引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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3.毒龍の住まう湖

望んだ未来

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 セルリアとジェードがキオ島を発ってから、少し未来の話だ。
 毒龍が死んで1ヶ月後。キオ島は何十人もの犠牲があったが、葬儀も済ませ、島民達は久しぶりに穏やかな日常に戻っていた。
 死んだ表情を浮かべていた島民達も、今では生き生きとした表情で過ごしている。
 活気が少し戻った集落を、アイカは鼻歌まじりに通り過ぎた。
 アイカはウミヘビを倒した者と一緒に毒龍と“闘った”者として、島民達から敬われる立場となった。
 動けなくなった父の代わりに、長としての立場を推す声もある。
 毒龍によって汚染されてしまった島だが、時間が経てば毒も消えて、以前のような美しい島になり、貴族達も旅先としてキオ島を選ぶだろう。

 家へと戻ると、放心状態の父親が一人。ずっと虚空を見つめている。哀れな父を一瞥してから、アイカはリビングの椅子へ座った。
 アイカの父は、ずっと毒龍と共存を唱えていた。毒龍を恐れる中、彼は異端だったが、父の熱意に押され、共存を考える者もいた。

「化け物と共存なんて、無理に決まっているじゃない」

 アイカは嘲笑する。龍と人間が共存出来るわけがないのだ。絶対に力の強い龍が人間を従える構図になる。
 そんなものは、アイカの理想とする暮らしではない。力に怯え、生活をしていくなど耐えられない。
 セルリアには、いつか島を出たいと言っていたが、それは毒龍がいるならばの話だ。毒龍のいないキオ島なら、出たくはない。
 ある日、毒龍を説得すると言った父の飲料に、こっそりと毒を仕込んだ。毒は父親を殺せなかったが、何も言えない状態になった。
 この状況は、アイカの方に流れが来たと思った。

『父が毒龍と対話をしようとしたら、毒を浴びせられて廃人になってしまった!』

 毒龍に寄り添いたいと言っていた父が毒を浴びたという嘘は、島民達に浸透した。特に、毒龍を嫌悪していたオーキは信じ切っていた。

「長に毒を浴びさせた毒龍と対話など無用! 毒龍は殺すべきだ!!」

 オーキの言葉は、島民達に「毒龍を殺す」という気持ちを植え付けた。
 ピースは少しずつ埋まっていく。後は、毒龍を殺す者だけ。
 どうにかして、アンセット伯とコンタクトを取り、優秀な兵を寄越してもらおうと策を考えていた時だ。救世主が現れたのは。

 ジェード達がこの島に漂流してきた時、毒龍を殺すチャンスだと思った。ウミヘビを殺す時の姿は、昔本で読んだ事のある龍人にそっくりだった。
 彼も化け物に変わりないが、普段は人間と変わらない姿だし、内気な性格に害は無さそうだった。更に、セルリアがジェードを従えているようだったから、問題は無いと感じた。
 セルリアは情に熱いようだったので、アイカは「毒龍と共存したい島民」として演じた。父のように振舞えば良かったので、演じるのは簡単だった。
 そしてアイカの努力もあって、セルリア達は完全にこちらを信じ、毒龍へ立ち向かってくれた。
 頑なに対話をしようとしていたのは煩わしかったが、結果的には毒龍も死んだので、良しとする。
 島民も良いところで参戦してくれた。アイカは笑いが止まらない。

「毒龍が死んで、これで平穏が戻った! あんたよりも、私の考えの方が暮らしを良くするのよ!」

 父は、毒龍の毒の犠牲者として生かしていた。だが、毒龍がいなくなった今——彼にもう用は無い。
 アイカは立ち上がると、ロッキングチェアに座ったままの父に近付く。アイカの手には、毒の入った小瓶。

「あんたの好きな毒龍の元へ逝けるなら、こんなに嬉しい事はないでしょ? あんたはもう、用済み」

 アイカへの信頼が強まっている中、毒で弱った父が死んでも、誰もアイカが殺したとは思わないだろう。
 小瓶を父の口元に近付けた時——だらしなく開いていた口が突然引き締まった。

「え!?」

 アイカは思わず後退る。虚空を見つめていたはずの父親の目が、アイカをしっかりと捉えた。

「な、何で……! 毒で意識を奪われているはずじゃ……!」
「お前に毒を盛られる直前、俺は偶然解毒作用のある茶を飲んでいた。意識を取り戻したのは大分後だったが……」

