えている。その中の一人——昨日会話をした白髪混じりの男、オーキが声を上げた。

「さあ、ウミヘビを倒した者よ!  今の内に毒龍の息の根を止めるのだ!」

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