引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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4.月夜の別れ

鬼の領主

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 数十分程して、ハナが一人の男と共に現れた。
 年は二十代後半くらいだろうか。肩甲骨辺りまで伸びた煤竹色で癖のある髪を簪(かんざし)で纏めている。表情は目を細めているので笑っているようにも見える。
 ヴェニットの兄という事で、彼も異文化を思わせる服装だが、その上に橡(つるばみ)色の羽織を肩にかけている。
 男はジェード達に向けて手を挙げると、胡散臭そうな笑みを見せた。

「やあやあやあ! 君達がヴェニットのお友達だね! 私はロクショウ。一応シャヨメの領主をやっている」

 ジェードとセルリアの順に力強い握手をされ「ど、どうも」と軽い挨拶しか返せないほど気圧されてしまう。

「何だか随分と意外な雰囲気の人が来たね」

 セルリアも同じような事を思ったようで、ジェードにこっそり耳打ちしてくる。
 貴族といえばエルデなどのように高圧的な態度を取ってくるのかと思いきや、ロクショウは笑顔で挨拶をしてくれた。
 妹のヴェニットが優しい少女だったので、悪い人物ではないと思っていたが、ここまで友好的だとは、とジェードは少し困惑していた。

(ロクショウさんには、ヴェニットさんみたいな角は生えていないんだな……)

 ヴェニットの種族は角が生えていると聞いていたが、兄のロクショウには角が見当たらない。不思議に思っていると、セルリアが一歩前に出た。

「初めまして。あたしはセルリアです。こっちはジェードです。ここへ訪ねたのは――」
「あー、ハナちゃんから聞いているよ。ヴェニットの紹介だってねー」

 セルリアの言葉を遮り、ロクショウはハナの頭を撫でた。ハナは二つの尾をピンと立て、嬉しそうに頬を緩めていた。

「はい、それで――」
「はーい、よくわかったよ。ハナちゃん、この人達をお連れしてくれる?」

 またセルリアの言葉を最後まで聞かず、ハナに指示をする。ハナは何度も頷くと、ジェード達を手招きして歩き出した。
 その可愛らしい後ろ姿を追う。

「話が分かりそうな人で良かったね」
「……はい」

 ジェードは、セルリアの話を最後まで聞かないロクショウに少し嫌悪感を抱いたのだが、本人は全く気にしていない様子だった。人当たりの良さそうな男だったが、領主である立場の為、話を聞く時間も無いのかもしれない。
 一先ずは安心し、ハナの後へ続いていたのだが――到着地に、ジェードとセルリアは表情が引きつってしまった。

「えっと……ここ……牢屋ですか……?」
『はい、そうです』

 ハナは曇りのない笑顔で頷いた。
 ハナが案内した先は、座敷牢だった。陽の当らない牢は湿気が多く、空気が淀んでいるように見える。

「あの、ハナ? ここ……牢屋みたいなんだけど……案内先間違っていない?」
『いえ、間違えていません』
「……セルリアさん」

 嫌な予感がし、ジェードはセルリアに逃げようと合図をしようとした。——しかし。

「はい、どーん!」
「わあ!?」

 背後から強い力で押され、二人は座敷牢の中へと入ってしまった。何が起きたか振り返る頃には、牢に鍵をかけられていた。
 そこにいたのは、先程別れたはずのロクショウだった。二人に向かってひらひらと手を振っている。

「ちょ……何をするの!?」
「ヴェニットの手紙なんだけど、そんなの受け取ってないんだよねー。だからあんた達、不審者ってわけ!」
「そ、そんな!? だって船員さんが渡したはず……!」
「その船も戻ってきてないんだよねー。もしかして、あんたらが関わっているのかな?」

 ヴェニットの手紙を渡してくれるはずの船がまだ戻って来ていない。その可能性を全く考えていなかった。キオ島に滞在していた期間を考えたら、船員達の方がシャヨメに戻っていると思ったのだが――

「そんなはずはありません!」

 船員達が戻っていないのは、勿論ジェード達は関係ない。だが、それを証明できないので、ロクショウの目には「妹の名を借り突然押しかけて来た不審者二人」に見えるのだろう。

「その証拠がないからねー。とりあえず牢にぶち込まれててよ」

 ロクショウは胡散臭い笑顔を振りまいてから、踵を返して去ってしまった。

 座敷牢に入れられてから、セルリアは抗議の声を上げていたが、誰も来なかった。
 そうこうしている内に夜を迎え、蝋燭の頼りない灯りのみが闇を照らす空間になってしまった。一応ハナが夕食を持って来てくれたが、人が現れたのはそれだけ。