 いつからかは分からないが、父は意識を取り戻していた。これは予定外だった。
 ロッキングチェアから起き上がれないところを見ると、足腰は十分に治りきっていないのだろう。まだ、殺すチャンスはあるとアイカは機会を探る。

「まさか、お前がこんな馬鹿な事を考えていたなんて……」
「馬鹿じゃない。私は、キオ島の事を考えて毒龍を殺したかったの!! あの化け物がいたら私達の平穏は一生来ない!!」

 娘の吐き捨てた言葉に、父は目を見開いてから、唇を震わせて俯いた。

「……お前には、きちんと話をしておくべきだったな。……どうしてキオ島は、今まで“襲われなかったのか”」
「……は? 何それ……」
「俺が倒れる前に見つけた文献に、残っていたんだ。何故、キオ島は今まで平穏で暮らせていたのか。何故ならそれは――」

 父の話の途中で、突然誰かが扉を勢いよく開けた。アイカは肩を跳ね上げ、手に持った毒を隠しながら振り返ると、そこには青ざめた表情のオーキが立っていた。

「ど、どうしたんですか!? な、何が……」
「う、ウミヘビが……」

 直後、響く轟音と、人々の悲鳴。アイカが立ちすくむオーキを押し退けて外を見ると、遠くの方で炎が上がっているのが見えた。

「何!? 何が起こっているの!?」
「ウミヘビが……突然島を襲い始めた……。ウミヘビだけじゃない。鳥の姿をした魔物も、こちらに向かって来ています……」
「っ、何でウミヘビや他の魔物が……!? だって今まで一度も……」

 ハッとして、アイカは家を振り返る。
 開けっ放しの扉の先で、父がそっと涙を流しているのが見えた。

「毒龍様がいたから、この島は魔物に襲われずにいたというのに……毒龍様がいない今、ここは魔物の巣窟となるだろう……」

 東の国の近くには、ウミヘビが生息する海域が存在する。東の国に近いキオ島が、ウミヘビの生息している海域に存在しているというのに、襲われずに今まで存在出来ていたのは――

「嘘嘘嘘!! そんなの信じない!!」

 もし、毒龍がこの地を守っていたというのなら、アイカや島民達がやったのは――自らの死を呼び寄せたという事。力のある龍が住んでいたから、今までキオ島は誰からも襲われずに済んでいた。

「あ、あああああ……」

 悲鳴が大きくなってくる。魔物のけたたましい鳴き声が近付いてくる。
 オーキは両膝から崩れ落ち、喉が枯れるくらいの大声を出して泣き叫んだ。
 呆然と死を待っているアイカの耳に、父の声がやけにはっきりと聞こえた。


「この島は、毒龍様と共に消える運命なのだ――」


**


 時は戻って海の上。セルリアは、地図を見ながら航路を確認している。その様子を、ヒスイは横目で眺めていた。
 ここは、ウミヘビが蔓延る海域。普通だったら、こんな小舟などすぐに転覆させられるだろう。
 それなのに転覆させないのは、舟に強大な力を持つヒスイがいるからだ。ヒスイの力を恐れ、ウミヘビ達は小さな舟を避ける。
 ヒスイが留まる事に、セルリアは不満げだったが、この危険な海域を無事に通る為と渋々了承した。
 少し先にあるキオ島の末路を知るヒスイは、一人静かに笑う。

「哀れな島民共だ。あの島が平穏だったのは毒龍の力があってこそ。毒龍の力が失われた今、あそこはすぐにでも魔物たちに食い荒らされる」

 セルリアが知ると大騒ぎになりそうなので、彼女には聞こえないくらい小さな声で呟く。
 自分達の生の為に動いていたのだろうが、実際は死に向かっていたと知ったら、彼らはどんな表情をするだろうか。

(私欲の為に、自らを滅ぼす。人間とは、何て面白いものか)

 そしてその興味は、セルリアにも向いていた。
 この身体の主である、ジェードを死から遠ざける為に全てを投げ打って一緒に逃げた女。

(この先の運命を知り、一体どんな表情を見せるのやら)

 ヒスイの含み笑いに、セルリアは気付く事が出来なかった。


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