庵の中の壊れ人

秋雨薫

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坂本あんな(21)

二人の男

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「俺の予想した結末とは違ったけれど、やっぱり君もこうなるんだね」

 一面障子で覆われた異様な庵の中に黒い人間。
 イオリはコーヒーカップの水面に映像のように浮かんでいる坂本あんなの哀れな姿を見つめながらクスクスと笑って後ろを振り返った。

「自分勝手で哀れな哀れな悲しい女。ねえ、君もそう思うでしょ? 達喜……」
「全くだな」

 同意をしたのはイオリと全く同じ容姿の男。コーヒーカップの水面に映る血だまりに伏せている女の恋人、達喜だ。その口元は邪悪に吊り上がっている。

「俺の手の内で踊っているとも知らず、俺を理想に近付けようとした馬鹿な女」

 同じ顔が向かい合う。何とも異様な光景だが二人の張り付いた表情は対照的だった。

「あんなは夢にも思わないだろうね。君があんなより早く俺に会っていた事」
「俺がイオリと出会うよう仕向けたからな、当然だろう?」

 裏の見えない無感情な笑顔と、感情が見え隠れする笑顔。同じ笑顔のはずなのに全く違っていた。

「君の願いは彼女の本心を知る、だった。どう? 彼女の本心を知った感想は」
「やっぱりかっていう感じかな。あいつは心じゃなくて外見を見るだけのただの最低な女だったよ。まあ、もう死んじゃったけれど。……それよりさ、この仮面取ってくれる? なんか顔に貼り付いているみたいで気持ちが悪い」

 達喜が嫌そうに顔を歪めて自分の頬を抓ると、イオリはパチンと指を鳴らした。すると達喜の顔が淡く輝き、イオリの顔がどんどんと黒ずんでいき、最終的には元の仮面に戻ってコロリと足元に転がった。

「やっぱり自分の顔が一番だよ」

 達喜は元に戻った自分の顔をぺたぺたと触って満足そうに笑う。イオリがもう一度指を鳴らすと仮面は煙を出して消えた。

「でも本当に良いのか? 無償で俺の願いを聞いてもらって」
「良いよ。俺も楽しませてもらったからね」
「……そうか。じゃあ、俺そろそろ帰るよ。あんなの葬式の手伝いしなくちゃだから」

 そう言って達喜は軽く手を上げて踵を返した。その背中は丸まっていて何処か寂しそうな雰囲気が滲み出ている。

「……達喜」

 イオリはその背中を呼び止める。達喜は振り返らず、ピタリと足を止めた。

「仮面を付けた時、酷く痛みを訴えていたみたいだけれど、あれを付けても痛みなんて感じないはずだよ? 君が本当に痛かったのは――心ではないの? 君は、本気であんなを好きだったんだろう?」

 異様な庵の中、痛い程の沈黙が流れる。少しして、二つある黒の一つが振り返る。


「――うるせえよ」


 達喜の震える唇から言葉が漏れる。その瞳から、透明な雫が零れ落ちた。

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