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山咲雅斗(23)
欲望ー金ー
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……何、それでも会いたいって?君の欲望はとても大きいようだ。
いいさ、君が望むなら教えてやってもいい。……その前に話をさせてくれないかい?
奴に出会ってしまった哀れな男の話だよ。
―――
「……少ないな」
俺——山咲雅斗は財布の中を覗いてため息を吐いた。黒くて所々擦り切れている長財布の中には、二千円と小銭が数える程しかない。こんな状態で今月は乗り切れるのだろうか。
今は12月の半ば。どう考えても乗り切れる訳がない。俺はそのままゴロリと寝そべった。
このアパートの家賃だってまだ払っていない。俺が住んでいるこのアパートは築造して結構時間が経っているらしく、都内にしては安く借りられた。その家賃ですら払えない程の窮地に立たされている。
しかし、小さいが会社には正社員として雇われているし、給料だって少ないが一人暮らしには困らないくらい貰っている。金が使わないで勝手に消える訳がない。つまり、自業自得という奴だ。いや、自業自得とは違うか。俺自身はそんなに使っていない。俺の金が無くなっていく理由は――
突然電話がけたたましく鳴った。俺はのろのろと起き上がってテーブルの上の電話の子機を取って耳に押し付けた。
「はい」
『もしもし雅斗ー?』
電話の通話口から甘ったるい声が聞こえてきた。俺の彼女、桑原利恵だ。半年前に合コンで知り合い、意気投合して付き合う事になった。背中まである茶髪はとれかかったパーマが掛かっており、化粧も濃い。どこにでもいるギャルのような女だ。
『もう、どうしたのよー。携帯電話しても全然繋がらないんだもん』
それは、携帯電話の料金を払っていないからだ。俺は理由を言いたくなかったので、とりあえずごめんと謝った。
『何かあったのかと思ったー。よかった無事で』
たったの一言だったが、利恵が俺の心配をしてくれたのが嬉しくて、俺は思わずにやけた。
「…どうしたんだよ? 急に電話なんてさ」
『この前くれたバッグ、嬉しかったよっていうお礼の電話がしたくて』
何て思いやりのある子なんだろう。俺は感動した。確かにそのバッグを買ったせいで俺は今ピンチなのだが、承知の上でやっただけだ。
わざわざお礼の電話をしてくれるなんて…こんないい子はなかなかいないんじゃないか。
「いいんだよ、そんなの気にするな。俺が好きで利恵にプレゼントしたんだから」
『雅人…』
利恵は俺の格好つけた言葉に感激したようだ。鼻にかかる甘い声で俺の名前を呼ぶ。ここはもう一発決めた方がいいと思って、俺が口を開いた時——
『本当にありがとねー。じゃあねー』
利恵が一方的にお礼を言い、通話が切れた。
「………」
電話を持ったまましばらく立ちすくんだ後、そっと子機を定位置に戻した。
ま、いいか。お礼言ってくれたし。俺はソファに寝転がった。
利恵にいくつプレゼントをあげたか、覚えていない。ただ、利恵が嬉しそうに笑うから。利恵の笑顔が見たいから、俺はバッグやアクセサリーをあげる。
だが、俺は正社員だが、収入は多くない。そんなに大出費をたくさんできるわけがない。俺の貯金はどんどんと無くなっていき、ついに底をついてしまった。仲の良い友達からも いくらか借りている。そろそろ返さなくてはならない。それに、家賃に生活代も必要だ。収入源は今月末。あと半月もある。両親に助けを求めようにも、数年前に交通事故でこの世を去っている為、不可能だった。
俺は右腕で目を覆った。俺に、有り余る程の金があれば………
カチャリ
俺の部屋の中で、何かが開く音が響いた。突然の物音に、身を縮こませる。今のはドアが開いた音だろうか。一気に冷や汗が額に滲む。もしかして泥棒なのでは、と嫌な予感がした俺は起き上がって、そうっと玄関を覗いた。しかし、鍵が開いた様子はない。ドアはきちんと施錠してある。
――空耳?いや、確かに何かが開く音が……
「……ん?」
玄関からリビングへ視線を戻した時に、不自然な風景が一つあるのに気付いた。シミが所々ある黄ばんだ壁に、切れ目が入っている。長方形の切れ目は細長く、人一人入れるくらいの大きさだ。それはまるで…
「扉……?」
いやいや、と俺は首を振った。そんな隠し扉みたいな構造は、このアパートにはないはずだ。それ以前に、こんな切れ目はなかった。ではこの切れ目は一体……?俺は好奇心にかられてその切れ目を触ってみた。俺の指が切れ目に触れた瞬間、黄ばんだ壁の切り目から軋んだ音がし、まるで扉のように開いた。
「……うわっ!」
俺は反射的に指を引っ込めた。目の前の状況に付いて行けず、俺は混乱する。普通、壁は扉に変貌する事はない。もしかして俺は夢を見ているのか?それしか考えられない。黄ばんだ壁の向こうは、真っ暗で何も見えない。
「……」
この扉の向こうには何があるのだろうか。ふと湧き上がる探求心。これは夢なのだから別に入っても大丈夫だろう。
でも。それと同時に溢れるのは恐怖心。この中に行ってはいけないような気がする。…ただの勘だが、何故か俺の行動を渋らせた。一番安心できるはずの我が家なのに、早くここからいなくなりたかった。
……でも。俺は恐る恐る扉に手を掛けた。この中には、俺が望む物がある気がした。……そう、有り余る程の金が…
「…よし」
小さく気合いを入れると、俺は暗闇の中に身を入れた。
いいさ、君が望むなら教えてやってもいい。……その前に話をさせてくれないかい?
