引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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4.月夜の別れ

内なる龍

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 幼いジェードが暗い母屋に閉じ込められていた時、自分の中にはもう一人の自分がいる事を知った。
 泣き疲れて眠ってしまった時、夢の中に現れるのは、自分と同じ姿形をした少年。
 自分と違うのは、額に生えた二本の角と、頬に鱗のような模様があり、そして瞳が金色だったところだ。

 初めて会話をしたのは、ジェードが6歳になった頃だったか。
 夢の中でも身体を丸めて泣いているジェードに、彼は声を掛けてきた。

「お前はいつも泣いているな」
「誰……?」
「俺はヒスイ」
「ヒスイ……?」

 聞いた事があるような名前に首を傾げると、ヒスイは呆れたように肩を竦めた。

「カワセミに聞かなかったか?  お前達の先祖である龍の名だ」
「あっ……ヒスイさま!」

 そういえば、祖父のカワセミから聞いたのだったとジェードは納得した。夢の中のせいか、思考がぼんやりとする。
 白い霧がかかった世界で、自分の姿をしたヒスイと二人きり。

「ここはお前の夢の中。今はまだ表で干渉出来ないが、ここでなら話をする事が出来る」

 ヒスイの事は、祖父のカワセミから耳にタコが出来る程聞いていた。
 リュウソウカを大飢饉や戦から救ったとされる龍。ヒスイを祖とするジェード達の一族は、彼を神のように祀っている。

「ヒスイさまは、どうしてここにいるの? どうして僕にそっくりなの?」
「今の俺は姿を持たん。だから、お前の姿を借りているのだ」
「ふうん……?」

 ヒスイの言葉は理解出来なかったが、ジェードはとりあえず相槌を打った。
 それから、夢の中でジェードはヒスイと会話を楽しむようになった。友達のいないジェードにとって、ヒスイは友人のような存在だった。
 しかし、目覚めると夢の中で話した事は忘れてしまう。ただ、楽しかった記憶は朧気に残っていた。

 何回ヒスイと話した頃だろうか。夢の中で、彼は神妙な面持ちでジェードを待っていた。

「お前とは、もう夢の中で会えないだろう」

 ヒスイとの会話を楽しみにしていたジェードだったが、突然の別れを切り出され、動揺してしまう。

「えっ、どうして!?」
「お前には、才能がない。だから、俺はここまでだろうよ」

 才能が無い。カワセミから毎日のように言われる言葉だ。その度に、ジェードの心は血を流していく。ヒスイの言葉も、ジェードの心を傷つけた。

「僕に……才能が無いから、ヒスイさまも僕を見捨てるの?」

 カワセミが実力のある他の兄弟達に目をかけるように、ヒスイも才能のある人の方へ行ってしまう。自分の実力にため息を吐き、去っていく。
 ジェードは、ここから動きたくない、という意思表示としてその場にしゃがみ、膝を両手で抱き締める。

「違う。俺が見捨てるんじゃない、お前が俺を見捨てるんだ」

 意味が分からない、とジェードは首を左右に振る。赤い瞳から、涙が一筋零れ落ちる。
 ヒスイの顔を見る事が出来ず、ジェードは顔を俯かせた。彼がこちらに近付いて来る気配がする。それでも、ジェードは顔を上げなかった。

「僕……ヒスイさまとお別れするの嫌だよ……。僕は、どうすれば良いの?」
「お前の兄弟達は、きっと俺の精神と共存する事が出来ない。残るのは、お前だけだろう。だが、精神力の弱い今のお前では、俺は表に出る事が出来ない」

 ヒスイの手が、ジェードの頭の上に乗せられる。ジェードは、思わず顔を上げたが、白い靄が濃くなっていて、ヒスイの顔が分からない程になっていた。

「心を強く持て、ジェード。何故ならこの身体はーー」

 ヒスイの言葉を最後まで聞く事が出来ず、ジェードは目を醒ました。
 それきりヒスイは夢の中に現れず、夢の中でしか記憶が続かないので、ジェードはヒスイの事をすっかり忘れてしまっていた。

 ヒスイの事を思い出したのは、キオ島で目を醒ました時だった。自分の中を誰かに覗かれているような気持ち悪さ。
 セルリアに聞けば、自分は龍化をし、ウミヘビを倒したという。それから、徐々に思い出されたのは、夢の中で会った自分と同じ顔をした少年。

(ヒスイ様……)

