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篠崎空
女王の待つ家へ
しおりを挟むふと目を覚ますと、そこはいつも陸斗君と遊ぶ公園のベンチに座っていました。僕は何でここにいるのか分かりません。イオリさんに“あるもの”を渡されてから、急に意識が遠くなって……気付いたらここにいました。
イオリさんが連れてきてくれたのかな。ぼんやりとした頭でそう思いながら僕は立ち上がりました。ポケットに硬い感触。イオリさんがくれた“あるもの”が入っています。
今は多分、お昼。今日は月曜日だから、陸斗君も学校でいません。……僕は学校もさぼっちゃいました。イオリさんが何とかしてくれると言っていましたが、こんなにいなくなっていて気付かない人がいるわけがありません。
きっとお母さんはカンカンです。お母さんに何て言おう。何を言ってもぶたれるのは分かっているけれど。
「空? 今日はサボりか?」
悩んでいると後ろから声を掛けられました。聞き覚えのある声に、僕はすぐに振り返って、その人の姿を確認して心が明るくなりました。
目を細くして笑う制服を着た男の人。僕の大好きなお友達。
「陸斗君!」
陸斗君が、そこにいました。
「陸斗君こそ、今日は学校じゃないんですか?」
「バレたか。今日は仮病を使って早退してきたんだ」
「もう、駄目ですよ。ちゃんと学校にいないと」
「それは今の空に言われたくないぞー?」
僕が注意をすると、陸斗君は意地悪く笑ってそう言いました。
「ぼ、僕は別にさぼったわけじゃ…」
「ん? じゃあ何でここにいるんだよ? まだ学校だろ?」
しゃがみ込んで僕と同じ目線にした陸斗君は、首を傾げました。僕はイオリさんの事を言おうか迷いましたが、陸斗君なら信じてくれると思い、口を開いた――その時でした。
『空』
低くて綺麗な声が頭に響きました。
僕は辺りをキョロキョロと見回しました。公園には、僕と陸斗君しかいません。……それに、この声は………
「どうした? 空」
陸斗君は不思議そうな表情で僕を見ました。どうやら僕にしか聞こえていないようです。
『その男には話しちゃ駄目だよ』
また頭に声が響きます。先程までずっと聞いていた声。この声の持ち主は……
「……イオリさん?」
思わずポロリと声が零れてしまいました。
「………イオリ?」
陸斗君の表情が硬くなった事に、僕は気がつきませんでした。
『言っただろう、そいつと俺は仲が良くないって。だから話したら駄目だよ。分かった?』
クスクスと笑いながら言うイオリさんは、何だか楽しんでいるようでした。
『それより、早く行かなくちゃいけないんじゃない?“約束の時間”大丈夫?』
そう言われて、僕はハッとしてポケットの中にあるイオリさんから貰った物――懐中時計を取り出しました。表面にウサギがモチーフになっている模様が描かれた金色の懐中時計。まるで、白ウサギさんが持つ時計のよう。
「……それは?」
「これは……お母さんから貰ったんです」
僕は陸斗君にまた嘘をついてしまいました。でも、イオリさんの頼みです。僕の願いを叶えようとしてくれるイオリさんの為……
「……まさか、空お前………」
懐中時計を見たまま陸斗君の顔が、何故だか青ざめていました。針は“約束の時間”まであと三十分を指していました。
「あ、もう行かなくちゃ! ごめんなさい、陸斗君! また今度遊んでくださいね!」
僕は慌てて懐中時計をポケットにしまい、走り出してその途中で振り向いて陸斗君に手を振ると、僕は更にスピードを上げて家を目指しました。
「駄目だ! 空! あの男はお前の……!!」
陸斗君が後ろで何かを叫んでいましたが、また今度聞こうと思い、気にせずに走り続けました。
***
急がなくちゃ、急がなくちゃ!
僕はいつも通る道を思い切り走ります。どちらかというと体力のない僕でしたが、よほど焦っているみたいで、疲れる事はありませんでした。
急がなくちゃ、遅刻しちゃう!
