金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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短編

魔物の森のリィ

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「やあ、初めまして! 俺は名無し! 君の名前は?」

 俺は笑みを絶やさず地面に這いつくばる少年に声を掛けた。少年は血だまりの中、呻き声を上げながらこちらを見上げる。右目を濃紺色の布で隠した黒髪の少年。確か五歳になったはずだ。
 ここは華やかな城下町でもなく、のどかな村ではない。魔物がはびこる薄暗い森――魔物の森だ。人間なんて寄り付かない。それなのに、人間の子供がこんな所に一人でいる事はあり得ない。
 少年は先ほどまで魔物に襲われていた。魔物達が少年の血の味に飽きて去っていった後に俺は偶然通りかかったようだ。普通だったら即死の怪我をしている。けれど――少年の千切れかけていた腕はじわじわとくっつき始め、抉れた皮膚が元通りになっていく。

「わあ、驚いた。君は死なないんだね」

 俺は特に驚いてはいなかったけれど少年にそう言った。彼は俺を睨んだまま何も言わない。うーん、俺って空飛んでいるからびっくりされるかと思ったんだけれどな。
 少し期待外れだったけれど、俺はとりあえず人間と同じように地面に立った(ように見せた)。

「……お前、誰だ」
「だから名乗ったでしょ! 俺は名無し! 名前なんてないんだよ」
「じゃあ、何なんだ。人間は空なんて飛ばない」
「あー、やっぱり驚いてはいたんだ! あっはは! 俺はこの森の守り神だよ!」
「神……?」

 少年は血だまりの中で身じろぎをしてゆっくりと起き上がった。服は血に塗れているし、ボロボロだ。獣型の魔物が多く住むこの森では、この少年は絶好の餌に見えてしまっただろう。

「神なんていない」
「そんな事ないって! その証拠が俺の存在だよ!」
「神だって言うのなら俺を殺してくれよ! 首を刎ねられても魔物に食われても死なない! 誰にも必要とされていないから死にたいのに!!」

 少年は大きな瞳から涙を零しながら俺にそう言い放った。死にたいだなんて、五歳の少年から発せられる言葉なんかじゃない。この少年は相当精神的に限界のようだった。
 彼は不死だ。人間や魔物では彼を殺す事は出来ない。――だからといって、何にも触る事が出来ない俺でも、彼の願いを叶えてやる事は不可能だ。
 そして、少年は隣にあるググ村に住んでいるはずだった。それなのにここに一人でいるという事は――恐らく彼等に棄てられてしまったのだろう。
 人間は恐ろしい。こんなにも小さな少年を、死ななくて不気味だからといって何度も殺し、挙句の果てにはこの場所に棄ててしまうのだから。

(これだから人間は)

 人間の醜さに吐き気を覚えながらも、この少年の心だけは壊してはいけないと思い、彼に向き直る。

「誰にも必要とされていない? それなら俺が君を必要とする最初の男になるよ。だからそんなに絶望するな。君は絶対に救われる。守り神がそう言うんだ、説得力あるだろう? いつか君の運命を変える出会いが絶対ある。――だから、それまで希望を捨てるな」

 俺がそう言うと、少年は嗚咽を漏らして泣き始めた。仕方がないな、と笑いながら俺は少年に近付くと頭を撫でる仕草をした。――こういう時、自分が誰にも触れない事に嫌気がする。




 少年の名前はリィというそうだ。やはりググ村の者達に棄てられてしまったようだ。理由は死なない事。その原因は――彼の右目にあるという事。リィは俺に布で隠された右目を見せてくれた。

「ああ、それは……リィスクレウムの瞳だね」

 少年の右目は金色で、爬虫類のようだった。見覚えのある瞳の色に、俺は若干表情を曇らせた。
 魔獣リィスクレウム。五百年前マカニシア大陸で大暴れした最悪の魔獣。英雄ヴィクトールによって討伐されたという事だが、滅んだはずの魔獣の瞳は、五歳の少年の右目に植え付けられている。

「名無しは怖がらないのか?」
「うん。魔物の森じゃあ、大して驚く事でもないしね。魔獣とか言われているけれど、ただの魔物に変わりないし」
「そうなのか」

 怖がらない俺の反応が嬉しかったのか、リィは少しだけ口元を緩めた。きっと、ググ村の奴等にはずっと恐れられてきたのだろう。

「リィは普通の人間だよ。――多分、それは産まれた時からあったものじゃない。誰かが意図的に君に埋め込んだのかもしれない」
「……?」

 リィは理解が出来なかったのか、不思議そうに首を傾げた。この話はもう少し成長した時に言った方が良いかもしれない。そう思い、「なんでもないよ」と言って笑ってみせた。


**

 リィと出会ってから数日経った。彼は毎日魔物に襲われ、殺されている。触れない俺は彼を助ける事が出来ない。リィはいつもこちらに手を向けて涙を流す。その手を取ってあげる事が、俺は出来ない。
 ――だから、リィは一人でこの森を生き抜いていかなければならない。俺が出来る限りの事を教えてなくてはいけない。
 俺はリィに、夜は木の枝の上で寝るようにアドバイスをした。この魔物の森は狼のような獣型が多いからだ。木の上で行動する小動物の魔物もいるが、狼の魔物よりは大分マシだ。最初は何度も落ちてしまい骨折してしまったが、何日も続けていくうちに随分慣れたようだった。