 ジェードに才能が無いからと目の前から消えたヒスイが、今はジェードの身体を借りて表の世界に出て来ている。
 龍の力が使えるようになるのは、祖父であるカワセミの悲願だった。ジェード達ヒスイを祖とする人々は、ヒスイの魂を代々受け継ぎ、リュウソウカの繁栄を支えてきた。
 今回、ジェード以外の兄弟達がヒスイの魂を受け継ぐ事に失敗し、命を落とした。唯一生き残ったジェードだけが、ヒスイを受け継げる存在だった。
 今までヒスイの力を扱えなかったが、セルリアと出会った事で、龍化する事が出来た。カワセミがそれを知ったら、大いに喜ぶだろう。

(祖父からの教えでは、龍の力が発現してから、人格の統合がされると言っていた気がする)

 今は身体を乗っ取られてしまう時もあるだろうが、時間が経てばヒスイの人格は消え、龍の力だけが残るはずだ。
 だが――ジェードの脳裏には、セルリアの笑顔が浮かぶ。セルリアが隣にいる今、ヒスイに身体を乗っ取られたくない。
 ウミヘビを残虐に裂いて殺す危険なヒスイを、セルリアの側に置きたくなかった。

 ヒスイと話がしたいと思っていたが、その機会は早くに訪れる事となる。
ヒスイと話が出来たのは、具合が悪くなってアイカから借りている部屋に入った時だ。

「ようやく話が出来るようになったか」

 自分の口が、勝手に声を発した。
 ジェードは思わず自分の口に手を当てたが、声の主がヒスイだと分かると、一度深く深呼吸をして、ベッドへゆっくりと腰掛けた。

「貴方は……ヒスイ様、ですね」
「言葉を交わしたのは何年ぶりになるか」

 自分の喉から発せられた声とは思えない、低い声。
 目の前に、自分と同じ顔をし、額に二本の角と頬の鱗を生やした青年がいるような感覚に陥る。ヒスイは床に座って片膝を立て、その上に頬杖をつき、鋭い犬歯を見せて笑っている。
 恐怖は感じなかった。ジェードは、自分と同じ顔を真っ直ぐに見据える。

「どうしたら、この身体からいなくなってくれますか?」
「ハ、面白い事を言う。俺が消えたら、龍の力は使えなくなるぞ?  リュウソウカの繁栄も潰えるだろう」
「……僕の中にいるならば、僕の考えている事は分かりますよね? 僕は貴方の人格が消える未来を知っています」

 ヒスイ笑ったまま答えない。それを肯定と受け取ったジェードは、話を続ける。

「僕にはもう、リュウソウカの繁栄はどうでもいい事です。それよりも、僕はセルリアさんと共に生きる道を選びたいんです」

 自分の全てを捨てて会ったばかりのジェードを救ってくれたセルリアを、今度は自分が救いたい。

「その為に俺の人格を追い出したいと。フ、言うようになったな」

 消えて欲しいと言われているようなものなのに、ヒスイは少しも怒る様子を見せなかった。

「まあ、その話はここまでにしよう。今はそれを話す為に出て来たわけじゃない。毒龍についてだ」
「毒龍様……?」

 自分の人格が消える事には興味がないようで、突然話題を変えてきた。
 毒龍は、ヒスイを知っているようだった。旧知の仲だから話でもしたいのだろうか、と思ったが、彼の次の言葉に、ジェードは前髪の奥で目を見開いた。

「お前はこの島を出たいのだろう? この島を出るには、毒龍を殺さないといけない。お前にそれが出来るか?」
「な……! 毒龍様を殺すなんて出来ません! だって、貴方と毒龍様は知り合いなんですよね!? そんな事——」
「あいつが俺の行く先を阻むのならば、殺しても構わん」

 ニヤニヤと口元を吊り上げながら言うヒスイに、戸惑いや躊躇は感じられなかった。
 龍はこんなにも非情なのか、とジェードの怒りがふつふつと湧いて来る。

「いい加減にしてください!  僕は毒龍さんを殺す気はありません!」
「話し合いで解決するとでも? あいつは俺の力が無ければ止める事は出来んよ」
「でも、僕はここを出る為に貴方の力は使いません……!」
「——だが、お前は——」

 ヒスイの言葉は、突然部屋へ入って来たセルリアによってかき消された。セルリアの登場により、目の前にいる錯覚を受けていたヒスイの姿は消えてなくなる。
 ジェードを心配するセルリアを宥めながら、ヒスイの最後の言葉が気になっていた。
 ヒスイは、何を言おうとしたのだろうか。

 きっと「だが、お前は俺に頼らなくてはいけない状況になる」とでも言いたかったのだろう。
 小舟の上で目を醒ましたジェードには、痛い程理解出来た。自分が、無力だった事を。

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