「ここまで来たっていうのに、また牢屋に世話になるなんてね……」
「まさか不審者扱いされるとは思いませんでしたね……」
「どうする? 武器は没収されていないし、頑張れば脱獄出来そうだけど」
「うーん、ここはヴェニットさんの街でもあるから、あまり騒動は起こしたくないですね」

 武器を没収しないなど隙だらけに見えるが。ロクショウはそう簡単に脱獄をさせてくれないような気がする。
 ロクショウの猜疑心を高めさせる事は出来ればやりたくない。それならば、簡単にこちらを信用してもらう方法がある。

「こうなったら、ロクショウさんに僕がカワセミの孫だと伝えた方が良いですね」
「カワセミさんって……ジェードのおじいさんか。確かとてもお偉いさんだっていう……。それをロクショウさんに言って大丈夫なの?」
「ロクショウさんが祖父と繋がっているなら、リュウソウカに連れ戻される可能性はありますが……でも、それぐらいしか道がありません」

 東の国の玄関口であるシャヨメの領主であるロクショウと、リュウソウカを治めるカワセミに繋がりがあってもおかしくない。
 しかし、その案だとそのまま囚われたままになってしまう可能性がある為、止めた方が良いとセルリアに言われた。

「そういえば、ヴェニットはジェードに人とは違う血が入っているって見るだけで気付いたけど、ロクショウさんは気付いていないのかな?」
「そうかもしれませんし、東の国ではあまり珍しくないから気にしなかったのかもしれません」

 東の国は、ヴェニットやロクショウのように、人の姿をした人外が意外といる。龍の血が混じっているまでは分からないが、ただの人ではないくらいは分かっているかもしれない。

「何だか囚われてばかりだよね。あたしは今回が初めてだけど」
「僕、ずっと囚われる運でもあるんでしょうか……」

 そんな運があったら願い下げだ。囚われるのは今回限りにしてほしい。
 とにかく、ここから早く出ないといけない。二人はどうすれば解放されるか話し合っていたが、ふとセルリアが指を鳴らした。

「あ、そういえば組紐……! これを見せたら、あたし達がヴェニットと知り合いっていう証明にならないかな?」

 ヴェニットから受け取った、花の形に組まれた組紐。これを持っていると、お互いがどの方角にいるか、どんな状態であるか分かるという。現在組紐に変化はないので、ヴェニットは危険に晒されてはいないようだ。

「確かに証明になるかもしれませんね。でも、簡単に信じてくれるでしょうか?」
「ロクショウさんが駄目なら、あともう一人いるじゃない!」

 そう言われて、ジェードは納得する。あの水色髪の猫又なら、きっと話を聞いてくれるはずだ。
 ジェードとセルリアは、ハナがやって来るのを待った。

 ハナがやって来たのは、日がまだ昇っていない早朝だった。眠っているか気になって見に来たようだ。二人とも起きているのを見て、驚いたようだった。

「こんばんは、ハナ! 少しお話しない?」
『いいですよ』

 ハナは少し躊躇したようだったが、了承してくれた。

「ハナはヴェニットと仲良いの?」
『なかがいい なんて とんでもない! ヴェニットさま は とても よくしてくれます』

 ハナは警戒しているようだったが、ヴェニットの話を振ると、とても嬉しそうに文字を見せてくれた。
 話によると、猫又になったハナを拾ってくれたのはヴェニットだという。ヴェニットには感謝してもし切れない、とハナは表情を輝かせていた。
 ハナから、ヴェニットが本当に好きなのだという事が伝わってくる。彼女なら、ヴェニットの組紐が分かるだろう。ジェードはセルリアと視線で会話をし、ハナに花形の組紐を見せた。

「ねえ、ハナはこの組紐が分かる?」
『それは ヴェニットさまの くみひも ですね。 それを どちらで……?』
「ヴェニットに貰ったの。実は――」

 セルリアは、ハナにヴェニットとの関係を簡潔に話した(脱獄した事や龍人については伏せている)。
 ヴェニット達に会った照明として、彼女達がどんな服装をしていたか、鬼の角を見せてくれたなど――
 鬼の角を見せた事はかなり重要だったようで、ハナは驚いていた。

『セルリアさん たちは ヴェニットさまと ほんとうに おともだち なのですね』
「そうなんです。ロクショウさんの誤解を解いてくれないでしょうか?」
『わかりました! おつたえしてきます!』

 ハナの誤解が解けて、ジェードは一安心した。ハナの言葉なら、ロクショウも耳を傾けてくれるはずだ。
 ——そう、思ったのだが。

「あーあー、ハナちゃんを誑かさないでもらえるかねー? 彼女、すーぐ信じちゃうんだからさ!」

 扇子で口元を隠しながら、ロクショウが現れた。
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