奴に出会ってしまった哀れな男の話だよ。
―――
「……少ないな」
俺——山咲雅斗は財布の中を覗いてため息を吐いた。黒くて所々擦り切れている長財布の中には、二千円と小銭が数える程しかない。こんな状態で今月は乗り切れるのだろうか。
今は12月の半ば。どう考えても乗り切れる訳がない。俺はそのままゴロリと寝そべった。
このアパートの家賃だってまだ払っていない。俺が住んでいるこのアパートは築造して結構時間が経っているらしく、都内にしては安く借りられた。その家賃ですら払えない程の窮地に立たされている。
しかし、小さいが会社には正社員として雇われているし、給料だって少ないが一人暮らしには困らないくらい貰っている。金が使わないで勝手に消える訳がない。つまり、自業自得という奴だ。いや、自業自得とは違うか。俺自身はそんなに使っていない。俺の金が無くなっていく理由は――
突然電話がけたたましく鳴った。俺はのろのろと起き上がってテーブルの上の電話の子機を取って耳に押し付けた。
「はい」
『もしもし雅斗ー?』
電話の通話口から甘ったるい声が聞こえてきた。俺の彼女、桑原利恵だ。半年前に合コンで知り合い、意気投合して付き合う事になった。背中まである茶髪はとれかかったパーマが掛かっており、化粧も濃い。どこにでもいるギャルのような女だ。
『もう、どうしたのよー。携帯電話しても全然繋がらないんだもん』
それは、携帯電話の料金を払っていないからだ。俺は理由を言いたくなかったので、とりあえずごめんと謝った。
『何かあったのかと思ったー。よかった無事で』
たったの一言だったが、利恵が俺の心配をしてくれたのが嬉しくて、俺は思わずにやけた。
「…どうしたんだよ? 急に電話なんてさ」
『この前くれたバッグ、嬉しかったよっていうお礼の電話がしたくて』
何て思いやりのある子なんだろう。俺は感動した。確かにそのバッグを買ったせいで俺は今ピンチなのだが、承知の上でやっただけだ。
わざわざお礼の電話をしてくれるなんて…こんないい子はなかなかいないんじゃないか。
「いいんだよ、そんなの気にするな。俺が好きで利恵にプレゼントしたんだから」
『雅人…』
利恵は俺の格好つけた言葉に感激したようだ。鼻にかかる甘い声で俺の名前を呼ぶ。ここはもう一発決めた方がいいと思って、俺が口を開いた時——
『本当にありがとねー。じゃあねー』
利恵が一方的にお礼を言い、通話が切れた。
「………」
電話を持ったまましばらく立ちすくんだ後、そっと子機を定位置に戻した。
ま、いいか。お礼言ってくれたし。俺はソファに寝転がった。
利恵にいくつプレゼントをあげたか、覚えていない。ただ、利恵が嬉しそうに笑うから。利恵の笑顔が見たいから、俺はバッグやアクセサリーをあげる。
だが、俺は正社員だが、収入は多くない。そんなに大出費をたくさんできるわけがない。俺の貯金はどんどんと無くなっていき、ついに底をついてしまった。仲の良い友達からも いくらか借りている。そろそろ返さなくてはならない。それに、家賃に生活代も必要だ。収入源は今月末。あと半月もある。両親に助けを求めようにも、数年前に交通事故でこの世を去っている為、不可能だった。
俺は右腕で目を覆った。俺に、有り余る程の金があれば………
カチャリ
俺の部屋の中で、何かが開く音が響いた。突然の物音に、身を縮こませる。今のはドアが開いた音だろうか。一気に冷や汗が額に滲む。もしかして泥棒なのでは、と嫌な予感がした俺は起き上がって、そうっと玄関を覗いた。しかし、鍵が開いた様子はない。ドアはきちんと施錠してある。
――空耳?いや、確かに何かが開く音が……
「……ん?」
玄関からリビングへ視線を戻した時に、不自然な風景が一つあるのに気付いた。シミが所々ある黄ばんだ壁に、切れ目が入っている。長方形の切れ目は細長く、人一人入れるくらいの大きさだ。それはまるで…
「扉……?」
いやいや、と俺は首を振った。そんな隠し扉みたいな構造は、このアパートにはないはずだ。それ以前に、こんな切れ目はなかった。ではこの切れ目は一体……?俺は好奇心にかられてその切れ目を触ってみた。俺の指が切れ目に触れた瞬間、黄ばんだ壁の切り目から軋んだ音がし、まるで扉のように開いた。
「……うわっ!」
俺は反射的に指を引っ込めた。目の前の状況に付いて行けず、俺は混乱する。普通、壁は扉に変貌する事はない。もしかして俺は夢を見ているのか?それしか考えられない。黄ばんだ壁の向こうは、真っ暗で何も見えない。
「……」
この扉の向こうには何があるのだろうか。ふと湧き上がる探求心。これは夢なのだから別に入っても大丈夫だろう。
でも。それと同時に溢れるのは恐怖心。この中に行ってはいけないような気がする。…ただの勘だが、何故か俺の行動を渋らせた。一番安心できるはずの我が家なのに、早くここからいなくなりたかった。
……でも。俺は恐る恐る扉に手を掛けた。この中には、俺が望む物がある気がした。……そう、有り余る程の金が…
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