僕はポケットに手を突っ込んで懐中時計を取り出します。このまま行けば間に合います。
今の僕は何だか白ウサギみたいです。女王の待つ城へ急ぐ白うさぎ。母の待つ家へ急ぐ僕。
『あと二十分…それまでに着けば、君はお母さんの愛を得られる事ができるよ』
「……はい、頑張ります!」
頭に響くイオリさんの声は、いつもより楽しそうでした。きっと、僕の願いが叶うから、一緒に喜んでくれているに違いありません。
「イオリさんのお陰で僕変われました。いつもお母さんに怯えて……ただただ機嫌を伺うだけの毎日だったのに、イオリさんが……変えてくれました。こんな僕に色々してくれて…ありがとうございました」
『俺、そんなに大層な事してないよ』
「いえ、教えてくれましたよ。イオリさん…本当にありがとうございました。またオムライス、一緒に作りましょうね」
『……』
「あ……着きました」
僕は家の前で立ち止まりました。
ど、どうしましょう。お母さんは僕がまだ押し入れに入っていると思っているのに、玄関から入ってきたりして、すごく驚くに決まっています。
『……大丈夫だよ、そこら辺は何とかなるから』
イオリさんが頭の中で適当に言います。とりあえず、イオリさんを信じましょう。
恐る恐るドアノブを掴みます。いつもならガチリと鍵が掛っている音を鳴らすドアノブでしたが、今回はすんなりと回りました。
「た、ただいま帰りました」
僕はそう小さく言いながらゆっくりと中に入りました。
お母さんの靴がたくさん置かれた玄関を抜けて、リビングに行きます。お母さんがそこにいるかと思いましたが、テレビが付きっぱなしになっているだけで、いませんでした。
ベランダかと思い、階段を上ってベランダに向かいます。家のあちらこちらにはお母さんの服やバッグが転がっていて、とても綺麗とは言えない家ですが、僕の大切な場所です。
ベランダに着くと、そこには洗濯物を取り込んでいるお母さんがいました。とても楽しそうに鼻歌なんか歌いながら、洗濯物を籠にいれていきます。
こんなにご機嫌のいいお母さんは久しぶりに見ました。これなら、お母さんも僕を快く許してくれるかもしれません。
僕は一回深呼吸をして呼吸を整えると、大きな声で呼びました。
「お母さん!」
鼻歌を止めて、クルリと振り返るお母さん。僕の姿を確認すると、笑顔が消えてみるみる青ざめていきました。
「な……んで」
「あの、えっと……これには理由があって……」
押入れを勝手に出てしまった言い訳を考えていると、お母さんは身体を大袈裟に震えさせて僕を指差しながら、叫びました。
「どうしてあなたがここにいるの!!?」
「え? お母さん、何を言っているんですか……?」
体中から嫌な汗が噴き出す。
お母さんはきっと、僕が何で押し入れでは無く、ここにいるのかという意味で言っているはずなのに、僕の心臓はドキドキと変に鳴っています。
「なん……何で……」
お母さんは何度も首を振って、僕を恐ろしいものでも見るかのように見つめます。洗濯物が、お母さんの手からボトボトと落ちました。
「お母さん……?」
嫌な気持ちを気にしないようにして、僕はお母さんに一歩近寄りました。その瞬間――
「いやああああああああーっ!」
お母さんが甲高い悲鳴を上げてすごい勢いで僕の横を通り抜けました。ドタドタと、階段を駆け降りる音が響きます。
「お母さん!?」
僕はお母さんの後を追いかけました。階段を駆け降りると、お母さんは和室にいました。あの、僕が閉じ込められていた押し入れのある和室に……
僕は一瞬入るのをやめようとしましたが、ゆっくりと中に足を踏み入れました。
お母さんは押し入れを開けて中を漁っていました。
「何で……何で……あんたがここにいるの……!!」
中の物を投げ捨てるように外へ出すお母さん。僕の足元に、昔遊んでいた恐竜のおもちゃが転がってきました。
「お母さん……どうしたんですか……?」
僕は恐る恐る聞きます。それと同時にお母さんの手がピタリと止まりました。そして、奥にあった段ボールを引っ張り出し、中身を確認すると、狂ったように叫びました。
「あんたは私が殺したはずなのに!!」
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