「何か武器があれば、少しは魔物に対抗出来るんだけどね」
「……魔物と戦うって事?」
「そう。生きていく為には戦う事も必要だ」
「でも、俺は殺されても死なないし……」
「殺されるのは痛いだろう。少しでも痛みから救われる為だ」

 リィは戦いに消極的だった。ググ村の人々に殺され続けた事を思い出してしまうのだろうか。だからといって魔物に殺され続けるわけにはいかない。どうしたものか、と考えていると――

「リィ!」

 ある日、一人の青年がリィの前に現れた。藍色の髪を濃紺色のヘアバンドで留めている。ググ村の人間だと、すぐに分かった。俺の姿はググ村の男には見えないので、リィの隣で堂々と成り行きを見守る事にする。
 一体何の用なのだろう。もし、リィに危害を加えるならば――などと考えていると、その青年は突然座り込むと、額を地面に押し付けた。

「ごめん!! お、俺何も出来なくて! お前は何にも悪くないのに、何度も殺されて、お、俺――止める事が出来なくて……ごめん、ごめん」

 男は泣きじゃくりながら何度もリィに謝った。彼の言葉に嘘は感じなかった。そして、リィはその男に「オウル、顔を上げて欲しい」と困ったように言った。リィの接し方で、オウルという男が悪い人間ではないという事が分かった。
 オウルはリィの為に隠れて日用品や食べ物、武器を持ってきてくれたようだ。これからも必要な物があれば持ってくる、と言った。彼は言う通り、何日か一度にはリィに会いに来ていた。ググ村にも良い人間が一人はいたようだ。

「武器を持って来てくれたのはいいね。リィに合うのは双剣だと思うんだけれどどうだろう?」
「双剣?」
「双剣の使い方だったら俺が教えてあげられるよ。ほら、早速やってみよう!」

 オウルはいくつか武器を用意してくれていた。その中で、双剣があったのでそれをリィに持つよう指示をする。リィは戸惑いながらも双剣をとりあえず持ってみる。

「あー、構え方が逆。そう、それで少し腰を落として――うーん、ちょっと体幹が無いな。これから鍛えていかないとな」
「う、うん……?」
「俺は厳しいよー? ビッシバシいくからね!」
「うん」

 リィはよく分かっていなさそうだったけれど、大きく頷いた。




 リィは大分戦いのセンスがあるようだった。構え方が違っていてもリィの身体を触って矯正する事が出来ないので、言って直させるのだが、彼は理解力が良くすぐに俺の言う通りにしてくれた。
 魔物は待ってくれないので、練習してくる最中に襲って来たりもする。最初は何回も殺されてしまっていたのだが、戦い方が分かってきたようですぐに殺されないくらいになった。そして――何度も戦っていく内に、リィは魔物の息の根を止める事が出来た。

「や、やった……」

 リィは血に塗れてボロボロで辛勝だったが、それでも勝ちは勝ちだ。彼はペタリと地面に尻もちをついた。そして静かに涙を流した。彼にとって、命を奪う事が初めてだったのだろう。双剣を落とすと、両手を握り締めてその場でずっと泣いていた。俺は「おめでとう」とも言えず、その姿を見ている事しか出来なかった。


**


「名無し」
「うん、なーに?」
「名無しって言うの、何だか嫌なんだけれど、本当に名前無いのか?」
「うん、無いよー! 何ならリィが付けてくれない?」
「え? うーん、じゃあ、エダ」
「エダ? 何で?」
「身体が枝のように細いから」
「あっはははははは!! 何その安易な考え!!」
「……やはり、変だったか」
「ううん、とっても気に入ったよ! 今度から俺の事、エダって呼んでよ!」
「うん、分かった。エダ」
「はーい! ……あっははははははは!!」
「……やはり変だったか」


**


 それから何年も経って、リィは俺のアドバイスが無くても一人で戦う事が出来るようになった。オウルから弓の扱い方も学んだようだし、魔物に殺される事も少なくなった。――だけど、魔物をたくさん殺していく内に、リィの目の光が徐々に失われつつある。生物を殺す事に何のためらいも無い。この場に生きていく為には必要なのだが、人間としての心を失ってしなうのではないか、と思ってしまう。
 無表情で魔物を殺すリィを見下ろしながら、俺はポツリと呟く。

「リィ、大丈夫だ。いつかお前をここから連れ出してくれる人が現れるから――」


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